2-08話:不穏な影
王子と公爵のささやかな昼食会が終わると、リコリスとジオラスは食器を下げて厨房へと向かう。
すると、扉の前でジオラスにきつく言われたことが耐えたのか、厨房の料理人たちは燃え尽きかけていた。
呆然としていることを良いことに、リコリスは入ってはいけないと彼らが勝手に言い始めた領域へ、リコリスは公爵が使った食器の他、王子の食器もひっそりと積み上げていく。
「これでいいわ」
彼らが何の違和感も抱かなければ、料理人たちは食器を洗ってくれるだろう。
違和感を持ってしまったら、もしかしたら洗濯騒動と同じことになるかもしれないが……。
「リコリス。あんた結構やるな」
そんな強かな行為を見せるリコリスに、ジオラスは意外そうにしてみせた。
「彼らは使用人でありながら、自分勝手に振る舞い過ぎです。たまには、真摯にお勤めされるべきかと思います」
果たして彼らは夕食の調理に取り掛かることが出来るのか。
それとも、公爵の夕食までも、リコリスが担当することになるのか……。
残念ながら、呆けたままでいる現段階の彼らの様子では、何の見通しも見えない。
――
次の王子専属侍女としての仕事は、ティータイムまでお預けだ。
リコリスはいまのうちに休憩を取るために、自分とシウの分の昼食を作ってトレイに乗せて、自分たちに割り当てられた部屋に向かう。
「あら?」
すると、部屋の前でシウがきょろきょろとあたりを見回していた。
不思議に思ったリコリスが、シウに声をかける。
「シウ。どうしましたか? 何か探し物ですか?」
「リコリスさん!」
リコリスを見つけたシウは、部屋の鍵を解錠して中に入ると、リコリスを中に招き入れて扉を閉めた。
「シウ?」
シウが深刻な表情をしていることに気付いたリコリスは、何かあったということを悟った。
リコリスは昼食を乗せたトレイをテーブルに置き、シウが語り始めるまで待つ。
コップをシウの前に置くと、彼女は一口飲むと、ゆっくりと口を開いた。
「さっき、侍女姿をした知らないひとが、私たちの部屋の前にいたんです」
「知らないひと? 離宮勤めの方ではなく?」
「はい。一応私、ここにお勤めされている方のお顔は把握しているのですが、一切記憶にないひとでした」
「新しいひと……ではなさそうですね」
リコリスとシウに何らかの用があって、彼女たちの部屋の前に立っていたことになる。
しかし、ただの新人であれば、シウがこのような表情を見せることはないだろう。
「私は部屋に向かう途中だったのですが、そのひとはノックして返事がないことを確認すると、何度かドアノブを回していて……開かないことを確認すると、どこかに去っていきました」
ふたりは必ず施錠して部屋を出ているため、そう都合よく部屋の扉が開いているなんてことはありえない。
「その様子ですと、部屋を間違えたとか、そういった部類ではなさそうですね……」
「はい。どうにも、私たちではなく、部屋の中に用があったように思います」
(そうでしょうね。きっと、何らかの悪意を持った人物だわ)
「追いかけようとは思ったのですが、一応部屋内の状態を確認した方が良いと思っていたところ、リコリスさんが来てくださいました」
リコリスを前にしてほっとした表情を見せたシウに、リコリスは深刻な表情をして考えるそぶりをみせた。
「一体どういうことかしら……」
(悪意を持ったひとたちは、離宮内に山ほどいるわ。だけど、私たち……もしくは私かシウのどちらかに対して、悪意がある者と考えると……)
「もしかしたら、現王妃の差し金かもしれませんよ?」
「王妃!?」
シウからの予想外の発言に、リコリスは声を裏返させる。
ここはふたりの私室だ。
他に誰もいないのだが、シウはリコリスに顔を近づけ、声を小さくして話を続けた。
「いえ。王妃ではなく、現・王妃です」
「どうしてそこで、現王妃が関わると思ったのですか? 私たちは一介の侍女ですよ?」
何故か「現在の」王妃であることを、強く主張するシウ。
リコリスは内心で、そういう自分も元王妃だなと心の中でツッコミをしながらも、彼女と同じく小声で問いかける。
「ここの人事の大半は、現王妃が握っているそうです。特に、あのいけ好かない料理人たちは、現王妃の手の者なんですよ」
「そう言えば、前にそのようなことを仄めかされていましたが……それが?」
「あとの少数派……とは言っても、本当に十数人程度なのですが。あとの者は、公爵閣下からの紹介の者です。なのでおそらく、公爵閣下派でも特に目立つ私たちに対して、何か仕掛けようとしたのではないでしょうか」
(私はヴァレアキントス殿下経由ではあるけれども、かと言って公爵派と言うわけでもないのだけど……)
「確かに、最近特に目立っていましたね……」
あまりにも怠けている同僚たちの態度が気に入らず、リコリスは時折、無意識に使用人たちが働くよう仕向けるように動くことがある。
「そうです。実はですね、リコリスさんが結構やらかしているんですよ? ほら、あの洗濯物事件が一番大きいと思うのですが……」
小声でそう語るシウの顔は、どこか清々しい表情をしている。
「あ、あー……」
(さっきも似たようなことをしでかしてしまった気がするわ……)
リコリスは、料理人たちに洗い物を押し付けたばかりだった。
何も意見を言えなくなり、彼女は呆然とした表情で静かに声を出す。
(あれ、でも……)
しかし、ふととあることが疑問に思ったリコリスは、すぐに我に返ってシウに問いかけた。
「しかし、王妃は一体なぜ、王子殿下がいらっしゃる離宮の人事に関わろうとしているのでしょう?」
「それは……分かりません。王子殿下を放置しておられると聞いていましたが……」
「それ以上に、何かありそうですね」
「そうですね。しばらく、周囲に気を付けましょう。王子殿下にお仕えするのも大事ですが、そのせいで王子殿下や公爵閣下に何かあってはなりませんから」
「そう……ですね」
気を取り直したリコリスは、シウの言葉に頷く。
(ティファレ……。あなたは、私の子を排除してまで第一王子に繰り上げさせた自分の子を、放置しているのではないの? 助けて……愛してあげるつもりがないのなら、あなたは何がしたいのよ……!?)
リコリスは王妃ティファレのいるであろう宮に向かって、心の中で叫んだ。
(五年経ったいまになっても、私にはあなたの考えが、まったく理解できないわ……!)
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