第17話 神託 ②
「僕、ですか」
「はい」
呼ばれて、カークが一歩前に出る。
「分かりました。神託、謹んでお受けいたします」
「では、こちらへ」
巫女様とやらは教会の奥に進んで行く。どこに向かうのかと思えば、彼女は神の像の前に跪き、そこで何事かを唱えると。
「これは」
そこには、隠されていた地下へと続く階段が現れていた。
「ここから先が、神殿になります」
言うだけ言って、少女はさっさと先に降りて行ってしまう。カークはその様子に一瞬ためらったが、すぐに覚悟を決めたらしく、少女の後に続いた。
「行ってまいります」
「はい。お気をつけて」
姫さんとの短いやり取りのあと、カークは地下へと消えていく。
必然、残された俺たちはカークが戻ってくるまで待つこととなった。
「……カークさん、大丈夫でしょうか」
「……どうだろうね」
皆、一様に深刻そうな顔をしている。緊張しているのか、ロッテでさえ言葉が少ない。
そんな中で、俺一人だけがどこか蚊帳の外だ。
「…………」
俺は、結局のところ予言も神託も別に深刻に受け止めてはいなかった。この世界に生きる姫さんたちと違って、所詮俺は外様の人間だ。どこか、他人事でさえある。
それに、それにだ。
俺の世界でも、未来の予測は誰にもできなかった。どれだけ高度に文明が発達しようと、それだけは誰にも成しえなかったのだ。
そんなものを、いまいち信じていないという側面もあった。
だからこそ、彼女たちの深刻そうな様子が、どこか他人事に感じてしまうのだ。
「神様の、お告げねぇ」
一人、呟く。
はたしてこの世界に、神はいるのだろうか。
俺の世界には存在しなかった、神様とやらは。
「お待たせしました」
そんな思想にふける時間は、長くは続かなかった。
カークが戻って来たのだ。下に降りてから、十分も経過していない。
だが、カークの表情は色濃い疲労が浮かんでいた。
このたった十分でどれほど消耗したのか。
「おい、なにが」
「済まないが」
フラフラになりながら、もう立つのもやっとという状態で、それでもカークは毅然とした態度で言った。
「あの場所であったことは、その一切が他言無用とされている、話すことは、出来ない」
「……それは、私にもですか」
「はい。残念ながら」
カークが、服の上から心臓のある位置に手を置いて、きゅっと握りしめる。
「それは、この国に忠義を尽くす騎士として誓いました故。そして、言伝を預かっております。次は、セツカ殿、あなたの番だと」
「分かりました」
それまで、この場についてから一言も発さなかったセツカが言葉少なに立ち上がる。
「行って参ります」
そうして、セツカはカークと入れ替わるように地下の神殿に降りて行った。
その姿を見届けた後、カークは一人壁際に座り込んで目を瞑った。
あの短い時間で何を言われたのか。そして今、何を考えているのか。それは、誰にも分からない。
だが、話しかけられる雰囲気ではなかった。
俺は教会の入り口に背中を預けて、じっとその姿を観察する。
どうしてか、そうすべきだと俺の直感がささやいたからだ。
「戻りました」
セツカが戻って来たのは、カークよりも短く、およそ五分と言ったところだ。
だが、その瞳にはやはり見たことのない色が宿っている。
ここではない何処かを夢想しているような、けれで同時に厳しさを湛えた、そんな。
「姫様。次は、あなたです」
「私、ですか」
姫さんは傍目に見て分かるほど不安そうな表情をしている。
その手をロッテが握ろうと一瞬手を伸ばしかけるが、ためらった後のろのろとその手を引っ込めてしまう。
「がんばって」
代わりに小さく声を掛ける。姫さんは伸ばされた手のことには気が付かず、その言葉だけを聞いて前を向いた。
「はい」
そのまま、姫さんは地下に降りていく。
姫さんの場合、前の二人よりも時間がかかった。十分以上が経過しても、姫さんが戻ってくる気配はない。
