第19話 神託 ④
そこで映像が途切れる。
後に残ったのは、荒い息をつく俺と、無機質な瞳の少女だけだった。
「ハァ、ハァ、ハァ」
頭が痛い、なんだ、今のは。
「なんだよ!!これは!!」
「あれが、あなたの未来です」
そこには、少女が一人。
「あぁぁぁぁぁぁぁ!!」
俺は拳銃を取り出して少女に突きつける。
「言うのか!!あの光景を!!あの未来を!あいつらに!!」
あまりの頭痛に片目を抑える。
視界が、真っ赤だ。脳がおかしい。
「言いません」
俺に死を突きつけられてなお、少女が冷静に告げる。
「何故だ!!何故それを信じられると思う!!」
気持ちが悪い、吐きそうだ。
拳銃を持つ腕が、ガチガチと震える。
ここでこいつを殺せば、言い訳のしようはない。だが、それでもなお、俺はこいつをここで殺してしまいたかった。
「私は」
その殺意を霧散させたのは、少女の目に宿った、何かだ。
「私は自分の手で運命を歪めることはしません。もう、二度と」
それは、奇跡か。
少女のその目に宿ったのは人間の残滓。
いや、それは、矜持と呼ばれるべき、ものか。
「う、ぐ!」
俺は銃を構える右腕を押さえつけて必死で銃を下ろす。
「ハァ、ハァ、ハァ」
同時に膝をついて地面に蹲り、手負いの獣のように荒々しく呼吸を繰り返す。
「私は予言者として生を受けました」
こいつは、何を語っているんだろうか。
「世界をより良い方向へ導くために、私は未来を見続けました。悲劇ばかりをその瞳に映しながら。精神を、摩耗させながら」
それが、なんだというのか。
「良かれと思い、予言を告げるべき者ではないものに予言を与えたことも、幾度かありました。けれど、その全ては悲惨な結末を遂げています。何故だか、分かりますか」
「知る、もんかよ」
「私は告げるべきものでしかないからです。未来を変えるのは、運命を変えるのは、あくまで、その本人」
俺は、ようやく顔を上げた。
「変えられるのか」
神託の少女は、しっかりと頷いた。
「そのために、私や、あなたたちが居るのです」
俺は震える手で銃をしまってから両手の手で顔を覆った。
「……信じるよ、あんたのこと」
「ありがとう」
「少し、ここに居させてくれ」
俺はその場に座り込む。今、あいつらの前に出られる気はしなかった。
「……これで、私の役目は終わりです」
「あ?」
思っても見ない言葉だ。
「あなたに告げた未来。それが、最後の神託なんです。これでようやく、解放される」
「そりゃ、どういう」
「この土地も、私たちの一族も、今日この日に、あなたにあの未来を見せるために、続いてきたのです」
「壮大な話だな」
「これで私も、人間に」
そう言った少女の瞳は冷静で機械的だ。だが、彼女の中には微かな人間性があった。ならば、全てを失っていないのならば。
「ああ。戻れるさ。君は、まだ戻れる」
かつて見た、人間を辞めた者たちと比べて、彼女にはまだ未来がある。
きっと。
「……名前」
「え」
「俺はまだ、あんたの名前を聞いてない」
「そう、ですね」
簡単な問いのはずだ。だが、すぐに返答は帰ってこない。
「どうした」
「私にも、かつて名前がありました。けれど、長い、とても長い間、巫女として生きてきて、それを消失してしまったんです」
「…………」
名の消失。
それは自己の消失と同義だ。電脳世界から帰ってこれなくなったなったもの。ドラッグで廃人になった者。そんな奴らが辿るような末路。
それと同じだけの摩耗を、彼女は体験して来ているということ。
「だから」
ふと、彼女が俺に言う。
「終わりのあなたが、私に名前を付けてください。すぐに、必要になりますから」
「……ああ」
責任重大だが、ここに留まっちまったのも何かの縁だ。
俺は少し考えて、それからそれを贈る。
「ノエル」
今生まれたもの。
希望そのもの。
「それが、お前だ」
「ノエル」
少女は、見えないそれをかき抱くように胸の前に手を添える。
「ありがとう。大切にします」
「おう」
なんだか、とても恥ずかしかった。
それから、俺とノエルは少しの間話をする。
俺の世界のこと、厳しいリハビリから立ち直った少女の話、昔の仲間の話。
これから彼女は人間性を獲得していく。その手助けになるような話を。
「なぁ、ノエル。お前、この先のことは考えてるのか?」
「え?」
俺の問いかけにノエルは首をかしげた。
「もう巫女じゃなくなるし、この村も引き払うんだろ?なら、新しく住む場所が必要だ」
「……考えたこともありませんでした」
名前を付けて、情でも移ったのだろうか。
こんな話をするなんて。
「俺はさ、この旅が終わったら、報酬を貰ってどっかで楽譜をかいてのんびり暮らすつもりなんだ」
「はい」
「そこでさ、助手が一人必要なんだが、俺のことを、手伝ってくれないか?」
実際、この世界の常識がある人が居てくれた方が心強い。
ノエルに常識が無いとしたら、まぁ、その時は一緒に覚えればいい。
「どうだ?」
「そうですね」
その顔を見て確信する。
彼女は人間に戻れると。
「是非、お願いします」
「俺は、上に戻るよ」
気が付けば随分長居してしまった。
あいつらも、きっと心配してるだろう。
「分かりましたでは、私も一緒に」
先導して扉を開き、地下から出る。
「遅い!」
それと同時に、ロッテの怒鳴り声が響いた。
「他の人の何倍時間かけてるのさ!」
「悪い悪い、つい、話しこんじまってな」
もう、俺の体に先ほどまでの変調は欠片も残してはいない。
偉大なりは機械の体だ。
「みなさま」
ノエルが前に出る。
「これにて神託の儀は全て終了いたしました。宿を用意してありますので、そちらでゆっくりとお休みください」
ノエルのその説明で、その場を支配していた緊張の糸がほどける。
これで、終わり。
「ノエルは、どうするんだ」
「はい。私も、今日はこれで帰ります」
ノエルの穏やかな声。その響きに、ふと既視感を覚える。
いつか、どこかで聞いたような。
「私にも、この村で与えられた部屋があるんです。そこで、休みます。今日の眠りは、きっとこれまでにない程、安らかなものになるでしょう」
「そうか」
その既視感は一瞬だけで、すぐに消え去ってしまう。
なら、大したことじゃない。
忘れていい、大したことじゃないんだ。
「じゃあ、また明日な」
「ええ、また」
俺たちは軽い挨拶を交わして教会を後にする。
外はもう、真っ暗だ。
「ねえ」
宿に向かう途中で、ロッテに話しかけられる。
「あの巫女様とやけに親しげじゃなかった?」
「そうかもな」
あの子と一緒に暮らすかも知れない。そう言ったら、みなどれだけ驚くだろうか。
「色んな話をしたからかな」
「ふーん」
けど、それは明日にでも言えばいい。
とにかくこれで、神託の儀は終わった。
俺の任務はこれで終わり、後は帰るだけ。
そう、思っていた。
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