第18話 神託 ③


「う、ん」


 目の前が歪んだかと思えば、いつの間に、俺の目の前には先ほどとは違う光景が広がっていた。


「どこだ、ここ?」


 広い部屋だ。それも一目で分かるほど金のかかった部屋。

 個人の部屋ではないだろう。何十人もの人間が入れるだけのスペースに、照明にはシャンデリア。その向こう側の見上げる程に高い天井には精緻な細工が施されている。

 床には赤い瀟洒な絨毯。壁一面には見たことのない国旗が掲げられ、点在する調度品はそのどれもが本物の輝きを有している。

 そのどれもがぼんやりとしていて、時を経るごとに鮮明になっていくようだった。


「そうか。見せられてるってことか」


 これが予言とやらか。まるでそこにいるかのような現実感と、VRのなかにいるような現実味の無さが混然一体としている。


「未来の俺が、ここにいるのか?」


 こんな荘厳な部屋に?何故?

 俺はその疑問を解消するべく、自身の姿を探して辺りを見回す、すると。


「お?」


 鮮明になっていく景色のなかで、部屋の最奥が見え始める。

 その場所は、低めの階段によって少し高い位置に存在し、その上には一際存在感を放つ黄金に輝く何かが鎮座している。

 あれは、玉座だろうか?

 そしてそこに座っているのは。


「姫さん?」


 見間違えるはずがない。年齢を経て、今以上に美しく、女らしく成長した姫さんの姿が、そこにはあった。

 彼女の頭上には王冠が輝き、その周囲には幾重もの騎士が固めている。

 だが、その面持ちはどう見ても通常のそれではない。酷く沈痛で、重すぎる雰囲気をその瞳に宿している。

 周りの騎士もそうだ。士気は高いどころか、絶望のような表情が顔を見せている。

 なにが起きているのというのか。


「おーい、姫さんって無駄か」


 これは、いわば映像を見せられてるにすぎないのだ。

 その証拠に、俺が声を上げても誰一人として反応するものはなかった。

 試しに手近な調度品に触れてみるが、俺の手は見事にすり抜ける。俺は映像を見せられているだけなのだから、なにも干渉はできないのだ。


「どういう事態なんだか。俺は、何処にいるんだ?」


 全く不親切なことに、状況の説明は何もない。これで何が分かるというのか。


「―――様」


 ふと、これまで聞こえてこなかった音が聞こえだす。それも、どうやら映像と同じように少しずつ鮮明になっていくようだ。


「奴らは、もうすぐにここへたどり着くようです」


「そうですか」


 壮年の騎士が何かの情報を告げる。姫さんが重々しく頷いた。


「やはり、お逃げになった方がよろしいのでは」


「いいえ、この事態、責任の全ては私にあります。ならば、私が決着を付けねばなりません」


 毅然とした態度だが、その瞳にはあの日と同じ怯えがある。相変わらず、嘘が上手いようで下手なお姫様だ。


「これは私の引き起こした事態です。騎士の皆様には関係ありません。どうか、皆様の方こそお逃げください」


「……いいえ、それには及びません。我々近衛騎士一同、最後までエレオノーラ様と共にあります」


「……ええ。ありがとう」


 姫さんの瞳に涙が溜まった。

 近衛騎士って言ったか。俺はその中にもしかしたらとカークの姿を探す。

 だが、それらしき人物は見当たらなかった。

 それどころか、ここに居なければならない俺の姿までない。

 俺は不吉な予感を覚える。未来、予言、魔王。ここは、そういうものが成った世界。

 では、その成れの果ては……。

 俺がその先を想像しようとしたその時だった。

 不意に、俺の背後で扉が勢いよく開き、何かが二体転がり込んで左右に展開する。

 訓練された、俺の世界の兵士のような動きだった。それをしたのは、醜い子鬼のような外見をした生物だ。

 騎士たちは、その乱入者に対して、姫さんを守るように前に出る。

 けれど、無慈悲な声が、それらを蹂躙する。



「撃て」



 直後に響いたのは、聞き慣れた過ぎた音。

 瞬く間に騎士たちが倒れ伏す。

 そんな馬鹿なと、俺は目を見開いた。


「銃、声」


 そして、その音を響かせたのは最初に部屋に入ってきた子鬼と、部屋に入ることなく陣形を組んで構える亜人の群れだ。そいつらの瞳は、どれも正気を保っているようには見えなかった。


