第31話 BLUE GILL ⑤


(凄い)


 まるで銃の方が僕を使っているみたいだった。


(効いてる!)


 さっきまでとはまるで精度が段違いだ。どう構えて、どう撃てばあいつに当たるのか、銃が教えてくれている。それに、僕の方が多少ミスをしても。


(また)


 弾が、標的に向かって曲がる。

 どう撃ったかは関係なく、照準の向いた先こそが着弾点だとでも言うようだった。

 物理法則のない電脳世界だからこそ出来ること。


(これが、電脳世界での戦い方)


 おやっさんの連れてきた彼は、こんな凄いことを平然とやってのけるのか。


(本当に、凄い)


 この世界じゃあ。いや、何処でも役立たずだった僕が、あんな化け物相手に戦えてるなんて。


(勿論、この銃と彼が凄いだけってことは分かってる)


 それでも見ろ、僕らを喰い殺そうとしてた化け物が、あんなに苦しそうに。


(いける!あいつを退治できる!)


 ちらりと、この銃を通して繋がっている彼のことを意識する。


(これが、第二世代)


 僕の中に生まれたのは小さくない感動と憧れだ。

 彼が味方でいてくれるなら、僕らは。


(戦える)

 



(いいぞ)


 賭けは俺たちの勝ちのようだった。『BLUE GILL』は傷口に銃撃を受けるたびに情報圧の咆哮上げ、その姿をブレさせている。まるで、あまりの苦痛に自己の姿を保てないかのようだった。

『BLUE GILL』は射線から逃れようと身をよじるが、俺の眼はそれを逃さない。

 群生物を指揮するように照準を動かし、奴の傷に照準を合わせ続ける。


(苦しんでるじゃねえか)


 奴の挙動で手に取るように理解できた。

 不利を悟った『BLUE GILL』が次にとる行動は。


「おやっさん!」


「分かってる!」


 場の異変はすぐに伝わった。

『BLUE GILL』が、決して勝てないと思った怪物が背を向けたのだ。


「逃がすな!」


 俺はチャンスだと思い、リンクを断ち切っていくつかのコードを起動させた。


「ぐ、急に切るんじゃねえ」


「悪い。けど」


 俺と直接リンクしてたおやっさんは、頭を押さえて抗議の視線を送ってくる。急な視覚の切り替えで軽い眩暈と頭痛くらいはあるだろうが、今は我慢してもらおう。


「ちょっとやることがある。あいつが逃げられないように押さえておいてくれ」


「おい、アル!」


 引き止める声を無視して、俺は『BLUE GILL』へと向かって電脳世界の中空を駆ける。

 ここであいつを、ただ追っ払っただけじゃあ何の解決にもならない。

 それに。


(もう一発かまさねえと、気が済まねえ)


 走っている最中に、組みかけだったコードを完成品に調整する。大部分が勘での制作になったが、ま、こういうほうが実戦的に動いてくれるもんだ。


「こっちだデカブツ!」


 銃撃で足止めさせられていた『BLUE GILL』の頭上を飛び越え、その眼前に着空する。

 一瞬の視線の交差。お互いを敵と認識した者同士の睨み合い。その末に、俺は組んだばかりのコードを起動する。


「プログラムコード、起動」


 二本の指を立てて『BLUE GILL』へと向け、照準を固定。

 瞳に映すのは、そのむかつく顔面だ。


「くたばりやがれ」


 同時に、コードによって生み出された小型の魚雷が『BLUE GILL』に向かってぶっ飛んでいく。

『BLUE GILL』は、それしか知らないかのように大口を開け、俺のプログラムをその牙で噛み砕いた。


(よし)


