第25話 夜に想う ④


 王城に侵入しようとする奴がいる。それも、こんな馬鹿げた理由で。

 普通に考えれば、とんだお笑い草だ。

 強固な城壁、優秀な見張り、魔術的防壁、罠だってあるだろう。

 警備は万全で、アリ一匹入り込む隙間だってない。

 そう、この世界の常識で言えば、だ。


「生憎と、防壁破りは得意でね」


 光学迷彩の稼働時間もある。さっさと済ましてしまおう。

 最初は、この無駄に高い城壁だ。

 この城壁自体になにか細工でもしようものなら即、バレる。

 なので。


「よっと」


 俺は中空に一歩足を踏み出した。

 足は、そのまま地面に落ちることなく空間を踏みしめる。


「よしよし」


 そのまま一歩一歩、螺旋階段を昇る要領で足場を作っていく。

 電脳世界では息をするように扱っていたコードだ。これくらいの簡単なものなら、この世界でも再現できる。最も、あの世界でやっていたような、空を駆けるようには、まだ扱えないが。

 俺は城壁に一切触れることなく、その上を通過して城の裏手に飛び降りる。

 まずは第一関門突破って所か。

 だが、安心はできない。

 なるべく着地の衝撃を殺して音が響かないようにしたが、それでも微かな物音に気が付いて誰かが来るかも知れない。

 俺はさっさと次の準備に取り掛かる。


「どれどれ。おお、あるなぁ」


 目を切り替えて周囲を見れば、そこかしこに少なくない罠が張り巡らされていた。

 触れた瞬間侵入者を知らせるワイヤーのようなものから、落とし穴のような古典的なものまで多岐にわたる。だが、見えていれば問題はない。

 それらを器用に躱して先に進む。


「お」


 俺が次にたどり着いたのは城の外壁部だ。ここから先は城の敷地内ということで結界が張られている。このまま一歩でも足を踏み入れれば誰かが侵入したことが城の内部に伝わってしまうことだろう。

 それはよろしくない。


「なので」


 俺はあらかじめ用意しておいたコードを起動する。


「コード『トロイ』」


 要はファイヤウォールをごまかすのと同じだと思えばいい。俺は自信を無害なものと認識させ、結界内部に入り込む。

 警戒網に引っかかった様子は、ない。

 第二関門、クリア。

 だが、流石に結界の内部でコードを使えば異常は検知されてしまうだろう。


「こっから先は、こいつの出番」


 自作の巻き取り式鉤付きロープを取り出す。

 適当な場所に見当をつけて、俺は軽く振り回して勢いをつけた鉤付きロープを城の屋根に向かって投げる。


「ビンゴ」


 二、三度引っ張って強度を確認。問題は無いと判断して、俺はロープを小さなリールで巻き取りつつ、屋根に上る。


「第三関門、クリアだな」


 俺は屋根の上で一旦身を隠し、光学迷彩の機能をオフにする。

 こいつの稼働時間は長くない。ここらで一旦休ませる必要があった。

 どうしたって、見張りの目をごまかし続けるためにはこいつが必要だ。

 その間に、物陰から少しだけ顔を出して城の全容を把握する。

 流石にデカい。目的地の下調べは一応してあるが、それでも正確な位置までは把握していない。


「頼むぜ」


 俺の予想が正しければ、そこまで苦労はしないと思うが。


「行くか」


 コートのクールタイムを終えて、俺は立ち上がる。

 流石に日を跨ぐ前に行ってやらないと。



 そこから先は同じ要領だ。屋根から屋根へ。時にロープを、時に手足を使って城の上を駆けていく。

「こりゃ思ったより」


 物理的トラップを潜り抜け、滑って屋根から落っこちそうになったりしながらも、目的の場所に向けて。


「骨が折れるな」


 足場は悪いし、身はなるべく隠さなきゃならない。デカい音なんてもってのほかだ。

 それでも俺は目星をつけていた辺りにたどり着く。

 この時間帯に、月が良く見える場所。

 大きな窓のある部屋。

 カーテンでも閉まっていればそれだけで難易度はぐっと上がるが。


「見っけ」


 今日に限ってはそれもないだろう。

 きっと今夜、彼女は月を見上げているはずだから。




 窓辺で月を見上げて、思い出すのは今日の夜会のこと。


「まるでまだ夢の中にいたみたい」


 久しぶりに彼に会いたくて、ご迷惑かも知れないと思いながらもロッテに招待状を託して。

 来てくれると知った時から、今日がとても楽しみになって。

 そうして訪れた、アルフレッドさんとの再会。

 最初は気が急いてしまって、あの人と私の立場のことも考えずに話しかけてしまいました。

 後から考えれば、あれこそ大きな失敗。

 だけど、アルフレッドさんならあの旅の間のように、気軽に話しかけてくれるんじゃないかと期待していました。それはとても難しいことだって、私が一番よく知っているのに。

 そして、それは結局私の甘えだったけれど。

 だけど、あの人は応えてくれた。

 私なんかには想像もつかない形で。

 あんな、夢のような光景を。

 美しい、誰もが魅了されるような、夜を。

 あれが私のためだったらいいなと、そんな。


(では月の美しき夜にでも、今日のことを思い出して頂ければ)


 その言葉が頭から離れず、こうして月を眺めて、想う。

 これ以上は贅沢だって。

 遠くから、あの隣で笑い合った日々を想いながら、生きて行けばいい。

 あの、アルフレッドさんが作った情景と同じ。

 幻想は、どんなに美しても幻想でしか……。


「え?」


 最初は、風の音か何かだと思いました。

 だけどすぐに違うと気が付きます。

 コンコンと、丁寧なノックのような、窓を規則的に叩く音。

 なんだろうと思って、外を見れば。


「嘘」


 そこには、今想っていたばかりの人が。

 私は慌てて鍵を開けて窓を開きました。


「よう、姫さん」


 その声を聞いて、その空気に触れて、信じられない気持ちと嬉しい感情がごちゃ混ぜになって。


「なん、で」


「会いたそうな顔、してたからさ」


 アルフレッドさんは、信じられないようなことを平然と言うのでした。

 

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