第二章 その日

第35話 第二章 序章 その日



「ハァ、ハァ」


 ボロボロだった。

 身も、心も、まるで裏路地でおやっさんと対峙したあの日のように。



『この――――――風情が!』



「……ちくしょう」


 歯噛みして、耐える。

 それしか、出来ない。


 絶望の闇の中を、歩いて、歩いて、歩いて、それで。

 

「どうしたのさ、アル!フラフラでボロボロじゃないか!それに、その腕……」


 行き着いた先に、何故かあいつが居た。


「ボク?ボクは、頼まれてたコードの解析が終わったから。いや、そんなことより、アル。早く横になって、治療を、するから」


「え?あ、うん。確かに、これで理論上は君の世界のコードは、全て使えるってことになる、けど」


「それは……、君が、いつも譜面を書いてる作業台の上に」


「アル待って。君、今」


 酷い顔、してる。


 作業台のそれを、齧りつくように必死で見る。

 どこかに矛盾は無いか、本当に使えるかどうか、俺に扱えるかどうか。あらゆる思考を総動員して、その式を読み解く。

 結果は、完璧だった。

 全部、全部考えた上でそう結論付ける。ここには、完璧な理論が横たわっている。

 俺は、泣いているのだろうか?


「なんで」


 何故俺は、この式を大事そうに抱えているのだろうか。


「なんで、今なんだよ!」


 もう、何もかもが分からない。

 何が大事だったのか、誰を救いたかったのか。

 俺が、救われたかったのかどうかさえ。


「アル……」


 俺は、それを一片の傷もつけないように抱えて、嗚咽を漏らしながら泣いた。


「う、うぅ、うぅぅ」


 背後にいる彼女のこと、俺を待っている人のこと、世界のこと、そしてあの予言のことを抱えて、俺は泣いた。

 それだけしか、やりようがなかった。

 けれど、もうだめだった。全部が全部だめになってしまった。

 残酷に時は進み、俺の目の前にあの日の光景が淡々と、現実味を帯びて近づいて来るようだった。

 絶対にならないと叫んだあの日は遠くに去っていき、絶対ならないと叫び見た光景が近づいてく

る。


 それは、もうどうしようもなく。

 月明かりの夜の下、彼女の作った美しい式だけが、まるで悪魔の残した契約書であるかのように。

 ただただ、俺の寄る辺であり続けた。 

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