第22話 夜に想う ①

 思えば、随分遠くに来たものだ。


「ぶっつけ本番だけどやれるか?」


 異様な高揚感。

 そして全部をぶっ飛ばす万能感。


「誰にもの言ってるのさ」


 相棒はこいつ。

 生意気でちんちくりんだが、不遜でエネルギーが詰まってる。


「オーケーだ。あとはタイミング次第。外すなよ」


 ああ、余裕だろうさ。

 あの程度、お前にだったら鼻歌混じりでもこなせるレベル。

 そんなこと、俺が一番よく知ってるよ。


「見せつけてやろう」


 あくまで不敵に魔女が笑う。

 上等以上、最高だ。


「それとさ、アル」


 楽しもう

 おう




 これは冬が始まるその前の、ほんの小さな物語。

 時間を、少しだけ遡る。



 酷いストレスだった。


(…………)


「……彼が、例の」


「……まぁ、図々しい」


「……私が彼の立場なら」


 貴族ってのはひどく陰湿だ。

 この聞こえよがしの陰口がその証拠。

 新参者で出身もなにも得体の知れない俺がこうしてこの夜会に出席しているのがよほど気に喰わないらしい。

 あるいは。


「やぁやぁ、お久しぶりです、アルフレッド殿」


 そんな俺に近寄ってくるのは、こんな風に一応は取り入っておこうって連中だ。

 こいつ、名前なんだっけな。

 仕事で知り合った弱小貴族だったと思うが、名前が出てこない。

 まぁ、どうでもいいか。


「お久しぶりです。その節はどうも」


 そんな内心をおくびにも出さずに、俺たちはにこやかに握手を交わす。


「やぁ、あなたの作った曲、最高でしたよ!実に素晴らしかった!」


「ありがとうございます」


 うそつけ。あんたが欲しかったのは曲じゃなくて姫さんとのパイプの方だろ。

 話を聞く段階で、音楽にこれっぽちも興味なんてないのは丸わかりだった。


「おっと、私は他にも挨拶しなければならない方が居ますので、これで」


「ええ。いい夜を」


 異様に低い姿勢のままで去っていく弱小貴族。


「……ハァ」


 ようやく面倒事が去ったかと、そんな感想しか出てこない。

 まぁ、あの男だって必死なのだ。

 出世のためか、それとも、崖っぷちで生き残るためか。


(ま、こんな得体の知れない俺なんかにすり寄るんだから、追いつめられてる方か)


 ……姫さんにお墨付きを貰うと決まった時点で、こんなことが起こるのは予想できてはいた。それでも、面倒は面倒だ。


「……浅ましい」


「……下賤な」


 そんな俺たちを見て、なりをひそめるどころかさらに多くなる陰口。

 本当に、なんで来たのか分からなくなる。


(封建社会に貴族主義か)


 纏わりつくような視線に嫌気がさす。

 好意でこの夜会に招待してくれた姫さんには悪いが、今すぐにでも帰りたい気分だった。


(久しぶりに、会えると思ったんだけどな)


