5話 鶴の恩返し
休日、俺は鶴岡に誘われて映画館に来ていた。なんでも鶴岡が観たい映画が公開しているらしい。俺も映画は嫌いではないので付き合うことにした。
上映まで少し時間があるので俺たちは映画館内の椅子に座って時間を潰している。
「亀山くんはポップコーンとか買う人?」
「いや、買わずに自販機で水を買う人」
「せっかくの映画館でそれは勿体なくない?」
「ポップコーンに使う金の方がもったいないだろ」
その金を倹約すれば新しい映画を観ることができる。
「周りにポップコーンを買っている人が沢山いるというのによく平気でそんなこと言えるね。尊敬しちゃう」
「言いたいこと言わないとストレス溜まるからな。それじゃなくてもストレス社会なんだから」
「もう、亀山くんは優しい嘘とか建前を大切にしないから友達ができないんだよ」
「優しい嘘でも嘘は嘘だろ。そんな無理して友達作らなくても俺は良いよ」
鶴岡はクスッと笑う。
「可愛い幼馴染がいるもんね」
「幼馴染擬きだろ」
「うわー、最低」
「知ってる」
俺が最低なことなんてとっくの昔に。だから、人と近づかないようにしている。
鶴岡が立ち上がって言う。
「やっぱり、ポップコーン買ってくるよ。キャラメルで良い?」
「別に俺はいらない」
「良いから、一緒に食べようよ。甘いの嫌い?」
「嫌いではないけど」
笑顔で頷いてから鶴岡はポップコーン売り場まで駆けていく。
なぜ、ポップコーンを買いに行くだけであんなにも楽しそうなのか俺には理解できなかった。
*
上映時間になり、チケットを見せてから俺たちはシアターに入り、赤いカーペットを並んで歩く。大事そうにキャラメル味のポップコーンを抱える鶴岡が言う。
「亀山くんは女の子と映画館に来たことはあるの?」
「ある訳ないだろ。男子とも来たことがない」
「えー、みんなと観る方が感想とか言い合えて楽しいよ」
「そういうもんなのか」
まあ、それはこの後、鶴岡と感想を言い合えば楽しいかどうかはわかる。
中央後方の席に座り、スマホをマナーモードに設定する。
「楽しみだね」
「そうだな」
俺たちが今から見る映画は戦争をテーマにした恋愛物語だ。だから、周りにいる客はカップルが多い印象だ。本当に俺と観にきて良かったのだろうかと思った。
劇場内が真っ暗になり、映画が始まった。
*
映画が終わり、俺たちは近くのカフェに入った。
奥のボックス席に通されてアイスコーヒーを二つ頼む。
「いやぁ、感動したね。私、沢山泣いちゃったよ」
「ああ、驚いた。映画であんなに号泣できる人間っているんだなって」
「沢山いるよ! 亀山くんは心がなさすぎるんだよ」
「まあ、良い映画だったのは間違いないなと思う」
戦争というテーマである以上、バッドエンドは避けられない。
あまり、こういう作品を好んで観る方ではなかったが今日のおかげで観る人がいることには納得できた。
「鶴岡、ありがとう。映画に誘ってくれて」
自然にそんな言葉が出た。
「亀山くんがお礼を言うなんて雪でも降りそうだね」
「五月に降るわけないだろ」
「冗談が通じないなぁ、亀山くんは。前に言ったこと覚えてる。ほら、幼馴染の設定の」
「ああ、なかなかリアリティのある設定だったな」
鶴岡は苦笑してから口を開く。まるで桜の花びらが枝から離れ地面に落ちてしまったような残念そうな表情で言う。
「設定じゃないよ。全部、本当。私は亀山くんに救われたの。今の自分になれたのは君のおかげ。覚えてないなら良いよ。私も思い出させてあげないから。それでも、これからも君と関わり合いたい。せっかく再会できたんだから」
悪戯が成功したように鶴岡真美は笑う。
「そうか、じゃあ、これからもよろしく」
俺たちは握手をする。アイスコーヒーをお盆に乗せていた店員が何事かという目を向けてきたが気にしない。全然、覚えていないけど成長した女の子に再会できたのだから。
こうして、本物の幼馴染が俺にできた。
鶴岡真美の恩返し 楠木祐 @kusunokitasuku
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