その長さに不安を覚えたのか、ロッテは少しそわそわとしている。
「戻りましたよ」
姫さんが戻ってくる。およそ、十五分といったところか。
「次は、ロッテ、あなたです」
そう告げる姫さんの表情は、少し、明るい。
状況が、前の二人とはずいぶん違う。
「うん」
ロッテは、自分のことよりもその姫さんの様子にほっとしたのか、何処か軽い口調で言いながら、姫さんとすれ違う。
「行ってくるよ」
淡々と、儀式は終わっていく。
このほんの一時間足らずのことのために、俺たちはここまで来た。
視線を向ければ、姫さんと目が合う。その顔つきはどこか柔らかい。
何故だろう、その顔が、無性に……。
(やめろ)
こんな時に、何を考えているのか。
俺はサイボーグとして機能を全力で使って表情を作り、姫さんにおどけて見せる。
嘘つきらしい、緊張なんてしてないって、そんな表情を。
くすくすと笑いそうになる姫さんを横目に、俺は意識の上でだけ目を閉じる。
もうすぐ、終わる。
この下らない儀式を終えて、俺は報酬を貰って、それから。
「終わったよ」
考えてる間に、ロッテが戻ってくる。
「最後は、アル、君の番だ」
ロッテの顔を観察する。必死で隠しているようだが、その表情を読むなら、それは、困惑、だろうか。
「分かった」
そんな内面をおくびにも出さずに、俺は神殿へと向かう。
「……がんばって」
ロッテとすれ違う時、小さくそう声を掛けられた。
姫さんに向けたのと同じ言葉を。
「ああ」
俺は短く応えて、階段を下りる。
明かりなど遠くの方にしか見えない、薄暗い階段を一段一段降りて行くと、そこには異様な存在感を放つ扉が鎮座していた。
(こっから先は)
神殿。
神の、そしてあの少女の領域。
「鬼が出るか、蛇が出るかってね」
俺はその扉を、小さな覚悟を持って、押し開いた。
「お待ちしておりました」
そこに佇むのは、小さな氷のような少女だ。
機械的で無機質な、装置のような少女。
「おいおい、こりゃあ」
その部屋を見て驚愕する。神殿、なんて言うからどんな豪奢で厳かなものかと期待してみれば、現実はその全く逆で、その場所は、あまりにもお粗末だった。
部屋全体の舗装は最低限だけであり、いつ崩れるかも定かじゃない。
神具だなんて呼べるものは神の像一つなく、ただ二つばかりの明かりがそこに存在しているだけだ。
「ここは神託を授けるためのだけの場所ですので」
部屋を見回す俺を見て、少女が言う。
「さて、あなたで、最後です」
「ああ、そうだな」
「長かった。本当に、長かった」
何故、だろうか。
今一瞬、その瞳に感情の色が浮かんだ気がするのは。
「これからあなたに見せるのは」
だが、そんな俺の感傷を無視するように、少女はすぐに無機質な瞳を俺に向けて告げる。
「このまま進めば、必ず起こることとなる、未来のことです」
「ふーん」
見せる、ときたか。
「そりゃ、神様が見せてくれるのかい?」
「……神など、この世に存在しません」
「おいおい」
俺の軽口に、少女は異様な反応を示す。
「神託、じゃなかったのかよ」
「便宜上は、そう呼ばせています。そうでなければ、神の言葉だとでも言わなければ、誰も私の言葉に耳など貸しはしません」
きっぱりとそう告げた。
そりゃ、少しばかり俺好みな話だ。
「私のこれは、人が人のために告げる口。そして目。それを、あなたにだけは理解してほしい」
「いいぜ」
俺は自分の表情で笑う。
「神様とやらの御託よりは興味が湧いた」
「それはなにより」
そうして、俺と少女ははっきりと繋がる。
まるで、共鳴現象のように。
「では始めましょう。あなたへの予言を。お受け取り下さい」
そうして、その無感動な瞳に吸い込まれるように。
俺の世界が、歪みを見せる。
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