2-05b話:公爵再来2

(復讐相手でさえなければ、とても良いお勤め先なのでしょうけれども……。他の使用人たちはそうも思っていないのよね……)


 リコリスは、子どもである王子よりも圧倒的に振り回されている存在がある。

 離宮勤めの使用人たちによる、無駄に高いプライドと偏見からもたらされる面倒な人間関係だ。

 その上、まさか使用人になってまで、王子を巡る王妃と公爵の派閥争いの一環に関わることになるとは、彼女も思いもよらなかった。


 いま使用人たちは洗濯物騒動の影響か随分と大人しいようだが、いつまたリコリスと対立を始めるか分からない。

 関わらなくて良いはずの人間関係の対立関与せずにはいられない状況に対し、彼女は内心で溜め息をついた。


「良かったな、アネモス」

「えへ……」


 リコリスが内心で使用人たちに対して辟易とする中で、彼女の答えを耳にしたアネモスから柔らかい声が聞こえてくる。


 ヴァレアキントスがアネモスを抱き上げて頬を寄せると、少年は恥ずかさの中に嬉しさを潜めて微笑む。

 やはり二人の絆の深さは、誰が見ても血の繋がった本当の親子のように見えるだろう。


「うん。前よりも顔がふっくらとしてきたね」

(え? 数日の食事で変わるものかしら?)

「うーん? 分かんない」


 アネモスがキョトンとした表情で首を傾げると同時に、リコリスも内心で首を捻っていた。


「前がとても痩せこけていたからね。それに少し体重も増えたかな? ……ご飯は美味しいかい?」

「おいしいよ! あとね、どうぶつがかいてあったりして、すごいんだよ?」

「そうか。良かったね。……本当に、良かった……」


 アネモスを強く抱きしめた公爵は、どこか感慨深い表情で呟いていた。

 普段受けることのない温もりを一身に受けて嬉しそうにはにかむ王子を、公爵は慈しむように接している。


「もっと沢山食べて、大きくなりなさい」

「うん。あのね、ちょっとだけ、食べられる量がふえたんだよ」

「そうか。アネモスは頑張っていて偉いな」


 抱き上げていたアネモスを公爵が降ろして頭を撫でると、王子は名残惜しそうに叔父を見上げた。

 少年は小さな我が儘さえ口にしようとしなかったが、叔父の服をぎゅっと握り締めて離れがたい様子を見せている。


「今日はおじうえ、ごはんいっしょにたべる?」

「ああ、もちろんだよ。アネモスと一緒にご馳走になるからね」


 公爵が多忙でありながらも時間を割いてまでやってきたのは、アネモスの様子を確認するためだけではない。

 今日は朝から夜まで王子と過ごす予定で、彼と交流するための訪問でもあるようだ。


 こうした交流の積み重ねを幾度も得て、アネモスは公爵を誰よりも信頼しているのだろう。

 かつて王妃だった頃の公爵の気遣いに助けられたらことを思い返したリコリスは、同じ国王に見放された者同士として、少し王子に同情心を向けるのだった。


「おじうえのごはんは? ぼくとおなじ?」

「私のは……」


 甥と叔父の二人組が揃ってリコリスの方へと振り向き問い掛けたため、彼女は一礼をして答える。


「ご安心ください。王子殿下のお料理は私がお作りいたしますが、公爵さまのお料理は料理人たちが腕を振るいます。名誉挽回するそうです」

「え……? あ、そう……。そうなんだね……?」


 彼女は職務放棄した料理人たちの影響で王子の料理を用意することになったが、それは例外だ。

 たかが一侍女に過ぎない自分が公爵……それも王弟という立場の人物の料理まで作ることを許されるとは思えなかった。


 念のため今日の予定を確認をしたところ、公爵に提供せれる料理は確かに料理人たちが調理することになっており、彼女は非常に安堵する。

 以前のヴァレアキントス自身による情報によれば、料理人たちは彼に対しては豪華な料理を提供していたようだ。

 任せても下手なものは用意しないと考えられるため、問題ないだろう……と彼女は思った。


 なお、名誉挽回と言う台詞は、リコリスが朝食を作りに厨房に訪れた際に、早くも盛り上がっていた料理人たちの会話から入手した情報だ。

 気を利かせてきちんとしたものが提供されることを公爵に伝えたつもりのリコリスだが、彼女の予想に反して彼は何故か遠い目をしてしまった。


「それは残念だな……」


 一体どれほど豪華なランチになるのかを考えて、早くも胃もたれを起こしているのか。

 それとも、はたまた別の理由なのか……。

 リコリスには、しょんぼりとした表情でいる公爵の複雑な感情を読み取ることが出来ない。


「ぼくのと同じじゃないんだ……」


 そしてアネモスも、余程同じ料理をヴァレアキントスと共有したかったのだろう。

 叔父と同じ料理ではないことを残念に思ったのか、王子も寂しそうな声で呟いていた。


「……?」


 予想外のふたりの反応に困惑するリコリスの様子を、彼らの後ろで公爵侍従のジオラスが複雑な眼差しで見守っていた。

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