2-09b話:隠された、桃色の瞳2
「ふたりとも、お茶のセットを頼むよ」
「承知した」
王子と公爵がいるテーブルに、クロスをかけてカトラリーを配置するジオラス。
その近くでリコリスが、公爵が持って来た紅茶缶を開ける。
茶葉から甘い花の香りが仄かに立つと、リコリスの顔が少し緩んだ。
(この茶葉の香り、懐かしいわね……)
リコリスがリュンヌだった頃、王妃教育後のヴァレアキントスとの茶会で良く出されていた紅茶と同じ香りをしている。
茶葉をティースプーンで掬い取り、熱湯を入れていたポットからお湯を注いで蒸らす。
砂時計をひっくり返して時間を計っていると、瞳が良く見えるようになったアネモスがわくわくとした様子で砂時計を見守る。
砂が落ちていくと共に、茶葉はより一層香り立っていく。
少し離れた位置で着席している王子と公爵にも、その香りが届いたようだ。
「いい香りだね」
「私が小さな頃からとても気に入っている茶葉なんだよ」
蒸らしが終わる頃合いになると、ジオラスが突然どこからともなくティーカップをふたつ取り出した。
「えっ?」
「わあ、すごい!」
手品のようなアネモスが面白がるが、リコリスは脳内で疑問符を浮かべていた。
侍従は、すでに並べていたティーカップの隣に、追加分も用意する。
「量は足りると思うので、こちらにも追加でふたり分を頼む」
「は、はい……?」
ジオラスの指示に従い、リコリスは四人分の紅茶を淹れる。
円卓のテーブルにお茶を置こうと振り返ると、何故か四人分の席が用意されていた。
とりあえずは、各席に紅茶を配置していくリコリス。
「では、リコリスはそちらの席に」
「えっ?」
更に、侍従はアネモスの隣に着席するように、リコリスに促した。
「リコリスも一緒に食べるの?」
「それは良いアイディアだね、ジオラス。リ……リコリス、一緒にどうかな?」
二組分のキラキラとした期待に満ちた眼差しが、リコリスに集中する。
「あ、その……」
リコリスは困惑した様子で侍従に助けを求めるが、彼はもう決まったことだと言わんばかりに彼女を促した。
「毒見のついでだと思って、同席すればいい。自分も主の隣に座らせてもらう」
「そ、それでは……失礼いたします」
着席すると、彼女自身が淹れたばかりの紅茶の香りが、ふわりと漂ってきた。
「やっぱり……良い香りだわ」
「ケーキもどうぞ」
リコリスの目の前に、具沢山のベリーケーキがカットされた状態で置かれる。
「わあ、おいしそうだね! くだものがいっぱいだよ。赤いのとか、青いのとかあるね」
「これはベリーのケーキだよ」
慌てて王子や公爵の席を見ると、すでに同様のケーキが配置されており、気づけばジオラスも着席を済ませていた。
「じゃあ頂こうか」
「あじみ、おねがいします」
「は、はい……」
毒見ならぬ味見を王子から求められたリコリスは、いつもと違う様子に狼狽えながらも頷く。
まずひとくち、自身の口に入れて咀嚼する。
しっとりとしたふわふわのスポンジに、程よい甘さのクリームが塗られた、甘酸っぱいベリーのケーキ。
失踪してからはなかなか食べることがなかった上等なケーキは、どこか懐かしく、そして優しい味をしていた。
「問題ありません」
「美味しかったかい?」
「はい、とても美味しかったです」
ヴァレアキントスの優しい問いかけに、リコリスは少しはにかんで答えた。
「それは良かった。じゃあアネモスも食べようか」
「うん! リコリス、お願いします」
「はい」
いつもの毒見と同じ流れで王子に食事を請われたリコリスは、ひとくち分のケーキをフォークで掬い取り、アネモスに差し出す。
(あら? そう言えばこのケーキは、ヴァレアキントス殿下の持ってこられたものよね? 毒見は必要だったかしら?)
ふと我に返ったリコリスが、毒見の必要性について疑問に思うものの……。
「ん、すっぱい! でも甘くておいしいね」
桃色の瞳をキラキラとさせて美味しそうに頬張る王子の姿を見て、リコリスは疑問に思うことをやめた。
(もっとこの子に、笑顔でいて欲しい……。その瞳が悲しみで沈まないように……)
「もっとお召し上がりになりますか?」
「うん!」
ちびちびと紅茶を飲むアネモスに、リコリスは次に食べさせるケーキを用意しようと、フォークで切る。
そんな王子と侍女の二人組の様子を、どこか羨ましそうに公爵が見つめていた。
「……そんなに恋しいなら、主には自分がやろうか? ほら、あーん……」
「やならくてよろしい!」
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