第39話 正しいデートの誘い方 ①
「それにしても」
ホテルさながらの豪奢なロビーで、行きかう人々を眺めながらひとりごちる。
「すげえな、ここは」
魔術塔の一階部分、来客用のスペースは研究機関の一角とは思えないような内装の凝り具合だった。
金があるのか、それとも見栄のためか。経験則では大抵が後者だが。
少なくともそれらを眺めていれば、待っている間に退屈するということは無かった。
「お兄さん」
一人の少女が人の流れの中を慣れた様子でこちらに歩いてくる。
「お待たせしました。ロッテ、すぐに来るそうですよ」
「悪いな、小間使いみたいなことさせて」
「いえいえ。お気になさらず」
栗色の髪の少女がふわり笑みをこぼした。
「助かったよ、本当に」
研究塔に来たはいいが、アポもなく、どうしたもんかと迷っていた俺に、この子が話しかけてきてくれたのだ。自分の事情を話すと。
『私はリサ。ロッテの……お友達です』
そう言って、取次を買って出てくれた。本当に、ロッテの友人には似つかわしくない親切な子だ。
「と・こ・ろ・で」
リサが上目づかいに俺を見ながら言う。
「お兄さんは、ロッテの恋人さんなんですか?」
興味津々と言った風なその態度に、少し微笑ましさを感じた。そういう話が好きなお年頃か。
「さあ、どうだろうな」
真正面から否定してもつまらないだろうと思い、そうはぐらかすように回答して、声を出さずに口元だけで笑っておいた。案の定、リサは嬉しそう口元に手を当てて、きゃー、なんて驚いた風な黄色い声を上げてくれる。
「ロッテったら、隅に置けないんだから」
その時、コラー、という声が俺たちの間を通り抜けた。ロッテが、慌てたようにこっちに向かってきているのが見えた。
「あらあら。それじゃあ、あたしは行きますね」
「いいのか?」
「ええ。十分に楽しめましたから」
そう言って、軽い足取りで俺から離れていくリサ。
「これ以上、ロッテの嫉妬を買ってしまってもいけないし」
そういうのじゃないんだけどな、とは思いつつもわざわざ否定するような無粋はしないことにする。きっとリサも、そこまで本気で言っては無いだろう。
「それじゃあ、お兄さん。またね」
手を振って、器用に人の波の中に消えていく栗色の髪の少女。なんていうか、ロッテとは正反対の、女の子らしい女の子だったなと想いながら、俺もひらひらと手を振った。
「もう、アル!」
入れ替わりに、今度はロッテが俺の前に現れる。
「よう、久しぶりだな」
「全く呑気なこと言って!急になんの用なのさ!」
久しぶりに会ったというのに、そのつっけんどんな態度に苦笑が漏れた。
「いい酒を貰ったんだ。一人じゃなんだし、一緒にどうかと思ってさ」
「……ボク、そんなにお酒好きじゃないよ」
「固いこと言うなって、肴も用意してきたんだ。なんならそれだけでもつまんで、相手してくれよ」
俺は酒とつまみの入ったバスケットを掲げる。
渋々ながら、ロッテは俺を自室に案内してくれる運びとなった。
ああ、アルだ。
ダークブラウンの瞳がボクを見ている。乱暴に撫でつけられた黒髪と、勇ましさよりも気の抜けたようなと表現するのがふさわしい、いつも通りの表情。
時折見せる怖い顔でも、さびしげな感傷の色もない、一見して飄々とした、いつもの。
「吞み相手が欲しいなら」
研究塔の部屋じゃなくて、宛がわれた自室の方に向かいながら、ボクはアルに不満を漏らすような声で言った。
それは全く全然、本心じゃなかったけど。
「カークでも誘えばよかったじゃん」
「嫌だよ、あんなお堅い坊ちゃん相手じゃ、せっかくの酒も台無しさ」
「……ふーん」
ボクなら、いいんだ。
「ねえ、アル」
「なんだよ」
「師……、リサとはいつ知りあったの?」
本当に聞きたいことは胸に留めて、ボクは今二番目に気になっていることを口にした。
「ああ、ついさっきだよ。下で困ってたら、あの子が助けてくれたんだ。ロッテの友達なんだって?」
「まぁ、うん。そうだね」
師匠、また猫被って。こまった悪癖だと思うけど、言って直すような人じゃないから、ボクは微妙な表情を浮かべるくらいしか、感情の置き場がない。
「素直ないい娘だったよ」
「……へー」
師匠の悪癖はしょうがないにしてもさ、簡単に騙されるアルもアルだ。
けど、まぁいいさ。いつかアルだって師匠の性悪を知ることになる。あの笑みの裏にある本性をアルが知ったらどんな顔するか。それは、今から少し楽しみだ。
