第23話 夜に想う ②


 伸ばしかけた腕、濡れた瞳、再開を喜ぶ声。

 そうだ、それは、当たり前のことの、はずだ。

 だけど、俺は。



『おい!貴様!』


 思い出したことがある。


『姫様、エレオノーラ様にその口のきき方はなんだ!』


 まだ、俺がこの世界に来て、あの旅が始まってすぐの頃。

 カークは俺に、そんな風に怒って見せた。


『本来であれば言葉を交わすことですら恐れ多い身分の御方だ!それを、あろうことか……』


『いいのです』


 それを止めたのは姫さんだった。


『姫様、ですが』


『アルフレッドさんは私の国とは何の関係もない世界から来訪された方です。我が国の権威とは、何も関係などありません』


 俺は、王政なんてものを資料でしか知らない。

 だから、その時は、それがどれだけ異常なことか気が付かなかった。


『それに、これから共に旅をするのです。そういう強制を、私は好みません』


『へー、話が分かるじゃない』


 気が付かないまま、俺はいつも通りの調子で、こう言った。


『それじゃあ、よろしく頼むよ『姫さん』』


 ああ、そうか。

 当たり前だ。

 あの旅が異常だっただけ。

 周囲の反応が、それを物語っている。

 俺たちの関係は、ああいう風にあるべきじゃなかった。

 周囲の醜悪な視線を見れば分かる。今、あいつらの中で姫さんの品位がどれだけ貶められたか。

 関係ないと言えば、それまでだが。

 俺の中の何かが、強く刺激される。


「あの、アルフレッドさん?」


 ああ、これは、ダメだ。

 俺は頭の中で、明確にスイッチを切り替える。


「これはこれはエレオノーラ様」


「え?」


 大仰な身振り手振りで、畏まって礼をした。


「本日はこの夜会に招待して頂き、誠に感激の至りです」


 ニコリと邪気のない笑顔を浮かべ、続けざまに言葉を吐きだしていく。


「いやはや、誠に素晴らしい夜です。煌びやかな世界、一流の楽団、品位ある参加者。私のようなものでは、気後れしてばかりですよ」


 心にもない言葉を並べ立てる俺のことを、姫さんもロッテも困惑した目で見ていた。

 だが、会場の空気は少し緩んでいる。

 そうだろ?

 これが、ここにいるこいつら望む、俺のすべき対応ってやつだ。

 それだけ、俺と姫さんの身分ってやつは、本来違う。


「しかし、そんな緊張の極みにあった私のことを気遣いお声を掛けてくださるとは、実にエレオノーラ様は尊く、そして慈悲深くていらっしゃる」


「…………はい。楽しんでいただけたのならば、幸いです」


 姫さんが微妙にかみ合わない返答を返す。

 姫さんだって分かっているんだ。

 けど、その瞳が語っている。

 俺と、あの旅した日々と同じ会話を望んでいたって。


「エレ、」


 口を挟もうとしたロッテが、すぐに口を閉ざして歯噛みする。

 こいつの方が、色々なことをよく分かってるはずだ。

 だからこそ、悔しいのかも知れない。


「エレオノーラ様」


 それから俺は、当たり障りのない会話を少しだけしてこう促した。


「私の緊張は、もう十分にほぐれました。できればその幸運を、他の方々にも」


「そうですね」


 答える姫さんの顔は、一介の王女様のものだ。


「では、良い夜を」


「はい。エレオノーラ様も」


 夜会の主催者がこんな所に居続けていいはずがない。

 そんなことは、姫さんだって分かってる。

 だからこそ、姫さんは名残惜しそうにしながらも、俺に背を向けた。


「アル」


「仕方ないんだ」


 俺にこんなことを言わせたのは、劣等感からか。

 酷い話だ


「ボクが言うべきことじゃないとは思うんだ。だけど、言わせてほしい」


 言い訳して、姫さんの背中を見送る俺にロッテが小さな声で言う。


「エレン、凄く寂しそうだったよ」


 その言葉で、止まっていた何かが動き出す。

 あの背中をただ見送ったら、俺は後悔する。

 絶対に。


「エレオノーラ様」


 姫さんを呼び止める。


「本日私は、ここに作曲家としてきました」


 そうだ、あくまでこの流れは保ったまま。


「そこで、一つ、余興を行いたいのですが」


 笑顔に、不敵な色をほんの少し混ぜる。

 これは、姫さんとロッテにしか伝わらない程度に。

 けれど、二人には確実に伝わるほどに。


「余興、ですか」


「はい」


 これは思いつきだが、そうだな。

 どうせなら、こっちの方が俺らしい。


「こちらにいる魔術師様と、二人で」


「!」


 ロッテが、何言ってのさ!

 とばかりにこっちを見るが、目配せ一つでこう伝える。

 ノッてくれ。

 そっちのほうが面白いぜ?

 ロッテは一瞬だけ迷いを見せたが、そこは、この世界で天才として生きてきた度胸の持ち主。

 すぐに決断して俺に合わせてくれる。


「エレオノーラ様。きっと、きっと楽しんでいただけると思いますよ」


 ごく自然に、まるで初めからそう打ち合わせてあったかのように応じるロッテ。

 これが内容も知らないアドリブだなんて、信じられないくらいだ。


「それは」


 姫さんがふっと口元をほころばせる。

 ああ、やっと笑ってくれたか。


「勿論、許可しましょう。私も、楽しみにしています」


 さあ、て。

 もう後には引けない。半端も許されない。

 きっちりと、やりきらないとな。



 

「なにやらせんのさ」


「悪いな、巻き込んじまって」


 少し準備があると言って借り受けた部屋で、俺たちは顔を突き合わせていた。


「けど、こっちの方が好みだろ」


 媚びへつらうよりも、だ。

 実力で殴りつける方が、よっぽど俺たちらしい。


「まあね。でも、策はあるの?」


「勿論」


 俺は手持ちのプログラムからそれを探し出してロッテに見せる。


「なに、これ?」


「俺の世界の、夢の魔法さ」


 俺とロッテだけが使える魔法。


「世界中で億って単位の人間に感動と熱狂を与えた魔法」


 の、疑似空間用の簡易版だ。


「モノ自体は音と映像だけの簡単なものだし、時間も短い。お前ならすぐに再現できるだろ」


「余裕だよ」


 頼もしい相棒だ。


「さーてと、じゃあ、あいつらに見たこともない、夢と希望のおとぎ話を叩きつけてやろう」


 今宵一度きりのステージ。

 夜を彩る、パレードを。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る