第5話 神託の旅 ②

 これは戦闘などではない。

 ごく効率的な処理だ。


「…………」


 まず一番小さな的を視界に納めて、銃口を向け、引き金を引く。

 聞きなれた音が響いて、そいつの頭が爆ぜる。今度の血は、紫色だった。


「----!」

「-------!」


 今の俺には、言葉は記号的にしか聞こえない。

 続けざまに二発、三発と引き金を引いてやると、その分辺りに一面に血が飛び散った。

 目を瞑ってても当たると評判の銃だ。殺すという意志だけを使い手に委ねた、自動殺人機。三匹目までは実に楽な作業だった。

 だが面倒なことに、残りの五匹が慌てて木の陰に隠れる。

 三匹目が死ぬまで手をこまねいている程度には間抜けだが、三匹目が死ねば遮蔽物に隠れる程度の知能はあるらしい。

 俺は警戒態勢を取りつつも銃口を下す。これ以上は弾の無駄だ。

 とりあえず最初に、当てにくそうなのは潰した。順当にいけば、次は当てやすそうなデカブツか。


「ん?」


 五匹のうちの一匹が、木と木の間をうまく使い、こちらに近づいて来るのがサーモグラフィーで分かった。

 素早い上に、体勢が低い。と、いうより、これは四足歩行で移動しているのだろう。では、その正体はあの毛深い奴か。


 あいつから先に処理するべきだったなと軽く後悔して、銃を地面に置く。

 音もさせず、なるべく俺の視界に入らないように動いているのを見ると、あいつは恐らく奇襲のつもりで近づいているのだろう。

 俺は気づいていないふりをしつつ木を背にして、襲い掛かってくる方向を限定する。

 案の定、獣が獲物に飛びかかるような俊敏さでそいつは俺の方に飛びかかってきた。だが、それを熱源として見ていたし、当然どう襲って来るかも予想済みだった俺はあっさりとそれを見切り、逆に喉笛に噛みつこうと突き出してきた頭部を掴みとってやる。


「ふん」


 勢いを殺さずに、俺はその頭部を背にしていた木に叩き付ける。

 ぎゃんと耳障りな吠え方をする犬顔。このまま頭部を叩き潰してやってもよかったのだが、それでは返り血で服が汚れてしまうのでやめた。なので。


「ギャ、ガ、っっっ!」


 頭部に衝撃を受けて怯んだ所で、俺はその首に手をかけて、そのまま圧し折った。

 こっちの方がスマートだろう。弾の節約もできるわけだしな。


「あと、四匹か」


 白目をむいた死体をその辺に放り投げて、銃を拾い直す。

 残りの奴らはどう出るだろうか?

 奇襲が成功したと思い込んでノコノコ出てきたりはしてくれないか。

 あるいは、逃げ出してくれても楽なのだが。


「そう簡単にはいくはずも……お」


 この状況にじれったさを感じたのか、気の短そうなデカブツがこっちに向かって堂々と進んでくるではないか。


(獣以下かよ)


 俺は悠々と再び銃を向けて引き金を引く。なにか対策の一つでも用意しているのかと一瞬思ったが、杞憂だった。五匹目もあっさりと処理が終わる。

 だが、そこから少し面倒なことになった。残りの三匹が、こちらを警戒したまま全く動きを見せなくなったのだ。この短い間に半分以上の仲間を失ったのだから当然のことか。


「さーて」


 それなら仕方がない。俺は身に着けているコートのある機能をオンにする。


「面倒だな。ほんとに」

 



「なんだよあれ、なんだよあれ、なんだよあれ」


 護衛の二人の足止めに比べて、こっちは楽な仕事のはずだった。温室育ちのお姫様と戦闘経験のない魔術師の女二人を追って、ただなぶり殺すだけ。それも、俺は頭の悪い種族に指示を出していればいいだけの、そんな安全な仕事のはずだったんだ。

 作戦はうまくいった。魔術師対策の護符だって貰った。もう後は楽しい狩りの時間だった。そうだろ。


 だっていうのに。


「なんだってンだよ、あれは」


 仲間を殺しまくった、あれはなんだ。

 新しい魔法か?ばかな、あんな威力の魔法、あんなに連発できるはずがねえ。頑丈が自慢のオーガを一撃で殺せるような、あんな。


 そもそも、あの男は誰だ?

 ターゲットには入っていなかった。馬車からあの二人を追いたてたときだって、一緒にはいなかったはずだ。ただの現地の人間か?

 あんな、人間離れした奴が偶々通りかかって、あの二人を助けたってか?


「ありねえ」


 とりあえず、迂闊には動けねえ。

 あの謎の攻撃の正体が分からねえことには、撤退も出来やしねえんだ。

 幸いにも、向こうも俺たちのことを警戒してか、最初の位置から動いた様子は……。


「!!」


 ゴリっと、首筋に冷たい感触が走った。

 有り得ねえ。俺はさっきまであいつのいた位置を、ずっと注視してたんだ。

 だから、見落としなんて。


「有り得ねえ、はずだろうが!」


 振り返って、そいつと目があったのが分かった。俺の目には、なにも、映らないが。

 そこに、なにか、居たんだ。


「あり、えねえ」


 そこで、視界が、ぐらった、傾いて。

 なんで、世界が、斜めに……?




「あと、一匹」


 超簡易型の光学迷彩だが、思いのほか効果を発揮したし、思いのほかうまくいった。

 パトラミック社は、やっぱりいい仕事をする。銃もコートのナイフもついでにライターも、買うとき統一した甲斐があったってもんだ。コートに関しては、使用可能時間の短さが少しネックだが。


 まぁ、後は一匹だし、隠れてる場所の目星もついてる。

 多少慎重にいけば、そう苦労は。


「ひ、ひぃぃぃ!」


 そう思っていた矢先のことだった。

 さっき首を刎ねたのと同型の奴が背中を向けて逃げていく。


「お、ラッキー」


 俺は適当に照準を定めて、引き金を引いた。

 流石の高性能。俺の仕事は、実に楽に終わったのだった。

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