2-07b話:王子と王弟のささやかな昼食会2

 テーブルにクロスを広げて食器を並べ終えたジオラスが、王子と公爵を椅子に誘導する。

 二人が着席すると、ジオラスが自身の主人の分を、リコリスがアネモスの分の配膳を担当する形で、王弟と王子の二人のささやかな昼食会が始まった。


 まず、最初に配膳された二つの前菜を見比べた公爵が早々に苦笑し、王子は残念そうな表情を浮かべる。


「やっぱり、ぼくとおじうえのごはんはちがうね」

「うん、そうだね。これはまた……」

「露骨に張り合ってるな」


 公爵が濁そうとした言葉をジオラスが補う。

 侍従の率直な発言に、ヴァレアキントスの苦笑がさらに深まっていく。


 アネモスの前菜は、何の変哲もないサラダにクルトンを乗せてキャロットドレッシングをかけただけで、気取った名前など存在ない。

 公爵の前菜は、薄くスライスされたホタテが野菜のそばに添えられた、色とりどりのシーフードサラダ。


「ぜったいに、ぼくのごはんのほうがおいしいと思うよ」

「は、はい? ありがとうございます」


 今日は公爵がいるから、活発なのだろうか。

 普段控えめなアネモスにしては珍しく、自信たっぷりな様子でリコリスを励まそうとする。

 そんな彼に、傍らで味見と称した毒見をしていたリコリスが曖昧に頷く。


「そうか。よかったな、アネモス。おいしいごはんを作ってくれるひとがいて」

「うん!」

(どう見ても離宮料理人の料理は大人向きだもの。お子さまのこの子のお口には、当然合わないでしょうね……)


 リコリスとジオラスが毒見を終えたのを見届けると、公爵は王子にサラダを食べるように促した。


「やはり、私に提供されている料理はアネモスには向かないだろうね……。もう少しだけでも病弱な子どもが食べやすいものになっていると、喜ばしいのだけれども……。前の料理長がいなくなってもこのメニューとなると……根本的に問題がありそうだね。どうしたものかな」


「おじうえ、ぼくのいまのおりょうりだとだめなの? どうして? おいしいのに、だめなの?」

「ううん、お前の料理がだめと言う話ではないよ。だから安心して頂こうか」

「よかったー! あ、でも……」

「うん? どうしたんだい?」


 喜びかけてから、何かに気付いたアネモスが首を傾げる。


「今日はいつものごはんと違うのは、どうして?」

「うん? いつもの? アネモスの料理はいつもと違うところがあるのかい?」


 王子の疑問に一緒になって、公爵も首を傾げてリコリスに問いかける。


「はい。いつもはプレート料理でお出ししております。そのことでしょうか?」

「ああ、そう言うことか」

「どうしていつもとちがうの?」

「本日は公爵さまとお食事をご一緒されますので、侍従殿からコース風が宜しいかとご相談がありました」


 脇目でジオラスを一瞥すると、彼が静かに頷いていた。


「こーす! おじうえとぼく、おなじだね」


 叔父と同じ料理ではなかったが、同じ形式で料理が提供されることに、アネモスは喜んだ。


「うん、同じだね。そうか、ジオラス有難う。良い案だね。マナーの勉強も出来るよ、アネモス」

「ごはんだけど、おべんきょうなんだね……!」

「そうだね。食べながら勉強していこうか」

「うん! おじうえ、おべんきょうよろしくおねがいします」


 頑張ろうという意気込みを感じさせるアネモスだったが、不意に何かに気付いたのか、気が沈んでいく様子を見せた。


「あ……でも……。ぜんぶ食べられるかな……? さっきクッキー食べちゃった……」


 アネモスの食べ方について、リコリスはこの数日で気付いたことがある。

 量に対して不安感を口にした王子には、嫌いな食べ物をあとに回す習慣がある。

 今回は品毎に順番に出てくるため、最初に好き嫌いの全体像を把握出来ずに困惑しているのだろう。

 最終的に律儀に全部食べようとするのには変わりないが、好きなものは最初に食べたい主義らしい。

 どうにも最後のデザートを、嫌いなものも食べたことに対するご褒美代わりにしている節も感じられる。


「食べきれなかったら、私が食べようか?」

「問題ありません。量は先ほどお召し上がりになられたクッキーを考慮してお作りしております」


 王子は、首を捻りながらうんうん唸って悩み始める。


「うー……ん。それなら、たべられる……かも」

「あ、そ、そうなんだね。それなら残す心配はないかな、うん。でも食べきれなかったら無理しなくて良いんだよ?」

「うん。でもぼくのこさずに食べられるように、がんばるね」

「う、うん。程々にね」

「主、少し見苦しいんだが……」


 頑張ると主張する甥に、何故か苦笑を見せる公爵。

 二人の様子を眺めていた侍従が生暖かい眼差しを主に向けて、ポツリと突っ込みを漏らす。


「じゃあ頂こうか。アネモス、カトラリーの順番は覚えているかな?」

「うん! そとがわからだよね?」

「そうだよ、当たりだ」


 アネモスの席に並べられたフォークを、彼は外側から手に取る。

 今日はマナーの勉強ということもあって、リコリスが手ずから王子に食べさせる形式はお休みのようだ。


「ぼくねぼくね! このカリカリしたのすきだよ!」

「そっか、好物が食べられて良かったね」

「うん!」

(ドレッシングは、あなたの苦手なキャロットですけどね)


 はしゃぐアネモスと、彼の様子を温かい眼差しで見守る公爵。

 ふたりの和やかな会話を聞き流しながら、リコリスは内心で苦笑した。


 サラダを食べ終わったあとは、スープ…と、給仕と毒見をこなしていくリコリス。


 すべて料理の提供が終わり、最後に淹れたばかりの紅茶をふたりの席に置くと、リコリスは彼らの前で一礼した。


「お食事は以上です」


 その無慈悲なる言葉に、アネモスはショックを受けた。


「デザートは? ないの?」


 髪に隠れた顔であっても、表情が良く分かるほど衝撃を受けたアネモスに対し、ヴァレアキントスがフォローを入れる。


「デザートはおやつの時間に食べようか。今日は私の屋敷のパティシエに作ってもらったよ。アネモス、好きだろう?」

「うん! あ、でも……いつものデザートも好きだよ? だから食べられるよ?」


 おやつの時間と聞いて喜びかけたアネモスだが、それでも諦めきれないのか、デザートを物欲しそうな瞳でリコリスに訴える。

 一瞬彼女は声が詰まりかけるが、ないものはないし、甘えさせすぎるのも良くない。

 彼女は頭を振って答えた。


「……いつものデザートは、本日ご用意がございません」

「ぇ……ないんだ……」


 しょんぼりするアネモスの様子は、落ち込んだ時の公爵に似ていた。

 育ての親とも言える公爵にあまりにもそっくりだったため、リコリスは思わず微笑んでしまう。


 そんなリコリスとアネモスの様子を、公爵が暖かい眼差しを向けて見守っていた。

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