第12話 世界と世界を書き換えること

「ふぁーぁぁぁ」


「おい今すぐそこから降りろ!行儀の悪い!」


「いいじゃねえか。固いこというなって」


 馬車の幌の上で仰向けに寝っ転がって欠伸なんぞをこく。

 天気は快晴。まさに昼寝日和だ。


「アルフレッドさーん!落ちないように気を付けてくださいねー!」


「あいあい。分かってますよーっと」


「なにさ、その適当な感じ」


「お?」


 声は、馬車の中からではなく真横から聞こえた。

 不思議に思って視線をそっちに向ける。


「お、なんだよそれ」

「へへーん。いいだろー」


 見れば金髪が、何かにまたがってふわふわと馬車と並走していた。


「この間の町で材料揃えてね。壊れてた箒を修理したんだ」


 見れば確かに、金髪が跨っているのは箒だ。


「お前の魔法使いっぽい所初めて見た気がするな」


「箒に乗ってこその魔女だからね。まぁ、応急処置だからまだ本調子じゃないんだけど」


「へー」


 程々の速度で飛行をして、髪を風でたなびかせているその姿は、なんというか。


「気持ちよさそうだな」


「勿論。今日は気候も最適だし、最高だね」


 素直に、少し羨ましいな。


「なぁ、それどういう原理で飛んでるんだ?」


「なに、魔術に興味があるの?」


「そんなとこだ」


「そう」


 まぁ、暇だしな。


「前にも説明したと思うけど、魔術っていうのは世界のルールを書き換える、または上書きするものなんだよ」


「書き換えに、上書きか」


「そうさ。世界は強固な法則で縛られてる。だけど、魔力を使ってそれを書き換えることが出来るんだ。例えばこの箒は『物は下に落ちるもの』って法則を『箒は浮かぶもの』って言う風に書き換えてるんだ」


「ふむふむ」


「あの木馬もそう。『木で出来ていても馬だから走る』に書き換えてある。だから、走れる。治癒魔

法の場合は『傷』に対して『治療』で上書きする。勿論、変えようとする事象の大きさに比例して、必要になる術式も魔力も大きくなっていくって寸法さ」


「へー」


 ちょっと興味が湧いてきた。

 俺は寝っ転がっていた体勢から座り直して、改めて聞く。


「なぁ、俺にも魔術って使えるのか?」


「……ボクは、使えると思う」


 なにか、引っかかる言い方だった。


「あのね。一般的には魔術っていうのは選ばれた人間にしか使えないってされているんだ。才能を持った、ごく限られた人間にね。だけど、ボクの持論は違う。人は才能の大小はあっても誰でも魔術を扱える、はずなんだ」


「そうなのか」


「普通の人たちが魔術を使えないのは『才能の無い普通の人間は魔術を使えない』って認識に縛られてるから。やりかたさえ教えれば誰でも魔術は使えるんだ。だけど」


 その声のトーンが一瞬で落ちる。


「ボクのこの論が認められることは、きっとない」


「……ああ、なるほど」


 その『特別な人間じゃないと魔術を使えない』という認識を広げた奴がいる。


「その認識を広げた奴、いや、広げた奴らにとっては、魔術は限られた人間だけが使えた方が都合がいいと」


「そういう訳さ。察しがいいね」


「学者なんてやってると、な」


 正確には、おやっさんと電脳犯罪者を追っていた時にまざまざと見せつけられた現実だ。


「だから、アルも多分魔術を使えるよ。君のかたーい頭がほぐれたらね」


「悪いが頭脳の柔軟性には自信がある」


 固定観念に囚われるな、とはおやっさんによく言われたもんだ。


「まぁ、いいや。ボクは試運転もかねてちょっとひとっ走りしてくるよ」


「落ちんなよ」


「ボクを誰だと思ってるのさ」


 俺は笑った。生意気な奴だ。


「じゃーねー」


「おう」


 金髪を見送る。

 ちょっと離れたところで手を振っていた。俺に、じゃなくて姫さんに向かってだろう。


「書き換え、ね」


 座り込んで考える。

 その単語には馴染があった。


「電脳世界に近いのか?」


 電脳世界では、プログラムコードまたはウィルスコードによって世界を書き換え、事象を引き起こしていた。世界を跳ぶのも、影の衣も、防壁や攻勢プログラムも全部そうだった。

 ……エリクサーも。


「……ちょっと試してみるか」


 ほんの軽い気持ちだった。ネット一つない世界で退屈を紛らわそうと覚えている簡単なコードを、電脳世界で扱う要領で思い描き、中空に指で書き込むと。


「お?」


 なんと、出来ちまった。

 俺がやったのは基礎の基礎、電脳世界で色つきの文字を書くだけのコードだったが。

 俺の描いた文字は、きちんと中空にピンク色で書かれ、そして一瞬後に霧散した。


「おいおい、まじかよ」


 電脳世界でのコードが、この世界では魔術として使える?

 事実だとしたら凄まじい発見だ。色々試す必要がある。


「まずは……」

 



「こんなもんか」


 試して分かったことがいくつか。

 まず、影の衣は使えなかった。というか、複雑なものは一切駄目だ。

 逆に仕えたのは電脳世界でも超初歩の初歩と言われる一部のコードだけ。文字を描いたり、明かりを使えたりするくらい。さらに。


「世界を書き換える力は自前ってことか」


 やけに疲れている。

 電脳世界ではこんなことはなかった。


「ふーん」


 最初は大きな発見かと思ったが、これじゃあ駄目だ。

 実用には程遠い。所詮は手慰み程度。


「あとは、魔術のプロフェッショナルとやらに相談してみるか」


 集中している間に日は傾きかけていた。

 今日は野宿の予定だったから、完全に日が落ちる前に馬車は止まるだろう。その時に幌から降りればいい。


「んー」


 座ったまま夕日を眺めて、体を伸ばす。

 今日はここまでとして、問題が一つ。


「どうすっかね」


 俺がコードを使えることを話すか、黙っておくべきか。

 それが問題だ。

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