第4話 神託の旅 ①

 銀色の向かい風の中を、顔を庇いながら歩く。

 扉の中は、未完成の電脳空間のように暗く、自己以外の何物も存在しない場所に繋がっていた。


 そんな中でただ一つ、暗闇に刺す光が見える。あれが、出口だろう。

 だが、そこに向かって進めば進むほど、輝きを尾のように引いた風が吹きすさび、俺の歩みを阻害するのだ。


 それでも俺は一歩一歩を踏みしめて進んだ。この道が、どこかに続いていると信じて。

 そして、ようやく目指していた光にたどり着く。その眩いばかりの輝きに、俺は手を伸ばした。


「これは……」

 


 気が付けば、そこは写真でしか見たことのない本物の木が生い茂った森の中だった。

 そこで俺は、むせ返るような血の匂いを嗅ぐ。


「おい、こりゃあ」


 辺りには、異様な迫力のある緑色の液体がぶちまけられていて、その中心に視線を向けると、そこにはこれまた緑色をした、なにかが横たわっていた。

 あれは、なんだ。

 人型をしているが、人間はあんな色の肌をしていないし、あんな豚みたいな面もしてもいない。

 そいつはまるで、レトロなVRゲームに出てくる、悪趣味な生物のような容姿をしていた。


「どういうことだ」


 状況が、まったく呑み込めない。

 これは、血なのか?

 あいつは、どういう生き物だ?

 いや、そもそも、ここは、何処なんだ?


「あー」


 さらに困ったことに、俺の目の前には、こんな場所には全く似つかわしくないものがまだあった。

 女の子だ。

 それも、二人も。


「どうすりゃいいんだ、これ」


 一人は、中学生くらいに見える、トンガリ帽子を被った金髪の少女。

 もう一人は、さっきの少女よりかは年上に見えるが、それでもまだ十代であろう、腰まで伸びた黒い髪が特徴的な女だ。


 二人とも呆然と俺と謎の死体を交互に見つめていた。


(あの胸の銃傷。あれ間違いなくおやっさんのせいだよな)


 俺より先に扉に飛び込んだあの銃弾。よりにもよって、なんて場所に着弾するのか。

 いやむしろ、あの生物だったものの運の無さに同情すべきか。


(とはいうものの)


 このままでは状況は一向に掴めない。ごまかすにしても、この二人の少女に色々と話を聞かなくては。

 俺は汎用ツールの相互翻訳機能をオンにし、さて、どう話しかけるのがベストかと思案していると。


「こっちだこっち。さっきの轟音はこっちから聞こえて来たぞ」


 なにやら、木々の向こう側が騒がしくなり始めた。

 その様子に気が付き、金髪の方がそっちを見て、小さな声で呟く、


「追手だ」


 ちゃんと翻訳ツールは機能を果たしたようで、その言葉は意味を伴って俺の耳に届いた。


「逃げ、なくちゃ」


 金髪の少女は立ち上がろうとしていたが、失敗して、前のめりにへたり込んでしまった。

 どうやら腰が抜けて立てないらしい。

 もう一人の黒髪も、息を吞んで胸に手を当てている。お祈りでもしてるんだろうか。


(ふーむ)


 俺は目の機能を切り替えて、迫ってくるものの正体を遠視とサーモグラフィーの複合で確認する。


 それは、実に様々な生物のより集まりだった。

 背丈が人の半分しかないような背中の曲がったなにかに、さっきのと似たような、大柄で牙を生やした赤い肌のなにか。さらには、犬かなにかのように全身に毛皮の生えた二足歩行するなにかなどなど、バリエーションに富んだ集団がこちらに向かって進んできていた。

 一瞬だけ思考を巡らす。この二人の怯えよう。あいつらの目的はきっとこの少女たちだろう。

 では、この二人を連れて行って引き渡した場合、彼らは俺を味方と認めてくれるだろうか?


(ちょっと想像できないな)


 それは、リスクの大きすぎる決断だ。そもそも意思疎通を図れるかも怪しい。


(逆に、だ)


 こっちの二人を助けた場合、どれだけの得があるだろうか?

 良くすれば信頼の一つでも、悪くたって恩は売れるだろう。

 どちらにせよこの場所での協力者は必要不可欠だ。

 吹っかける価値はあると判断した。


「おい」


「え?」


 未だに自分の足と悪戦苦闘している少女に、俺は声を掛ける。


「お前ら、あの化け物に追われてんのか?」


「そう、だけど、君、言葉が」


「じゃあ、もう一つ」


 俺は少女の疑問を遮るように質問を飛ばす。


「あれは、全部殺しちまっても構わないのか?」

「……え」


 質問の意図が分からない、と言った表情を浮かべる少女。

 俺は矢継ぎ早に問う。


「どうなんだよ」

「え、あ、うん。けど、そんなの」

「そうか。じゃあ最後の質問だ。助けて欲しいか?」


 俺のその言葉に、金髪の少女は何か激しい痛みをこらえるような顔をして、黙りこくる。

 なにか、ミスでも犯したかと、俺は目を細める。


「お願いします、助けてください」


 だが、俺の質問に答えたのは、さっきまで沈黙を保っていた、黒髪の少女の方だった。


「なにか、お礼できることならいくらでもします。ですから、どうか、私たちを助けて下さい」


 俺は内心で笑みを浮かべる。

 予想以上の言葉で、言質をとれた。


「分かった」


 俺は銃の安全装置を外す。昔、見栄と趣味で買った高級品だ。


「ここで待ってろ。すぐに、片づけてくる」


 相手の数は八匹。一匹一発なら、マガジンの半分でけりが付く。 




「ボクたち、助かったの?」


 ようやく立ち上がったボクは、呆然と呟く。

 まだ、生きてる心地がしなかった。


「ロッテ」


 だけどエレンは、遠い目をして、こう言った。


「あの御方が、神託の五人目でしょう」

「そんな、まさか」


 だってあの人は、ボクがあの未完成の術式を使ってこの世界に呼び寄せてしまった、いわば別の世界の人間だ。それが、なんで。


「いいえ。間違いありません。聖域の巫女様は、こんな未来さえ見通されていたのです」


 ボクは信じられない気持ちで、その遠ざかっていく背中を見た。

 それが真実なのだとしたら、これでボク達が旅に出た二つの理由、そのうち一つがこれで満たされたことになる。

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