第13話 信用の問題


 夜の見張りは交代制だ。

 騎士とサムライが、交互に焚火の前で番をする。

 姫さんと金髪、それと俺はそのローテーションには入っていない。

 前二人は分かる。一国の姫と年端もいかない少女に寝ずの番はちと酷だ。


 なら、俺の場合はどうか。

 答えは単純だ。誰も口には出さないが、信用の問題だろう。


「よう」


「これはアル殿。寝てなくてよろしいのですか?」


「昼間に飽きる程寝たからさ。眠くないんだ」


 背後から声を掛けたというのに、サムライは慌てた様子も振り向くこともしなかった。

 流石一流の護衛といったところか。


「では、何故ここに?」


「話でもしようと思ってさ」


 俺はサムライの横に腰を下ろす。


「なぁ」


「なんでしょう」


「この旅ってもうすぐ終わるんだろ?」


「……はい。予定では数日後に目的地である村に到着します」


「そうなりゃ、あとは姫さんを城に送り届けて俺はお役御免と」


 長かったような、短かったような。そんな気分だ。


「その後、俺はどうなっちまうんだろうな」


「それは旅が終わってからゆっくり考えればよいでしょう。あなたは、この世界ではなんのしがらみもない自由な身の上なのですから」


 サムライは、篝火を見つめながら、あくまで正面を向いたまま続ける。


「多額の報酬は約束されているのです。その資金で宿をとり、ロッテ殿が元の世界に戻る方法を見つけるまで待つのもよし。姫様に推薦状を書いて頂き、別の一団の護衛としてこの世界を回るもよし。それこそ」


 一瞬だけタメを作って、サムライは言う。


「報酬を使って城下に拠点を設け、そこで楽譜を描くのもよいのではないですか」


「……やっぱり」


 篝火が小さく爆ぜる。その音が、やけに大きく聞こえた。


「聞いてたんだな」


「はい。聞いておりました」


 あの時、俺と姫さんは少し遠くのテーブルに座っていた。

 常に俺のことを警戒して、気を向けていなければ聞こえるはずがない。


「誤解を恐れずに言うならば、拙者はアル殿のことを信頼しております。しかし」


 その表情に変化はない。

 ツンと、冷気を感じるような無感情さだった。


「立場上あなたを信用するわけには、いかないのです」


「……当然だな」


 護衛なんだから、突然現れた俺を警戒するのはなにもおかしくない。


「むしろ、それを俺に言っちまうんだから甘すぎるくらいだ」


「そこは、信頼の証ととっていただければ」


「そう思うことにするよ」


 釘刺されたわけじゃないってな。


「……姫様は」


「うん?」


 その口調が少し柔らかくなる。


「拙者にとっては雇い主ではあります。しかし、同時に善良なる良き友人だとも思っております。どうか、その信頼を裏切ることが無いようにお願いしたい」


「……ああ、勿論。そのつもりだよ」


 今は。

 例えいくつかの嘘をついているとしても、今は。


「それと」


 篝火から視線を切って、初めてこっちを向いた。


「あの日、ロッテ殿もそちらの様子を気にしておられましたよ」


「金髪が?」


「ええ。最も、会話の内容までは聞き取れていなかったようですが」


「あいつも過保護だねぇ」


 そんなに姫さんが心配か。


「いえいえ。ロッテ殿が気にしていたのはお二人共ですよ」


 くつくつと笑っていやがる。

 こういう一面もあるんだな。


「気になってんならこっちくればよかったのに」


「邪魔になると、そう思ったのでしょうね。彼女もまた、根元からの善人ですから。……彼女とも、誠意ある関係をお願いしたいものです」


「そっちは、気が向いたらな」


 さてと、と俺は立ち上がる。

 したい話は十分できた。


「俺もあいつらのとこに戻るわ。付き合ってくれてありがとな」


「お気になさらず。こちらも、有意義な話が出来たかと」


 そいじゃあ、と最後に軽く声を掛ける。


「この間の騎士様みたいに、途中で居眠りなんかするなよ」


「無論です。この地はすでに人の領域より亜人の領域にほど近い。油断は……!」


 急に言葉を切り、立ち上がって刀に手をかける。


「おい、なにが。……!」


 一瞬遅れて、俺も気が付く。

 各種センサーに、反応あり。


「アル殿も気付きましたか」


「ああ。なんか大群がこっちに向かってきてる」


 偶然通りかかった商業馬車、って訳じゃなさそうだ。


「亜人の集団か!」


「どうやら、そのようです」

 すらりと、刀を抜き放ちながら言う。


「アル殿は姫様たちを起こして逃亡の逃走の準備を。拙者はここで出来る限り時間を稼ぎます」


「了解。頼んだぜ!」


 俺は馬車に向かって駆けだす。




「おい!起きろ!」


「うぅん、なんだい。僕は居眠りなんて……」


「寝ぼけてんじゃねえよ!敵襲だ、敵襲!」


 まだ夢心地の騎士を容赦なく蹴っ飛ばして起こす。

 その音で、残りの二人も目覚めたようだ。


「なに、なにさ」


「どうしたんですか?」


「亜人の集団がこっちに向かってきてる。逃げるぞ」

 