 勿論、声には出さないが。

 それでも、会いたいという気持ちはどこかにあった。

 少なくない期待が。


「アルフレッドさん」


 そんな思考が、声を掛けられて断ち切られる。


「ごきげんよう」


 ふわりと、場が華やぐように香り立つ。

 最初は、誰だか分からなかった。

 シックな黒いドレスに身を包み、顔を紅潮させながらも優雅に一礼をするその少女。


「驚いた」


 御淑やかな雰囲気は、いつもの彼女からは想像もできないほどの変化だ。

 だが、その声と、何よりも結い上げられた金色の髪には、見覚えがある。


「ちゃんとお嬢様に見えるぜ、ロッテ」


「でしょう」


 ふふ、と、いつもと違う笑い方をするロッテ。


「アルは似合ってないね、その恰好」


「……前言撤回だ。ご令嬢にしちゃ、口が悪すぎる」


 にひひ、と、今度はいつもの笑い方。

 ようやく知り合いに出会えたようで、なんだかほっとする。


「特にその髪型。なにそれ」


 今日の俺は、流石に普段とは違う格好をしている。ちょっと地味めな、それでも俺の基準では十分派手な礼服に、髪型はオールバック。

 まぁ、似合ってないのは自分でも分かってるから、言われるのは仕方ない。


「でも、慣れてはいる感じ」


「まぁな」


 こう見えても、パーティーとか呼ばれるモノには元の世界で何度か経験している。

 主に付き添いや潜入捜査だが。


「お前こそ、猫被るのうまいじゃないか」


 俺の勝手なイメージでは、こんな場所でもロッテはロッテだと思っていた。

 だが、意外にもというか、ロッテはドレスを着こなして、礼儀もこなれた感じがする。

 すぐにいつものロッテに戻ったのは、俺に気を使った結果だろう。

 そんな俺の疑問に、ロッテはどこか遠くを見つめながら言う。


「エレンに、恥かかせたくないんだ」


「……そうか。そう、だよな」


 その瞳には、俺の知らないロッテと、そして俺の知らない姫さんとの事情が垣間見えた。

 視線の先に居るのは、俺たちを遠巻きに見る貴族連中。

 魔法技術を独占したい貴族と、才能ひとつでここまで這い上がってきた天才術師。そりゃあ、波乱なしに彼女ががこの場に立っていられるはずがない。

 俺なんかとは比べ物にならない悪感情が、ロッテに向けられているのが分かる。悪意と、敵意と、そして侮蔑。

 ロッテは、戦ってきたのか。

 この小さな体で、ずっと。


「嫌なもんだな」


「そうだね。いやな感じ」


 見せ掛けだけ煌びやかな夜会。

 だけど、俺とロッテにはいまいち居場所がない。


「……本当はね」


「うん?」


「一人で生きていくんだって思ってたんだ」


 いつもの、ガキみたいな横顔じゃない。


「その自信も、才能もあった。あった、はずなんだけどなぁ」


 なんとなく、本当になんとなくだが。

 こいつのこんな顔は、似合ってないと、そう思った。


「やめやめ、こんな話ボクたちらしくない。ねえ、アル。どうせなら……」


 ロッテの言葉が途中で止まる。

 会場が、にわかにざわめきを見せ始めたのだ。

 その気配で、俺とロッテは同時に察する。


「主賓様の登場って訳か」


 わっと、彼女の元に人が集まるようなことは無い。

 けれど、この夜会の出席者全てが彼女に意識を向けたのが分かった。

 圧倒的な存在感。

 赤いドレスと微かな笑み。堂々と歩みを進める様は、まるでこの場所で生きることに適応した、美しい神獣のよう。

 当たり前だけれど、あの馬車で俺たちと旅を共にしていた時とは全くの別人にしか見えなかった。

 そりゃ、そうだ。

 本来、彼女の居るべき場所はここで。

 俺たちは、どんな偶然か、そんな事実とは程遠い場所で彼女と出会っただけ。

 ただ、それだけの話。


「エレン」


 ロッテが感嘆の声を漏らす。

 会場の誰もが似たり寄ったりだ。

 誰も、おいそれとは声を掛けられない。

 最初に姫さんがどの人物に声を掛けるのか。それによって、彼女が今何に注目しているのかを計る、一種の駆け引きのようなもの。

 その幸運を手に入れるのは誰か、会場中の視線が姫さんに集まっている。

 だが、姫さんは、そんな意図とは無関係に誰かを探すような足取りで会場を進み。


「あ」


 俺とロッテを、見つけて、その表情が若干緩んだ。

 こういっちゃあ、なんだが。

 嫌な予感がする。

 姫さんはあくまで楚々とした足取りで、けれど心なしか歩く速度を上げながら、俺とロッテの元まで一直線に会場を横切る。


「ロッテ、アルフレッドさん」


 頭を抱えたくなるのを必死でこらえる。

 確かに久しぶりに姫さんに会いたいとは思ってた。招待状を貰って少しはしゃいでいたのも認めよう。

 だけど、いざこの場になってみて思う。


「お久しぶりです」


 先ほどまでとは違う抑えきれないと言った感じの笑み。

 会場中から突き刺さる、不躾な視線、視線、視線。

 一つだけ、言いたい。

 もう少し、空気を読んでくれ、姫さん。

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