 それを確認してから、俺は空を蹴って『BLUE GILL』の腹に下に潜り込む。そんな俺を『BLUE GILL』は追って来ようとするが。


「撃て!!」


 おやっさんたちの弾幕が、それを許さない。

 ましてや、あいつの顔には傷があるのだ。せっかく背けた顔を、もう一度こちら側に向けるなどしたくは無いだろう。

『BLUE GILL』は俺を喰い殺すことを諦め、当初の予定通りに仮想空間の境界にその牙を突き立てた。

 空間が軋みを上げ、その構造がねじ曲がるようにデカい穴が開く。『BLUE GILL』は一度だけ俺を、俺たちを一瞥して。


「――――――――」


 そのまま、その穴から仮想空間を飛び出す。

 この場所とは違う、固定されていない仮想の海へと。


「逃げられたか」


 頭を押さえながら、よたよたとした足取りでおやっさんが俺の方に向かって歩いてくる。


「どうしたよ。まだ切断のショックから立ち直ってないのか」


「おかげさまでな。こりゃ、戻ったらさらに酷い目にあいそうだ」


「そりゃご愁傷様」


「誰のせいだと思ってやがる」


 もう立ってられんとばかりに、おやっさんはその場に座り込んだ。


「が、まあ撃退出来ただけ良しとするか」


 仮想空間に空いたでっかい穴を見上げて、愚痴るようにこぼした。


「あのくらいならまだ修復がきくだろ。化け物退治とはいかなかったが、成果は出せたと言えるか」


「そんなんで上は納得すんのか?」


「……しねえだろうなぁ」


 対策課まで作って、現場を押さえたのに敵いませんでしたじゃあ済まないだろう。


「やれやれ、こっから先のこと考えると笑えねえな」


「生きてるだけ儲けもんだと思わねえと」


「他人事だと思いやがって。……そういや、アル」


 おやっさんが、俺に尋ねる。


「お前さん、さっきのあれは」


「ああ、ちょっとな」


 俺もまた、仮想世界に空いた穴を見上げる。


「おやっさんが怒られないための成果ってやつさ。戻ったら、確認してみようぜ」




「おーい、おやっさん。生きてるか?」


「いや、無理だ。死ぬ」


 さっきまでの、いやそれ以上に倦怠感丸出しでおやっさんが呻き声を上げた。


「もう二度と、電脳世界なんぞには行かねえ。そう決めた」


「電脳対策課の刑事が何言ってんだか」


 現実世界に戻って来た俺たちは、当然さっきと同じ部屋で目を覚ます。

 帰還直後に見るのがおっさんの気だるげな表情というのは、少しばかりへこむものだ。


「俺は本気だ。現場は全部、部下に任せる」


「はいはい、将来的にはそうなりゃいいな」


 今は、どう考えたって人員が足りなさすぎるだろう。


「第一、お前は連続ダイブした上にあんな無茶までやってんだ。なんでそんな平然としてんだよ」


「脳が違うんだよ、脳が。構造的に」


 俺だってさっきまできつかったが、少しばかり休めばすぐに動けるようにはなる。

 この辺は、もう『第一世代』と『第二世代』の埋められない差だ。


「まだかかりそうか?」


「本当なら明日までだって寝ててえよ。けど、成果ってやつを確認しなきゃならねえ」


 まさに無理やりといった感じでおやっさんは体を起こした。その拍子にちょっと吐きそうになってるのはみなかったことにしておく。


「お前、なんか仕込んだんだろ」


「ああ。ちょっと待ってな」


 俺はさっきのさっきのプログラムとリンクさせてある汎用ツールを部屋の端末に繋いだ。


「最後に撃ち込んだプログラムあるだろ」


「ああ。だが喰われちまったじゃねえか」


「その通り。けど、あれはわざとだ」


「わざと?」


「プログラムには、衝撃が加わった瞬間、ばらばらになるように細工を施した。そんで、あいつの胃の中で自動でもう一度組みあがる。組みあがった後は」


 端末に表示されたのは、電脳世界の座標だ。


「この汎用ツールに現在地を飛ばし続けるって訳だ。これであいつがどこに向かうのか、手に取るように分かる」


「……おい、そりゃあ、マジか」


「マジだよ」


 俺は少しずつ動いていく光点を目で追っていく。

「あいつだっていつまでも電脳世界に居られる訳じゃない。ログアウトする瞬間があるはずだ。その場所さえ押さえちまえば」


「電脳世界じゃ無敵の怪物も、こっちの世界じゃあただの人間って訳か」


「そういうことだ。……見ろ」


 光点が、ある一点で止まる。

 ここがあいつの目的地か。


「場所は?」


「そう急かすなって。ここは……」

 座標を検出して表示する。


「また随分と厄介な場所だな」


 そこは、ある隔離された電脳空間のすぐ近くだった。


「DarT国際電脳開発研究所。あいつは、ここの関係者かも知れないってことか」


 

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