「馬車が動くようになるまで時間がかかる!少しの間耐えてくれ!」


「きついこと言ってくれるね」


 木馬の起動は騎士に任せて、俺は馬車の護衛に回る。

 セツカが亜人の集団を足止めしているはずだが、数が多すぎて何匹かはこっちに向かってきているのだ。


「…………」


 俺は銃を構えて照準を一番前を走っていた亜人に合わせた。

 サイボーグの目と、銃の性能でこの距離でもかなり正確に目標を捉える事が出来る。

 ロックが完了すると同時に引き金を引く。距離の補正でいつもより少し強めの衝撃を手に感じつつ、銃弾は正確に目標に向かっていく、はずだった。


「なに!」


 だが、実際の着弾点は予想よりも大きくずれて目標から外れる。

 エラーかと疑い、もう一度、今度はより正確に照準を定めて引き金を引くが、これも外れた。

 まるで、弾のほうが目標を避けるように。


「矢避けの護符だよ!」


 金髪が走って来て、俺の横に並ぶ。


「あ?なんだよ、それ」


「矢とか投石とかが当たらなくなる護符さ。君の武器も例外じゃないらしいね」


「嘘だろ」


 銃が、当たらない。

 原理は分からなかったが、原因は理解した。


「ボクが魔術でぶっ飛ばす。中級以上なら護符なんて紙切れみたいなもんさ。アルはボクが術式を展開してる間、ボクに攻撃が当たらないよう護衛をお願い」


「了解だ」


 金髪が呪文を唱え、中空に文字を描き、世界のルールを塗り替えていく。

 だが、リスクもある。金髪の周囲が薄く発光し、この暗闇の中では目立ちすぎるのだ。

 魔術を撃たれてはまずいと判断したのか、金髪めがけて幾重もの矢が放たれる。

 だが、その精度は高くないのか、俺たちに命中しそうなのはごく一部だけだ。

 俺は、それらを銃とナイフを使って的確に撃ち落としていく。


「来るよ!」


「分かってる!」


 集団の中で足の速い亜人が二匹、突出して向かってくる。

 俺は牽制のつもりで数発叩き込むが、やはり弾は逸れていくばかりだ。


「ダメか」


 すかさず、犬型の亜人が飛びかかってくる。

 その鋭利な爪が振るわれ、俺の頭部を引き裂こうとするが。


「この犬っころ風情が!」


 俺はその爪にナイフを打ち合わせる。犬っころはまさか自分の爪が、人間の短刀程度負けるとは微塵も思ってなかったのだろう。

 だが、俺のナイフはその爪を腕ごとあっさりと断ち切り、そして。


「!?」


 さらに一歩分間合いを詰めてその胸にナイフを突き刺した。

 強靭な皮膚も毛皮も突き破り、心臓を穿つ。

 高周波ブレードのナイフだからこそできた芸当だ。


「次!」


 蹴りだす勢いでナイフを引き抜く。

 もう一匹の亜人、今度は豹型の奴が襲い掛かってくる。

 こいつは、生意気にも武器を持っていやがった。


「ハイヤァ!」


 俺の胴を薙ぎに来たサーベルを、逆手に持ち替えたナイフの背で受ける。

 そのまま、銃口を相手の腹に押し付けて、二度引き金を引く。

 流石にこの距離でなら矢避けの護符とやらも効果を失うらしい。銃弾は相手の腹部を貫通し、亜人はそのまま背後に倒れた。


「ハァ、ハァ」


 休んでいる暇はない。

 見れば金髪に向かって、先ほどよりも数を増した矢が迫っている。

 俺は咄嗟に金髪の前に出て、その体を庇った。


「っぐ!」


 だが、今度はその全てを完璧に捌くことはできなかった。

 うち一本の矢が、俺の腕に着き刺さる。


「アル!」


「構うな!」


 俺は即座に矢を引き抜く。


「呪文は!」


「今、出来た!」


 そして、お返しとばかりに紡がれた魔術が、亜人の集団に襲い掛かる。

「行くよ!薙ぎ払え!『タービュランス』!」


 瞬間、亜人たちを風が吹き攫って行く。

 まるで巨人がその腕を力任せに振るったかのごとく、横薙ぎの衝撃が、集団を蹴散らした。


「馬車の準備が出来た!」


 御者台の騎士の声が聞こえた。

 待ってたぜ。

 俺と金髪は馬車に戻るべく走り出す、が、その時初めて失態に気が付く。


「アル、それ」


「!!」


 先ほど矢を引き抜いたとき、服と人口肌が裂けて、露出していたのだ。

 俺の腕の、機械部分が。


「これは」


 痛みもなく、不具合も、今のところない。

 だが、見られたのは。


「……俺の世界の義手だよ」


 ひとまず、嘘でも本当でもないことでごまかした。


「その辺のことは、後で全部話す。だから、今は」


「分かったよ。けど、ちょっと待って」


 金髪がコートに手をかざす。すると。


「『リペア』」


「あ」


 一応、見た目だけだが、コートが修復されている。

 これで、腕だけなら隠すことが可能だ。


「なるべく、見られたくないんでしょ」


「……助かる」


「いいよ別に。さ、行こう」


 そのまま、コートの袖を掴んで、金髪が俺を引っ張った。


「あれじゃあ蹴散らしただけだ。体勢を整えたら、またすぐに追ってこれる。まだ、終わってないんだよ」


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