第33話 BLUE GILL ⑦
「首尾はどうだ?」
「上々。そっちは?」
「こっちもだ。いつあいつが出てきても、ばっちりやれる」
餌、罠、銛、全ての準備は万全に整った。
後は。
「あいつが動くのを待つばかりか」
「動きは無いのか?」
「ああ。微動だにしない。だが、あいつの目的が食事だとしたら、そう長く潜ってはいられないはずだ」
あいつはいまだに自分が死んでしまったことに気が付いてはいない。だから、生きている時と同じ周期で空腹に襲われるはずだ。
「そろそろ限界だろう」
あいつの体内で再構築されたプログラムは、まだ俺たちにその位置を知らせてくれている。
これで次にあいつが浮上してくる位置も、時間も把握が可能だ。それだけでもこちらの優位は大きい。
「結局」
「ん?」
「あいつだって被害者なのに、俺は救ってやれねえんだな」
段々と、この厳つくも頼もしいおっさんのことが、俺には分かり始めていた。
この人は、頑固で偏屈だが、情に厚い所がある。
そうして、その情こそが、この人を常に苦しめ続けている。
「……もう、あいつは、ルリはただの被害者じゃねえよ」
それは、酷い話だ。
人間本位の酷い理屈。
「もう、被害は出てる。野生動物と一緒だ。しかも、人の作ったプログラムの味を覚えちまってる」
あいつの好むところには、そういった傾向があった。
自然発生するバグデータや、混然としたネットの海に漂う廃棄データでは、恐らく駄目なのだ。
それは無機物のように、生きていない。
人の作ったプログラムでなければ、あいつは満足しない。
「ここで逃がせば、あいつはまた繰り返す。そして捕まっちまえば」
「人類の発展のためにラボ送りか。……あいつにとっての救いってのは、なんなんだろうな」
「少なくとも、人間の倫理観に当てはめれば、ロクなもんじゃねえよ。……お?」
設定していた浮きに、反応アリ。
「来たか」
「ああ。迷ってる暇はねえな」
俺とおやっさんは、ダイブの準備を整える。
「アル」
「ん?」
「今更になっちまったが、すまなかったな。関係のないお前を、こんな風に巻き込んじまって」
「本当に、今更だな。それに、気にする必要はねえよ。俺の方から首突っ込んだんだ」
俺は首にプラグを、おやっさんは頭にごついヘッドギアを取り付ける。
「それでも、俺の力不足で損な役割を押し付けることになったのは事実だ。本当は、俺たちがすべきことなのによ」
世界と世界が繋がる。おやっさんは、一瞬前までの迷いを全てここに置いていくように告げた。
「この件が全部片付いたら飲みに行くぞ。俺の奢りだ」
「……ああ、なるほど」
俺はちょっと苦笑を浮かべる。
そういう勘違いか。
「?なにがおかしい」
「その辺は、全部終わってからネタ晴らししてやるよ。……驚くと思うぜ?」
「あ、ああ」
なんだか納得のいっていないような顔してやがる。
こりゃ、真相を知ったらさぞ驚くだろうな。
「粒子接続確認。規定位置までの安定ルート確保。さて、始めますか」
ダイブ、開始。
見える、光が。
それに、なにか懐かしい、音。
もうそれが何か思い出せないけれど。
魅かれるように、そこに、浮上する。
「よう」
だけど、そこにあったのは記憶にある幸福じゃない。
「また会ったな」
そいつの存在を認識して、曖昧になっていく意識はたった一つへと集約していく。
こいつを、殺す。
「―――――――――――――――!!」
「よう」
俺は流していた音声データを、指を振って停止させる。
予想通り、生きていたころの習性というやつは残っているらしかった。
「また会ったな」
今一度『BLUE GILL』と呼ばれた怪物と対峙する。
誘導には成功。
第一段階、クリア。
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