第44話 その日 幕間

 

 幸福無き世界で生きていく。

 そう、決めた。


「本当に、恐ろしいとは思いませんか、姉さま」


 後ろを振り返れば、そこには顔を青くしたエレオノーラ姉さま。

 ……嫌いではなかった。

 ただ、許せなかっただけ。必要だっただけのこと。

 感傷を切り捨てて、私は読み上げるように次のセリフを吐き出す。

 さあ、幕を下ろそう。



 ――――――時間は、数刻前に遡る。



 私は、自室の中を、落ち着きなく歩き回っていました。

 今日は約束の日。これから、この部屋にまたアルフレッドさんがやって来てくれるのです。


「…………ふふ」


 抑えようとしても、浮かんでしまう笑み。座っていても落ち着かなくて、そわそわと動き出してしまう足。これからのことに、わくわくを隠すことが出来ません。けど、ええ、はしたないので、アルフレッドさんが来るまでには全部隠さなければならないのですが。

 それにしても、アルフレッドさんはいつここにいらっしゃるのでしょうか?

 手紙には、あの日と同じ時間とだけ書いてありましたが。


(もう少し早く来てくれてもいいのに)


 待ちきれなくなって、そんな風に思ってしまいます。けれどきっと、アルフレッドさんはきっちり前と同じ時間にいらっしゃるでしょう。そういうことを、大切にする方ですから。


(窓の鍵は開けてありますし)


 準備は万端。あとは時間が来るのを待つばかりです。

 丁度、その時でした。私の部屋に、コンコンというノックの音が響き渡ったのは。


「は、い?」


 思わず返事をしてから、困惑してしまいます。

 まさか、アルフレッドさん?

 意表をついて窓からではなくドアからいらした?

 いえ、窓から入るのがまずおかしいのですが。


「エレオノーラ様」


 聞こえて来たのは、アルフレッドさんの声ではなく、御付きの侍女のもの。


「お客様がお見えです」


「……どなたが?」


 ますます、困惑してしまいます。アルフレッドさんがお相手なら、彼女たちが通すはずがありません。だとすれば、こんな夜更けに誰が?

 それに、いつもならこの時間でも控えているのは執事のカスツールのはずなのですが。

 その答えは、とても意外な人でした。


「カレン・ノースフェルト様です」


「……カレンが?」


 カレン。私の従妹。何故、彼女が急に。


「お通ししてよろしいでしょうか?」


「え、ええ」


 ……約束までには、まだ時間があります。ここで頑なに拒んでしまうよりも、時間を理由に、後日の約束を取り付けて今日は帰って貰うのがいいと、そう考えたからです。

 それになにより、私は久しぶりに訪ねてきた可愛い妹のような彼女を無碍にしたくは無かったですから。




「姉さま。お久しぶりです」


「カレン。久しぶりですね」


 カレンは、少し見ない間に随分と大人びたように思いました。 


「どうしたのですか?こんな急に」


「いいえ。今日は姉さまの誕生日ではありませんか。お祝いに来たんですよ」


 こんな夜更けに?

 そんな疑問はありましたが、それでも訪問の理由としては嬉しいものだったので少しホッとしました。


「ありがとうカレン。けど、今日はもう時間も遅いですし、今度改めて時間を取るから、話はその時にでもゆっくり……」


「なにをおっしゃいますか。姉さまの誕生日は今日ではありませんか。後日では意味が無いでしょう」


 おかしな姉さま、と、カレンが笑みを浮かべます。


「それとも、これから何か約束でも?」


 クスリ、と。これまで見たこともないような、妖しい笑みを。


「……いえ、いいえ、そうではありません、けど」


「ならいいではありませんか。久しぶりの再会です。ゆっくりとお話でもしましょう」


 そう言うカレンの表情からは、先ほどの色はもう見て取れません。勘違い、だったのでしょうか。


「今日から」


 カレンが私の前を横切って、窓際まで歩いていきます。


「姉さまの、王位継承のための最後の日々が始まりますね」


「……ええ。そう、ですね」


 私が、王位を継ぐにふさわしいかどうかの見極めは、この一年にかかっています。

 成人を迎える前の、この最後の年に。


「これまでの日々の苦痛、その全てが試されるという訳です」


「そんな、苦痛だなんて」


「確かに、苦痛、というのは間違いですね。努力、と言ったほうがよいでしょうか」


 私に背を向けて、窓を開け放すカレン。


「来年には、姉さまが正式に王位の継承者として認められるでしょう。それは、ほぼ間違いありません」


 そうなれば、と、カレンが小さな声で言いました。


「私は晴れてお払い箱という訳です」


「え?」


 カレン、あなた、今、何を。


「ですがそれも、この一年で何事も無ければの話です」


 振り返って、私の方を見るカレン。

 月の光に照らされ、風に髪をなびかせる彼女は、とても……。


「おや」


 カレンが、窓の外を指しました。


「姉さま、見てください」


 私は、何か恐ろしいモノを感じながらも、窓辺に寄っていきます。


「なんでしょうか?強い光。それに、人が集まっているようですね」


 カレンの横に立ってみれば、そこには普段ならばありえない光と、複数の騎士たち。それと、小さいけれど確かにある、剣呑ではありえない音。

 まさか、と、私は狼狽えてしまいます。

 そんなはずはないと。

 だってアルフレッドさんは、どんな時でも、不敵で、慌てもせずになんでもこなしてしまって。

 今日だって、きっと全部問題なく。


「行ってみましょうか」


「…………」


「気に、なりませんか?」


 私は、声も出せずに頷きました。

 それだけしか、出来ませんでした。


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