第3話 襲撃
「ハァ、ハァ、ハァ」
「いいから走って!早く!」
エレンの手を引いて、森の中をひた走る。
運動が得意じゃない彼女にとっては酷だろうけど、それでも、逃げないと。
「なんで、亜人連合の奴らが」
ボクたちのことが漏れた?
だとしたら、何処から?
「っきゃ!」
「エレン!」
エレンが木の根っこに足をとられて、ボクの方に倒れこんでくる。
エレンを必死で受け止めようとするけど、ボクの小さな身体じゃ彼女を受け止めきることは出来ずに、一緒に倒れこんでしまう。
「う、うぅ。エレン」
ボクは立ち上がって、エレンに再び手を伸ばした。
「立って、急ぐんだ」
でも、彼女はボクの手を取っては、くれなかった。
「……ロッテ、あなただけでも逃げてください」
「何言ってるんだ!」
彼女の手を強引に掴んで引っ張り上げようとして、その異変に気が付く。
「エレン、君、足が」
「もう、走れそうにないんです」
見れば、その細い足は真っ赤に腫れ上がって、酷い怪我をしているのが一目で分かった。
「ロッテ、お願い、あなただけでも」
「バカいうなよ」
腰につけてるポーチから数種類の秘薬を取り出して、足の治癒を開始する。
「ボクは天才術師なんだ。これくらい、すぐに」
悔しく歯噛みする。
ホウキさえ、ホウキさえ壊されなければ、エレンを乗せてあげられたのに。
そうすれば、あいつらに追いつかれることも、絶対になかったのに。
思えば、この襲撃は色々とおかしかった。
最初にボクのホウキを壊したことといい、ボクらと護衛の二人を引き離した手際といい。どう考えても、亜人連合の仕業にしては計画的すぎる。
「ほら、これで、終わり」
幸い、足のケガは大したことは無かったので、初級呪文だけで事足りた。
けど、エレンは下を向いたままだ。
これは、心が折れてる。
「しっかり!しっかりするんだ!」
無理もない。
亜人の襲撃に、慣れない森での全力疾走。それに加えて怪我まで。
それでもボクは、エレンを再び立ち上がらせなきゃいけなかった。
「あの二人の頑張りを、無駄にしちゃいけない」
「でも」
エレンの手は震えていた。
怖いんだ、きっと。初めて城下の町から出て、世界に出て、こんな目に遭って。
「……分かった」
このままじゃあ、らちが明かないと判断して、ボクはポーチから一枚のスクロールを取り出した。
「これは、あんまり使いたくなかったんだけどね」
まだあくまで実験中の術式だ。
長い旅の間の手慰みとして持ってきただけで、使う気は無かった。
「それは」
「異世界への扉を開く術式だよ」
ポーチからさらに小さな木札を取り出して、半分に割って地面に埋める。これが、戻ってくるための目印になる。
「異世界?」
「うん。どこに繋がるかは分かんないんだけどね。これで別の世界にちょっとだけ飛んで、すぐに戻ってくればいい」
まだ、安定とは程遠い品だけど、ここで手をこまねいているよりはずっとましだ。
「さあ、頼むよ」
理論上は、これで平気なはず。
スクロールを広げて術式を起動させると、描かれた魔法陣から徐々に扉が形作られ始めた。
「よし、よし」
成功だ。これで、なんとか逃げられる、後のことは向こうで考えればいいと、そう思っていた。
だけど。
「みぃーつけた」
絶望はボクたちに追いついていた。
「こんなところにいやがったのか」
振り返れば、そこにはオークが一匹、こちらに向かって歩いて来ている。
「もう、少しなのに」
扉はまだ出現しきっていない、これじゃあ、人は通れない。
「デヘヘ、運がいいぜ。オレ様が手柄を独り占めに出来るなんてよう」
汚らしく舌なめずりして、棍棒を構える。どうやら、仲間を呼ぶ気は無いらしい。
「ち、ちかよるな」
なら、まだなんとかなる。
こいつさえ、やれれば。
焦るな、焦っちゃいけない。
「お、なんだ、それは?」
オークがボクの後ろにある扉に興味を示して、視線を外した。
今だ。
「フレア!」
手で素早く術式を描いて、オークに向かってぶっ放す。
初級の火炎系魔術だけど、至近距離なら十分致命傷になるはずだ。
「お、おお!」
火球はオークの顔面にぶち当たり、小規模な爆発を引き起こした。
祈るような気持ちで、煙が晴れるのを待つ。
だけど。
「痛えなぁ」
「うそ」
オークには、大したダメージもなく、顔に煤が付いた程度だった。
「魔術耐性の護符、役にたったな」
「なんで」
なんで、亜人がそんなものを。
「へっへっへ。貰ったのさ」
貰った、そんなの、誰に?
決まってる。今回の襲撃を手引きした奴だ。
「さあ、て。おいちびガキ。よくもやってくれたなぁ、おい」
体が、ガタガタと震える。
なんてことをしてしまったのか。これじゃあ、相手を怒らせただけだ。
これから身に起こることを考えて、恐怖で頭が真っ白になった。
「そこの姫様とやらは確実に殺せってことなんだけどよう。他はどうしたって構わないって言われてんだ。お前は俺たちの集落に連れ込んでよう」
その先は、想像もしたくなかった。
こんな、知性のカケラも無いような奴らに。
「やめ、やめろ。近寄るなよ」
足から力が抜けて、へたり込んでしまう。
このボクが、そんな、惨めな一生なんて。
「イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ」
術式、術式を。
そうだ、初級で駄目なら中級を。
ボクは天才なんだ。きっと大丈夫だ。
頭の中で術式を組み立てようとするけど、うまくいかない。
狂ったように、意味不明な羅列が並ぶばかりで、中級の術式になんてならない。
「あ、あ、あ、あ」
駄目だ。もう、おしまいだ。
絶望がボクを襲う。これまで培ってきた、一人で生きて来たっていう自負もプライドも全部溶けてなくなった。残ったのは、弱いボクだけ。
本気で、それを願った。
もう二度と祈ることも逃げることもしないという誓いも粉々に砕け散って、ただ心の中で叫んだ。
誰か、助けて、と。
「さーて、報酬の前にはお仕事お仕事。まずは姫様とやらから……。ん?」
オークが訝しげな目をして、ボクの背後を見る。
ボクもつられるように後ろを振り向いて、驚愕した。
「扉が、開いてる」
それも、向こう側から。
つまり誰かが、扉を開いた?
「さっきから気になってたが、こりゃあ?」
その瞬間だった。扉の向こう側から聞いたことのないような大きな音が響いて、何かが飛び出してくる。
それは、ボクやエレンの横をすり抜けて、オークの巨体に当たり、そして。
「お、おお」
オークが、理解できないという顔をして、倒れる。
辺りには実験の材料でしか見たことのない緑の血が飛び散り、酷いありさまだった。
「え?」
ボクの顔にも、少し返り血が付いている。
それを反射的に手で拭って、呆然とオークだったものを見た。
絶命、してる。たった、あれだけで、あの強靭なオークが?
「なにが」
異変は、それだけでは終わらなかった。
「おい、こりゃあ」
扉の向こうから、誰かが現れる。
「どういうことだ」
それは、見たこともないような服装をした。
黒い髪の青年だった。
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