第16話 神託 ①
冷たい瞳だった。
「みなさま、このような僻地までの長旅、ご苦労様でした」
少女らしからぬ、感情を消失したような無表情に、無機質で抑揚の無い声色。
昔出会った、ある少女のことを思い出す。
幾度となく電脳化を繰り返し、生きていくための体を換装し続け、自己という存在を意味消失してしまった、無菌室の少女。
そんな彼女と同じ、ここに居て、ここに居ないものの気配。
「ですが、私には時間がありません。早速で申し訳ないのですが、神託の儀を行わせていただきます」
誰一人、言葉を発することが出来なかった。
その少女の言葉に、耳を傾けることしか。
「これから、順にお呼びいたしますので、そうしたら神殿に来てください。決して、誰かと共に来てはいけません。一人で、来てください」
これから、何が起きようとしているのか。
「まずは、あなた」
そうして最初に指名されたのは、護衛の騎士カークだった。
―――時は、数時間前にさかのぼる。
「ここが」
「はい。私たちの目指した場所。『聖域』と呼ばれる地です」
俺たちがその場所に降り立ったのは、一日中馬車で走った後の、日も沈もうかという時間だった。
「私たちは、ここで神託を受けるために旅をしてきたんです」
「ふーん」
黄昏に染まるその村は、神聖というよりは陰気だと言われた方がしっくりくる。前に見た町よりもよほど貧相で、どうにも神聖な場所なんてイメージとはかけ離れていた。
(成金趣味の教会なんかよりは、いいのかも知れないけどな)
だとしても、ここはあまりにも寂しすぎる気がしたが。
「僕はまず、村長にあいさつに行って来る」
御者台から降りたカークが言う。
昨日から徹夜で馬車を走らせ続けたというのに、その疲れを微塵も感じさせなかった。
「予定よりも早く到着してしまったからね。きっと困惑して……」
「いや」
俺の体の中にあるセンサーが、その兆候を拾って俺に告げた。
「その必要は無いみたいだぜ」
足音。次いで俺たちの前に、一人の女が姿を見せる。
白い、病的なまでに清潔な服を着た、眼鏡をかけた女だった。
「……あなた方が神託を受けるために来た旅人ですか?」
眼鏡の奥の胡乱外な瞳が、俺たちを無遠慮に見回す。
美人だが嫌な女だ。それが俺の第一印象だ。
「はい。僕らが神託の旅の一行です。ここには数日後に到着する予定だったのですが……」
「いえ、巫女様から話は伺っております」
若い女は踵を返した。
「ついて来て下さい。案内いたします」
そのまま、さっさと村の奥に進んで行ってしまう。
「なんだ、ありゃ」
俺は顔をしかめてその背中を眺める。なんとも言えない、拒絶感と不快感が同居していた。
「……ここに来る前に。いくつか噂を聞いた」
「噂?」
カークが小さな声で呟くように言う。半分は、独り言のつもりなのかもしれない。
「この村に住む教会関係の人間のほとんどは、権力争いに負けて、こんな僻地に飛ばされてきたような人物なのだと」
「なるほどな」
こんな雑用も、巫女様とやらに顎で使われるのも、本意じゃないってとこか。
「きなくさい話になって来たな」
「全くだ」
「二人とも、どうしたの?」
いつまでも歩き出そうとしない俺たちを見て、先を歩いていたロッテが振り返って声を掛けてくる。
「なんでもない。今行く」
俺はそう答えて、歩き出す。カークも、その後を警戒しながらついてきた。
村を歩いて最初に感じたのは「過酷」さだ。
乾いた風に支配された土地。木造の今にも崩れそうな家屋。岩山に囲われ、枯れ木ばかりが目立つ環境。
気になってちょっとセンサーで調べてみると、砂や塵などで空気も非常に悪い。
およそ人が好んで住むべき場所とは思えなかった。
(なんでこんな場所が聖地なんだ?)
きな臭さは増す一方だった。
「こちらです」
俺たちが案内されたのは、これまで見た村の中で唯一の石造りの建物だった。
一応、この村で見た中では一番丈夫そうなつくりにはなっている。が、それでも傷みが目立つ。
「中で、巫女様がお待ちです」
案内の女がぞんざいに扉を開け放つ。この場所への敬意とか、そういうものは一切感じられなかった。
「お連れしました」
そこは、その建物内だけは、掃除が行き届いているのか、聖域の名にふさわしい厳かな雰囲気に満ちていた。
いや、それだけじゃないか。この村の中で異彩を放つこの場所。その中心、それは神の像の前で祈りを捧げる。
(少女?)
「では、私はこれで」
案内の女が、もう用は無いとばかりに建物から出ていった。
まるでその少女の顔など見たくもないとばかりに。
後ろで、扉が閉まる音が響くのと、その少女が振り返ったのはほぼ同時のことだ。
「みなさま、このような僻地までの長旅、ご苦労様でした」
そうして、俺はその少女と出会う。
「ですが、私には時間がありません。早速で申し訳ないのですが、神託の儀を行わせていただきます」
それは生涯忘れることのない、邂逅。
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