第20話 神託 ⑤
夜、俺たちはそれぞれに一つずつ個室を与えられ、そこで思い思いの時間を過ごした。
きっと皆、考えていることは同じだ。
巫女、ノエルに与えられた神託と、その意味を。
「…………」
少なくとも、俺はそうだ。
すっかりと疲れているにも関わらず、月明かりのみが差し込む部屋の中で、ただひたすらにあの未来について考えている。
まず思うのは、俺という存在の、その状況変化。
あの状況と、そしてそれを引き起こした精神性の変化。それはまるで未知のもので、今の俺には想像もできないことだ。
だが実のところ、体の変化については予測が立てられる。
俺は体の半分以上が人口物のサイボーグだ。生体部品を数多く使用しているが、それでも、いやだからこそ、定期的なメンテナンスが不可欠になる。
「俺はあと何年生きられるかね」
この世界には、バイオ技術もサイボーグ技術も存在しない。
自己メンテナンスでは、いつか限界がくるということだろう。
さらに、あの義手。
俺はそっと、袖をめくる。
そこには、包帯が巻かれていた。ロッテを庇って受けた傷を隠すためだ。一応、包帯の下も処置済みではあるが、常備していた医療キットでは限界がある。
現在、この腕を動かすことに支障はない。だが、未来は分からないのだ。事実、義手を付けていたのは、こっちの腕だ。無論、この傷が原因だと決まっているわけでは無いが。
「少なくとも、長生きしたきゃ帰る必要があるわけか」
自分が犯罪者として指名手配されている、あの世界に。
いや、あるいはこの世界でも生体部品の再現は可能なのかもしれない。
そしてそのために、俺は国力が必要になってあんな行動に、と、そんな可能性もあるか。
だがそれも、推測の域を出ない。
「他の奴は、どんなこと言われたんだろうな」
俺のあの未来に関連することなのか、それとも全く無関係のものか。
少なくとも、俺と同じ映像を直接見た奴はいないはずだ。そうでなければ、俺のことを敵意ある目で見ないことがまずおかしい。
だが、どんな神託を貰ったのかを聞くのもはばかられる。俺は口止めこそされなかったが、誰かにあの未来を話す気はない。あの様子ではきっと誰もが同じようなものだろう。カークのように口止めをされている可能性だってある。
そっちの線から追うのは無理だ。
なら……。
そんな風に、思考を巡らしながらも段々と眠気に押されて、疲労によって目を瞑った時だった。
乱暴にドアが押し開かれる。
「ハァ、ハァ、ハァ」
慌てて上半身を起こしてドアの方を見ると、そこには息を切らしたロッテが呆然としたような表情で俺を見ていた。
「おいおい、どうし……。なにがあった?」
その尋常でない様子を見て、瞬時に脳を覚醒させる。
「ハァ、ハァ、アル、アル」
どういえばいいのか。ロッテらしくない、取り乱した様子で俺の名前を呼ぶ。
真っ暗な夜の静寂の中で、荒い息遣いをさせながら、今にも泣きそうになりながら。
「ロッテ」
俺はそれを何とかしたいと思って、手を伸ばしかけて。
「巫女、様が」
「え?」
その手は、中途半端止まったまま、次の言葉を聞いた。
「まだ、まだつかないのか!」
「もう少しだよ!」
箒に乗って飛ぶロッテの後を、俺は必死に走って追いかける。
向かう先は、ノエルが今住んでいるという場所。
(頼む!間に合ってくれ!)
