2-10話:一歩踏み出して

 リコリスとジオラスの二人が食器を下げ、片付けを終えてアネモスの私室に戻る。

 扉をくぐり抜けると、公爵がベッドサイドのイスに座り、王子の布団を優しくトントンと叩いていた。


(……本当の親子そのものにしか、見えないわね……)


 どこから見ても実の親子にしか思えない光景に、リコリスの胸が痛んでいく。

 その痛みは、子を喪った母としての気持ちから来るものか。

 それとも、王子に害を成そうとしていた者としての、罪悪感からか……。


「しー。静かにね。アネモスがお昼寝しているから」


 そう言って口に人差し指をあてる公爵も、瞼が半分閉じかけている。

 アネモスの寝顔につられて、眠くなってしまったのだろう。


「今日はアネモスの明るい表情が見れて良かったよ。君が来てくれたお陰かな?」

「公爵さまがいらっしゃったからでしょう」

「それじゃあ、両方が理由だろうね」


 リコリスの無表情を務めた受け答えに、公爵が苦笑する。


「アネモスが前よりしっかりと食べるようになって、安心したよ。少しずつ体力をつけるために、時折で構わないから庭に連れてやってはくれないかな?」

「お庭ですか?」


 ヴァレアキントスは頷いて椅子から立ち上がると、窓にかけられていたカーテンを開いた。


「きちんと手入れはされているとは言い難い庭だけれども、室外に出ることでアネモスの気が少しは休まると思うからね」


 彼の言う通り、窓ガラスの向こう側に見える庭園は、良く言えば質素だった。

 木は大雑把だが剪定されており、雑草が多くみられるものの過度に伸びているようなことはない。

 しかし、華やかな花や蕾を付ける草木はひとつも植えられておらず、必要最低限の手入れしかされていないことは明らかだ。

 見栄えが良いとは言えないが、王城の敷地内の一角にあるとは思えない佇まいの庭園だ。


(それにしても……)

「王子殿下は、外出されてもよろしいのですか?」


 彼女は、王子を蔑ろにする使用人たちの様子を思い出しながら疑問を口にする。


「ああ。けれども、あまりこの部屋から遠くには行かない方が良いね。アネモスを良く思わない者と、会ってしまうことがあるかもしれないからね……」

(ここの使用人たちは、王子本人を目の前にしてもあんな態度を取るのかしら……)


 リコリスの言葉の深層に込められた質問の意図を、公爵は正しく汲み取って返答した。


「まずはアネモスが起きたら、四人で一緒に見に行ってみようか」


 四人と言うことは、アネモスと公爵の他に二人いることになる。

 一人は公爵侍従のジオラスだろう。

 すると、もう一人は……。


「私も……でしょうか?」

「ああ。案内がてら、散歩しようと思うんだ。……良いかな?」


 意外に思ったリコリスが目を見開いて問いかけると、公爵がどこか不安そうに聞き返す。

 彼の表情は、甥であるアネモスのすがるような表情とどこか被るように、リコリスには見えた。


(この子は王の息子だけれども、ヴァレアキントス殿下と仕草が少し似ているわね……。きっと、この子のそばに一番居たのが、王ではなく、ヴァレアキントス殿下だったからだわ)

「承知いたしました」


 リコリスが内心を吐露することなく頷くと、公爵は安心したように微笑んで頷いた。

 彼の優しさを目の当たりにするたびに、彼女の罪悪感は膨れ上がっていくのだった。

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