第14話 コード『ブラックメール』

「回収して来たよ」


「かたじけない」


 箒に乗った金髪とサムライが馬車に追いつく。


「追手は?」


「来てない」


 馬車が道を走る音だけが響き続けている。

 静かだ。不気味なくらいに。


「このまま終わると思うか?」


「普段協調をすることのない亜人たちがあれだけの数集まったのです。これで終わりということは無いでしょう」


「だよなあ」


 あくまで、今は追いつかれていないだけだ。

 もしかしたら、今すぐにでも。


「……なぁ、さっきから、馬車の速度、落ちてないか?」


「うん。落ちてるね」


「なんでだ。まさか、故障なんてこと」


「違うよ」


 金髪が御者台の方を眺めながら言う。


「あの木馬は本来、太陽の光の下で運用するものなんだ。こんな夜中に、無茶させるもんじゃない」


「……ソーラー電池みたいなもんか」


「そー?らー?」


「太陽の力で動くってことだよ。あんまり気にすんな」


 つまり、だ。


「夜明けになれば」


「多分、もう追いつかれることは無いと思う。それに無理させれば、今日中に目的地の村まで行ける」


「逆を言えば、速度の落ちてる今が一番」


「危ないってことだね」


 緊迫した空気に、馬車内が支配される。


「この馬車の性能は」


「ばれてると見た方がいいだろうね」


 なら、襲って来るなら。


「来たぞ!」


「やっぱりか」


 速度の落ち始めたこのタイミング以外にない。


「左右から一機ずつ!挟まれてる!」

「後ろからも。あれは大物ですね」


 左右からは、角の生えた馬に乗った小人みたいなのが弓を構えている。

 そして背後から迫ってくるのは、デカいイノシシ二匹に引きずられて走るチャリオットだ。

 弓兵が矢をつがえる。

 狙っているのは。


「こっちの馬か!」


 今逃げる手段を失う訳にはいかない。

 俺は窓から身を乗り出して銃を構える。数撃てばもしかしてと思い、設定を三点バーストに切り替えて引き金を引くが。


「だめか」


 弾は逸れていくばかりだ。

 残り少ない弾薬を減らすだけの結果に終わる。


「ボクが!」


 金髪が箒に乗って飛び出した。


「『バッツ』!」


 風が吹きすさび、間一髪、木馬を狙っていた矢が風に弾かれ後方に流れていく。


「『フレア』!」


 そのまま敵の馬を狙って火球を形作り、放つ。が。


「かき消された!」


「あの弓兵は恐らく魔術封じの護符も所持しているのでしょう。初級魔術では通りません。そしてロッテ殿に中級魔術を使うだけの余裕は、ありません。その上」


「『バッツ』!」


 金髪がまた矢を弾く。


「ロッテ殿は箒に乗ったままでの戦闘を強いられています。このままではすぐに魔力も尽きてしまうでしょう」


 消耗戦。

 追走されている立場としては最悪に近い形だ。

 さらには。


「後ろの奴もなんかおっぱじめるようだぜ」


 見れば、異様な肌の色をしたデカブツが、何かを振り回している。

 あれは。


「投石器!」


 原始的な武器だが、その威力自体は侮れない。なんせ、振り回してる奴の怪力も、振り回されてる石のデカさも、人間とはスケールが一回り違う。


「任されよ」


 サムライが馬車の後方に立って手印を切り、呪文を唱える。


「『護術・結』」


 チャリオットから放たれた礫は、馬車に到達する前に見えない壁に弾かれ、砕け散る。


「あんたも魔術が」


「ええ。我が国の結界術です。しかし」


 もう一度、馬車に衝撃が走る。礫が砕ける音だ。だが、同時に別の嫌な音も響いた。

 なにか、ヒビでも入ったような。


「拙者の身は、あまり魔術に適しておりません。このままで、持ってあと数発かと」


 夜明けまでは、到底持ちそうにない。


「私が」


「姫さん?」


 それまでずっと座っているだけだった姫さんが立ち上がる。


「亜人たちの目的は私でしょう。ならば、私がこの馬車を下りれば、もう追手は来ないでしょう」


「おい!何言ってんだよ!」


 俺は姫さんの方をひっつかんで無理やり座らせる。


「このままでは全滅です!なら、犠牲は少ない方が……!」


「……それもいいかもな」


「え?」


 俺はその肩から手を放した。


「命あってのものだねっていうだろ。俺は巻き込まれただけだ。あんたに忠義なんてない。なら、ここで死にたくないと思うのは当然のことだとは思わないか?」


「アル殿?」


「セツカ、あんたはどうだ?国に、帰りたくはないか?」


「…………」


「だんまりか。ま、いいさ。なら、俺が一人でやったことにすればいい。あんたは、最後まで反抗してたって証言してやるよ」


「アル、フレッドさん?嘘、ですよね?」


「おいおい、姫さん。あんたが自分で言い出したことだろう?犠牲は、少ない方がいいってさ」


「そ、んな」


「この音、聞こえるだろ?」


 さっきよりも激しい、衝突の音。


「『バッツ』!」


 そして息も絶え絶えに聞こえる、ロッテの詠唱。


「もう、もたない」


 俺はそっと、右手を彼女の額に近づける。


「い、いや。私は、わた、し」


「恨むなよ」


 姫さんが、ただの少女のように目に涙を浮かべて、目を瞑った。

 俺はその額めがけて。

 指で、トンとつく。


「え?」


「恐怖、したか?」


 安心させるように、俺はしゃがみこんで視線を合わせる。

 姫さんは、こくこくと二度全力で頷いた。


「そうか。なら、二度とそんなこと言うな。嘘でもだ」


 俺は、再び立ち上がる。


「アル殿。性格が悪いですよ」


「俺は、自己犠牲ってのが大っ嫌いなんだよ」


 さて、と。


「大丈夫さっきのは全部嘘さ。最後まで、俺たちのこと、信じてくれ」


 ちょっと、ビビらせ過ぎたか。

 ま、いい薬にはなっただろ。


「一つ、思いついたことがある」


「それは誠ですか」


「ああ。そのために、ちょっと上に行く」


 俺は窓枠に手をかける。


「あの」


「どうしたんだい、姫さん」


「あなたは、巻き込まれただけなのに、どうして」


「そりゃ、だってさ」


 言葉になっていないような姫さんの言葉に、俺は笑顔で返した。


「約束、しただろ?あんたを必ず、目的地まで送り届けるって」


 そのまま懸垂の要領で幌まで上る。

 さて。


「『ウィザード』の本領発揮といきますか」



 

(計算しろ、作れ、思い出せ)


 電脳世界で培ったコードの記憶。

 それを一から必死で組み上げる。


(この世界に適応させろ)


 試行、失敗、霧散。


 そのたび、新しい可能性を試していく。


(手書きでコード書かされてる気分だぜ)


 そして、一つの計算式が出来上がる。

 俺の手元に出来上がったのは、一枚のカードだ。

 それを、前方を走る馬に、投げつける。

 しかし。


(弾かれた)


 あれが、護符ってやつの力か。

 なら、それをぶち破って。


(ぶち破る?)


 違うだろ、と思い直す。

 そうだ、ハッキングの、コードの基本を思い出せ。


(防壁は、すり抜けるもの)


 もう一度、構築。

 今度こそ、電脳世界で作った、そのプログラムコードを、この世界に適応させ、再現し。


(出来た)


 俺の手の中に現れた、三枚のカード。

 これこそが、俺の世界の力。



「プログラムコード起動。『ブラックメール』」


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