第7話 神託の旅 ④


「僕の名前はカーク。カーク・グライス。今回、この名誉ある旅に護衛として同行することを許された騎士だ」


「拙者の名前はセツカ・コウヨウ。護衛として雇われ、旅に同行しております」


「……ボクはロッテ。魔術師だよ」


 全員の簡単な自己紹介が終わり、姫さんが代表して俺の前に出る。


「あなた様のお名前をお聞かせ願えませんか?」


 俺は一瞬だけ思案するが、一応普段使っている偽名を名乗ることにした。


「ああ。俺の名前はアルフレッド・オディナ。アルって呼んでくれればいい」


「アルフレッド。良い名前ですね」


「どうも」


 偽名だけどな。


「それで」


 俺は改めてその面子を順々に見回す。


「あんたらはなんのために旅を?まさか旅行ってことじゃあないよな?」


「はい。私たちはある目的のために旅をしています」


「その目的ってのは」


 俺が問いかけると、その場にいた全員の視線が姫さんに集まる。

 きっと皆にはまだ疑問があるのだろう。この得体の知れない男に話してしまっていいのかと。

 だが、姫さんは迷わずに答えた。


「私たちの旅の目的は、神託を授かることです。この世界を脅かす存在、魔王に関する神託を」


 

 魔王、魔王と来たか。

 異世界に、魔法に、姫に、極めつけは魔王。


「それで、なんでそんなもんを一国の姫様が自ら?」


「神託は授かれる人間が決まっているのです。今回の場合は、五人」


「僕やそこの魔術師も、神託を授かるべき者として指名されたんだ」


 優男が口をはさんでくる。その口調には、それが名誉なことなのだという自負がありありと見て取

れた。


「五人、ね」


 それでは、数が足りない。


「聖域の巫女様から頂いた手紙には、私たち四人の名前が書き記されていました。そして」


 その瞳が、真っ直ぐに俺を捉える。


「五人目は、旅の途中で出会うだろうと。特徴も、名前も記されずに、出会えば分かるとだけ」


「そいつは、実に不親切だな」


 口をついて出たのは、そんなごまかしの言葉だった。


「あなたが、あなたこそが五人目です!私には分かります!」


 だが、俺のそんなごまかしを、その真っ直ぐな瞳は許してくれなかった。


「巻き込んでしまっただけのあなたにこんなことを言うのはずうずうしいと承知しています。ですが、それでも恥を忍んでお願いしたいのです。どうか、私たちの聖域までの旅に、同行して頂けないでしょうか」


「…………」


 さてどうしたもんかと思案する。

 俺は姫さん以外の一同を見回して言った。


「……あんたらは、俺なんかが同行してもいいのか?」


「知れたこと」


 いの一番に優男が答える。


「エレオノーラ様が決めたことならば従うまでだ。それが騎士として、当然の務め」


 俺はもう一人の、刀を下げた男に視線を送る。


「拙者は護衛として雇われた身。故に雇い主である姫殿の決定に意を挟む余地などありません」


 そして最後に、金髪の少女は。


「ボクは……」


 消え入りそうな声で、小さく漏らした。


「……別に、構わないと思う」


「そうかよ」


 姫さんの決定は絶対ってことか。


「どう、でしょうか?」


 急に不安になったのか、はたまた冷静になったからなのか。少し伏し目がちになりながら姫さんが俺に尋ねる。

 俺は……。


「はっきり言って」


 自分に視線が集まるのを感じながら、俺はゆっくりと話をする。


「今まで聞いた話は、全部半信半疑だ。異世界に、神託に、お姫様。急に目の前に現れても、にわかには信じがたいことばっかりだ」


「姫様をお疑いになるというのか!」


「まあ、聞けって」


 突っかかってくる優男を諌めて、俺は続ける。


「だから、自分の目で確かめたい。この世界のことも、あんたらのことも」


 簡単には帰れない、自分の身の上のこともあるしな。


「で、だ。この世界を知るうえで、案内が居てくれればありがたい。それプラス」


 今、一番俺の欲しいもの、それは。


「生活基盤が必要だ」


 そこで、だ。

 と、俺は前置きする。


「あんたら、俺を護衛として雇ってくれないか?」


 俺を除いた全員が、は?という顔をする。


「あの、それはどういう……?」


「言葉通りの意味さ。自分で言うのもなんだが、こう見えても、俺はそこそこ腕はたつ。その腕を買

って欲しいんだ」


 この体は強化済みだし、ある程度の戦闘データはインプットしてある。武器も、一式揃っている。俺の何が金になるか分からないこの状況で、戦闘技術が金になるならそれに越したことはない。


「報酬は、そうだな。護衛として雇われてるっていうそこの御仁と同じ額でいい」


 俺は刀を差している男の方を指す。相場が分からないからそう提案したのだが。


「貴様!どれだけの大金を要求していると思っている!」


「あん?」


 どうやらあの御仁、相当な金額で雇われているご様子だった。


「……ああ、ならその半分くらいでも」


「いえ」


 安易なことを言ってしまったかと後悔したが、そんな俺の提案を姫さんは。


「あなたを雇わせて下さい。報酬は、セツカさんと同じだけ支払います」


「エレオノーラ様!」


 その優男の慌てっぷりに、俺の方が不安になる。


「よいのですか!セツカ殿は東国一の腕を持つと評判の護衛です!同じ金額となれば、安くは……」


「私が」


 姫さんは、きっぱりと言い切った。


「自分の目で判断しました。彼には、それだけの価値があります」


「いや、そう買い被られても」


 正直、困る。


「……ボクも、それだけの価値、あると思う」


 金髪が小さな声でそう呟いた。


「おい、魔術師。実戦経験もほとんどないくせに、適当なことを」


「亜人七人が」


 きゅっと、被っていたトンガリ帽子で顔を隠す。


「瞬殺だった。彼が居なきゃ、ボクたち、間違いなく死んでたよ」


「それは、本当か」


 こくりと、金髪の少女が頷く。


「……分かったエレオノーラ様が決めたことでもあるし、僕は従おう」


 完全に納得した訳じゃあなさそうだが、それでひとまずは収まった。


「あー」


 少し、気まずい。


「まあ、なにはともあれ、仕事っていうなら報酬に見合った働きはするつもりだ」


 俺はその空気を払拭するように努めて明るい声をだして、雇い主様に右手を差し出す。


 ふと気になったのは、握手という文化はここにもあるのだろうかということ。


 だが、そんな心配は杞憂だったようで。


「はい。これからよろしくお願いします」


 その右手を、柔らかい手が包み込んだ。


「おう、任せてくれ。約束する。あんたを必ず、目的地まで送り届けるよ」





 どうしても確認したいことがあると、俺は最初に降り立った森のなかまで戻ってきていた。


「この辺か」


 微弱な電波を辿って、目的地にたどり着く。

 そこには、最初に見た緑色をした生物の死体が転がっていて。


「おーい。目当ての物は見つかったー?」


 遠くのほうで金髪が声を掛けてくる。

 俺は素早くその穴の開いた胸に手を突っ込んで、一発の銃弾を取り出した。


「ああ終わった。今戻る」


 そのまま踵を返して、金髪と合流する。


「なに探してたのさ?」


 俺は、どう答えたものかと考えて。


「思い出の品だよ。ちょっと、落としちまってな」


 そう、適当に言ったのだった。 


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