「ここが、ロッテの部屋か」
「こら!乙女の部屋だぞ!じろじろ見るな!」
「お前が乙女なんてガラか?」
ロッテの部屋は、面白味のないことに整理整頓の行き届いた綺麗なものだった。そのおかげか、こじんまりとしてはいても手狭と言う印象は無く、むしろ一人で暮らす分には十分すぎるという印象だった。
キッチンに暖炉にベット、場違いなのは洋服掛けに立てかけられた箒くらいのもんだが、それもロッテの愛用の品だと分かっているので違和感は少ない。総じて、好印象だった。
(研究職の私室なんて荒れてるもんだけどな)
偏見かも知れないが。
「えーっと、グラスとお皿と……」
歓迎してる風ではなかった割に、ロッテはてきぱきとキッチンで準備を進めている。
やっぱり食い意地の張った奴だ。
「なに笑ってるのさ」
「別に」
言いつつ、俺も酒とツマミの準備をする。
アルコールの分解設定は……、切らなくていいだろう。話を聞くために来たんだから、あまり酔い過ぎてもよくない。
「乾杯」
「あ」
ロッテの用意したグラスに酒を注いで持ち上げる。ロッテもつられてグラスを握って、俺に合わせた。
「かん、ぱい」
「おう、飲め飲め」
揺れている鮮やかな朱色の液体を眺めながら、ボクは持ち上げたグラスをテーブルに戻した。
「用意してもらって悪いけど、飲む気はないよ」
そもそも、お酒はそんなに好きじゃない。
「そうかい。じゃあ、俺だけ」
そう言って、一人でお酒を飲み始めるアル。
『その男をデートに誘え』
そんなアルの姿を見ていると、師匠の言葉がふと頭をよぎる。
(なにを考えてるのさ!)
あれはあくまで師匠の妄言で、ボクにはなんの関係もない話なんだ。
けど、あれだな。良く考えてみると、アルが今、ボクの部屋にいるんだ。
そう思うと、なんだか無性に顔が熱くなってきたような。
(だめだ、これは)
良くない。非常に、良くない。
なにが良くないのかは、ボクにもいまいちよく分からないけど。
「おいおい、どうした」
「え?」
「食欲ないのか」
アルの少し心配そうな声。見れば、ボクのために用意された料理に、ボクは全く口を付けていなかった。
「そんなことないよ」
ボクは慌てて煮込み料理を口に運んだ。味なんて分からないかとも思ったけど、そんなことない。普通にいつも通り、おいしい。
(なんでこんな料理上手いんだよ)
「美味いか?」
「……いつも通り」
「そうかい」
ボクのそんな返答に満足そうなアル。なんなんだよ、もう。
それからはいつも通りのペースを取り戻して、ボク達は色んな話をしながら食事を進めていく。
会ってなかった最近のことを話して、下らない軽口もいっぱい言って、あの夜のことも少し話して、それで、それはとても楽しい時間だった。
(いつまで)
不意に、ボクの頭によぎる。
(いつまでボクは、アルと一緒に居られるんだろうか?)
今、アルはここにいる。だけど、アルがどこか遠くへと行ってしまう要因はいくらでもあるんだ。
そもそも、アルは異世界の人間だ。いつかは、本当にいるべき場所に帰ってしまうかもしれない。それも、ボクの開発した技術で。
そうでなくても、アルがこの世界に留まるって決めるなら、その理由はボクじゃなくてエレンになる。それは、きっと間違ってない。
(その時、ボクは)
「それで、さ」
アルが、少し歯切れ悪く言葉を発する。それは実に珍しいことだった。
「最近、耳にした噂なんだが」
その様子でなんとなく悟る。きっと、今日アルがボクに会いに来たのは、この話をするためだって。
「姫さんの誕生日が近いって聞いたんだが」
それを聞いた瞬間、ボクの心が鉛のように重くなるのを感じた。それを表に出さないようにして、ボクは答える。
「そういえば、そうだね」
やっぱり、ボクに会いに来たんじゃ、無かったんだ。
「それで」
アルの浮ついたような表情を見て、ボクは必死に自制する。今、感情を表に出すようなことをしたらきっと幻滅される。そうでなくても、水を差すことになっちゃう。
「いくつか聞きたいことが……って、おい?」
ボクは自分の感傷を呑み込むために何かを欲して、それで。
「お前、それ、そんな一気に飲むもんじゃ」
ボクは、目の前にあったその朱色の液体を、一気に喉に流し込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます