2-06b話:アネモスへのおみやげ2

 リコリスがシウと共に雑務で離宮内を駆け回っている間に、あっと言う間に昼食前に差し掛かった。


 急いで厨房に入ると、料理人たちは事前情報通り豪勢な料理を作っている最中だった。

 彼らからは相変わらず敵対的で鋭い視線を投げかけられることは多いが、いまのところ直接なにか文句を言われることはない。

 普段なら邪魔もされることはないため、リコリスは彼らを横目に、シウの手伝いのもと正反対のシンプルな料理を仕上げようとする。


「はっ。お前、いっちょ前に料理人にでもなったつもりか?」


 ……しかし、文句を言われることはないと思っていたリコリスの予想に反して、数日ぶりに料理人に絡まれることになる。


「お前の作ったものと俺たちの料理を並べようとするなんて、おこがましいと思わないのか?」

「では、王子殿下のお料理もあなた方がお作りするのですか?」

「そうですよ! 本来ならあなた方の仕事じゃないですか! 食器洗いもやって頂きたいです!」

「いちいち口の減らない女だな! お前もだよ! 新入り!!」


 料理人からもれなく喧嘩を買われたリコリスが言い返すと、もれなく睨み返される。

 彼らがサボりたいのか本当は腕をふるいたいのか、彼女は分かりかねていた。

 なお、シウもリコリスに乗じて料理人に食って掛かっていたため、彼女はリコリスと似た扱いを料理人から受けているが、本人は気にしていないようだ。


 同じ空間内で素人が本職と同様の作業をしていれば、プライドの高さから嫌みの一つも言いたくなるものなのだろうか。

 それとも、今日に限っては公爵の昼食を用意するということもあって、ここ最近落ち着いていたはずの彼らの気が大きくなっているのだろうか。


 リコリスが調理を終えると、離宮の料理人たちも公爵用の豪華な昼食を完成させていた。


(王子とは違ってこんなに豪勢な料理だと、一緒にお食事される際にヴァレアキントス殿下の気が引けてしまうでしょうね……)

「公爵閣下はもう少し素朴なお料理をお召し上がりになりたいそうですよ?」

「なん……だって!? 公爵閣下に限って、そんなことあるわけがないだろ! あの方は優れた料理をご所望のはずだ!」

「でも、王子殿下が質素なお料理なのに、公爵閣下だけが贅沢しようと思うわけありませんよ」

「そうですね。たしかに……先ほどの公爵さまは……」

「え? さっき!?」


 リコリスは余計なことを言いかけた口を、慌ててつぐんだ。


(たしかに、先ほど昼食についてお話されていた時のヴァレアキントス殿下は、昼食についてご不満がありそうなご様子だったわ……)


 しかし、公爵自身の口からは直接告げられてはいないことを、彼らに伝えるわけにはいかなかった。


「な、なにを仰っていたんだ!? 俺たちの料理の方が良いって言っていたんだろ!?」

「それは、私の口からは申し上げられません」


 料理人たちは声を荒げては厨房内をきょろきょろと見回すが、目的の人物はいなかったようだ。

 もしかしたら彼らは、侍女よりも公爵侍従の言葉を信頼すべきだと判断して、ジオラスを探していたのかもしれない。

 たしかに、以前ヴァレアキントスが訪れていたときにジオラスは厨房にいたが、あれは王子の料理について追及するためだったのだ。

 今日、この場にいるわけがない。


「くっ! 例え何か仰られていたとしても、実際にお召し上がりになれば、俺たちの料理の良さが分かるはずだ!!」

(ここのひとたちの料理が良かったとしても、心意気が悪いのよね……。ヴァレアキントス殿下はそれをご存知だから、お料理を口にされるときの心境も複雑でしょうね……)


 リコリスは料理人の変わらぬ態度に呆れつつも、王子の料理をワゴンに並べて、シウと共に王子の私室に向かう。

 彼女たちの後ろには、公爵のための料理乗せたワゴンを運ぶ料理人がついてきていた。

 公爵の料理は一種のコース料理の形式にそったメニューのようだが、どうやら料理はまとめて運ぶようだ。


(自分たちで配膳するつもりかしら? でも、彼が同室すると王子が怯えそうね……。どうするつもりなのかしら……)


 王子の部屋に近づくと、扉の前に公爵侍従のジオラスが立っていた。

 ジオラスに配膳について相談しようとリコリスが考えていると、彼はワゴンを運ぶ料理人を一瞥すると、料理人に戻るように指示を出す。


「ご苦労様。あとはこちらに任せて欲しい」

「なっ! 公爵閣下への給仕係は必要なはずだ!」

「それをやるのは、自分でも構わない。ここには主である公爵だけではなく、王子殿下もいらっしゃる」

「それがどうしたと言うんだ!!」

「どうした、だと? その態度、なんとか出来ないものだろうか。お前たちは、仕えるべき相手を無視しているだろう? そして、いかに自分たちの料理がどれだけ優れているかを、我が主に主張してばかりじゃないか。主はそれが大変ご不快でいらっしゃる」

「ぐ……」


 不快と言う言葉ほどヴァレアキントスに似合わない言葉はないだろうと、リコリスは内心でツッコミをする。


「毎度毎度、そう連絡しているはずだが、どうやらきちんと伝わっていないようだ。誰に正式に抗議すべきだろうか……と」

「分かった! 分かったからあとはあんたに任せる!! これはランチの献立表と説明だ! ちゃんと説明するんだぞ! いいな!?」


 料理人は紙を侍従に押し付けると、ワゴンを置いて、抗議話から逃げるように足早に去って行った。


「逃げるのが早い……」

「……嵐のようでしたね」

「いつもこんな状態だ。そろそろ料理だけでなく、使用人としての態度も学ぶべきだと思うが」


 侍女侍従の三人は、揃って溜め息をついた。


「公爵さまの給仕担当は、離宮の使用人の仕事ではないのですね」

「ああ。王子殿下のお気持ちを考慮した結果、離宮の使用人は外すことにしている。主と二人で話がしたいだろうからな」


 だからジオラスが扉の前で待っていたのかと、彼女は納得する。


 恐らく、かつて使用人たちが公爵の目の前で二人への対応の差をアネモスに露骨に表したのは、料理に限らないのかもしれない。

 そうした態度を問題視した公爵が、少年の心を無闇に傷つけまいと考えて、使用人たちを遠ざけたと考えるのが自然だ。


「なるほど……。お料理をまとめて運んでいる理由も、彼らを近づけさせないためですね」

「ああ。料理はコースの順番通りにお出しする予定だ。王子の方も……一緒にお出しできるようになっているな」

「はい」


 時は公爵が離宮へやってきた頃まで遡るが、ジオラスは料理についてある事柄をリコリスへ相談していた。

 それは、アネモスの料理はプレート式ではなく、品目ごとに提供できるようにして欲しい、というものだった。

 アネモスとヴァレアキントスが同じスタイルで食事が出来るように、配慮したのだろう。


 ジオラスが公爵の侍従だという理由も、気遣いの理由のひとつでもあるのだろう。

 それでも、一介の侍従に過ぎない彼がアネモスを気遣う内容からは、王子が公爵以外の人間からも気にかけられている存在だということが分かる。

 もしかすると離宮内にも、陰ながらアネモスを支えようとしながら働いている者がいるのかもしれない。


(いまの王子ほどではないにせよ、私が王妃だった頃、味方はそう多くなかったわ。でも、数が少なくとも味方になってくれていた人たちに対して、私は自分から助けて欲しいと声をあげなかった。いつも助けになってくれていた、ヴァレアキントス殿下にさえ……)


 アネモスを手にかけるにせよ、かけることを諦めるにせよ、いずれにしても悪魔に復讐を誓ってしまった自分は、彼の味方になることは出来ないだろう。


(だからこそ、王子には……ヴァレアキントス殿下だけでなく、少しでも多くの味方のもとで、少年が健やかに過ごしてほしい……)


 彼女はようやく、王子を傷つけたくないことに気付かないふりをしていたことを、強く自覚し……。


(そうだわ。私は、王子に成長して欲しいと、そう思っているんだわ……)


 そして、復讐を決意したことを、今更ながらに後悔した。

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