ロッテが俺にもたらした報せ、それは最悪に近いものだった。
(ノエル)
「ここだよ!」
「!!」
案内された場所のドアを乱暴に開くと、そこには倒れ伏した少女が一人。
そして、そんな彼女を遠巻きに眺めるようにして、数人の人間が取り囲んでいた。
俺の目には、それが彼女の死を待つハイエナのように見えて、怒りに近い嫌悪感が湧きあがってくる。
その中で一人、少女の手を握っているのは姫さんだった。
「アルフレッドさん」
「……どいてくれ」
姫さんに代わってその手を取る。
脈は、完全に。
「っぐ!」
奥歯を噛みしめる。
お前らは何をやっていたんだと怒鳴り散らしたかった。これだけの人数が居て、なぜ誰も救命措置の一つもとっていないんだと。
だが、それを押さえつける。どうせ、言っても無駄なことだ。
俺は持ってきた医療キットの中から強心剤を取りだし心臓に直接突き刺す。
まだ、まだ。
「死ぬな」
穏やかな顔で横たわるノエル。
その胸部に手を置いて、力を加えた。何度も、何度も。
「死ぬんじゃない」
周りが俺のことを奇異の目で見ているのが分かるが、構うもんか。
今ほどこの世界の文明レベルに唾を吐きかけたくなったことは無い。
「なんで」
救命の知識ならある。
それでも、実感があった。
手から命が零れ落ちていく実感が。
それは、昔にも一度体験した。
(今日の眠りは、きっと)
ノエルの言葉が思い出される。
知っていたのか、お前は。
「なんでだよ!」
俺の中の冷静な部分は告げている。
もう、無駄なのだと。
それでもそれを認められない俺がいて、その俺が必死で心臓マッサージを続ける。
「たくさん話したじゃないか!」
ノエルの失われた時間を取り戻すのはこれからのはずだ。未来を予言する装置として生まれ、こんな場所で悪意しか生み出さない人間に囲まれて、それでも人をより良き方向に導くために尽力した少女。
なら、その役目を終えた後は、幸福になったっていいじゃないか。
「消えるな!」
目の前が滲む。
気づいてやれなかった自分の馬鹿さ加減に死にたくなる。
「消えるなよ」
なんで俺はこんなに必死になっているんだ。こんな出会ったばかりの少女に。
彼女が死んだって生きたって、どうでもいいじゃないか。所詮犯罪者の俺が、色々な物を踏みにじってきた俺が、今更。
(ふざけるな!)
俺にだって、救いたい人の一人や二人、居るんだよ。
居たん、だよ。
「なんで……」
「アル……」
気が付けば、俺はその手を止めて項垂れていた。
痛い程に、叩き付けられる現実。
俺は、無力だ。
この手の中には、もう何も残ってはいなかった。
たった一かけらだけ人間性を残した、機械のような少女の未来は、もうどこにもありはしないのだ。
「そうだよなぁ」
空虚で過酷な殺風景に、煙が上がっていく。
幸いにも、こんな村でも空だけは青く綺麗だ。
「すぐに必要になる、か」
墓碑銘に刻まれる名前はノエル。酷い皮肉になっちまった。
死者を弔う式は、粛々と行われた。誰も悲しみもせず、ただ義務のように淡々と。
権力争いに負けて、こんな場所に飛ばされてきたという経緯を持つ他の村人にとって、ノエルは敬うべきではなく恨みの対象だったということだろう。それが、逆恨みや八つ当たりと呼ばれるものだったとしても。
「…………」
その様子を、一人離れて眺めながら思う。
きっとノエルは、最初から自分の死期を悟っていたのだ。
恐らく、その予言の能力によって。
そしてそれを、誰にも話さなかった。
予言のことを誰かに話して、未来を歪めてしまうことを彼女は忌避していたから。
けれど同時に、迫ってくる死の恐怖だってあっただろうに。
「気づいて、やれなかった」
昨日、ノエルが危篤状態で見つかったのは偶然ではない。
ロッテと姫さんの二人は、夜中に自分の部屋に来るようにと神託の時ノエルに言われていたらしい。
そして二人は言われたとおりに部屋を訪れて、目を覚まさないノエルを見つけた。
ロッテは、俺なら何とかしてくれるかも知れないと、すぐに知らせに来てくれたのだ。
もしかしたら、それはノエルなりに未来を変えようとした結果なのかもしれない。
死の直前の自分を誰かに見つけて貰うために。
事実、俺がもう少し早くあの場所についていれば、ノエルのことを助けられたかもしれない。そんな、可能性を、俺は唯一持っていた。
「いや」
所詮すべては想像で、もしもの話だ。
もう真実は分からない。
ましてや、選び取れなかった未来の結果など、誰にも。
けれど、少なくとも。
「ノエル」
俺は汎用ツールを取り出して、ホロキーボードを展開する。
そして、奏でる。
死者への弔いを。
彼女の魂に、どうか安らぎをと願いながら。
(俺は決して、魔王になったりしないよ)
ただそれだけを、俺は胸に宿して。
レクイエムを、弾きつづけた。
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