 冷酷で、無慈悲な、軍人の瞳。


「なんだ」


 異様な光景だ。いや、悪夢というべきか。人間よりも身体能力に優れた者たちが、軍隊の動きで銃器を取り扱っているのだから。


「っ!」


 だが、発砲音はさらに続く。

 近衛騎士は、盾を構えて防ぐが、その全てが連携のとれた弾幕に削られ、一人、また一人と崩れ落ちていく。

 そして、その場に最後に立っていたのは。


「皆、さん」


 目に涙を溜めて、手を、血が滲むほど握りしめた姫さん一人だった。


「何故」


 その長い髪を振り乱し、王冠の取り落しながら姫さんが叫ぶ。


「何故こんなことをするんですか!」



「撃ち方、止め」



 ざっと、隊列を組んでいた亜人たちが左右に別れ、直立不動で敬礼をする。その間を悠然と歩んでくるのは。


「よう、久しぶりだな」


 醜悪な、男だった。

 顔の半分は焼け爛れたように溶け、腕の一本は見た目にも分かる義手で、歩き方もどこかたどたどしい。

 だが、その瞳は、その体は、見覚えが、ある。


「そんな、まさか」


「エレン」

 

「俺か……?俺、なのか?」


 なんだ、あの異様は。いや、そもそも、何故俺があんなことを?

 でも、冷静に考えれば自然なことだ。あんなことが出来るのは、銃を作れるのは、軍を作れるのは、俺、だけだ。


 気持ちが悪い。吐き気が酷い。


「……嘘だ」


 認めたくない気持ちでいっぱいになる。

 だが映像は続く。

 俺の後ろには三人の人間が付き従っていた。

 カークに、セツカに、それに、ロッテ。


「アル、みなさん、何故私を、いいえ、人間を」


「エレン……」


 ロッテの瞳、そこにあるのは憐憫だ。いや、それだけじゃない。

 カークとセツカが浮かべるのも、同情、悲哀、そんな、今の彼らからすれば、姫さんに向けるとは考えられない、もので。


「エレオノーラ様。これは、必要なことなのです」


 カークが告げる。それがまるで死刑宣告のように響く。


「そんな、そんなことが、あってたまる、ものですか……!」


 受けて姫さんが浮かべるのは、憎悪。

 俺にのみ向けられた、呪いそのもの。


「なんだ、これは」


 俺は呟く。酷過ぎる、光景だ。

 亜人の軍隊などまだ生易しい。

 こんな光景は、あってはならない。かつての仲間が、こんな、こんな。


「俺が」


 誰かが言った。神託。それは、魔王に関することだと。


「俺が」


 誰が、予想できるだろうか。


「俺が、魔王」


 こんな結末。


「取り押さえろ」


 俺の命令が響くと、即座に二匹の小鬼ゴブリンが姫さんを床に引き倒す。


「っく!」


 それでも、顔だけは上げて、必死に俺を睨む様は、あまりに惨い。

 こんな凄惨な光景を、この俺は望んでいたのか?


「なんだよ、これ」


 俺の声は、届かない。

 届くことは、無い。


「あなたがどうしようと、私は、決して!」


「大丈夫だ、エレン」


 歪んだ顔で、俺は、笑みを浮かべた。


「なにを、する気だ」


 つかつかと、歩み寄る、魔王。

 そいつの手の中にあるのは、一つの光だ。

 見て、すぐに理解する。

 それは圧縮された情報。

 俺の世界の、悪魔の。


「プログラムコード起動」


「―――やめろ」


「『エリクサー』。これでまた、仲間に戻れるから」


「やめろぉぉぉぉぉぉ!!」


 そこで、映像が途切れる。


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