2-04b話:呪いを加速させる毒の存在2
「それも、随分と王子に慕われているようだな。子を失った癖に子どもの扱いの上手いお前には、簡単なことだったようだ」
突如としてリコリスの前に現れた彼は、皮肉な笑みと共に、挑発に満ちた発言を彼女へ向ける。
「あなたも、よくこんな場所にもぐりこめたものね」
「お前も知っていると思うが、ここの警備はずさんだろう? この程度の場所に紛れ込むなど、造作もない」
「その調子で、五年前も私の前に現れたのね?」
「そう睨むな。誰のおかげでここに潜入できたと思ってるんだ? 王宮から失踪したお前だけの力では、この土地に舞い戻ることは出来なかったと思うがな」
「……」
鼻で笑う悪魔を、リコリスが睨みつける。
「潜入は上手くいっている癖に、暗殺には手をこまねいているようだな。隙はいくらでもあったと思うんだが?」
「たしかに隙はあったわ。でも、それで捕まってしまったら元も子もないでしょう? 王と王妃への復讐なんて、叶えられなくなるわ」
「考えなしに俺と契約したわけじゃないようだな。そこまで考える頭はあったか」
「もちろんよ」
「はっ。どうだか。もしかして……絆されたんじゃないか?」
「……」
思いもよらぬ悪魔からの指摘に、彼女は困惑し、押し黙ってしまった。
(絆される……? 私が? 確かに、王子とレンデンスの姿を重ねてしまうことはあるけれども……。でも、絆されているのかしら……?)
「まだお前に復讐する気があるのならば、くれぐれも王子に絆されるなよ?」
(そう……ね)
「これを受け取るがいい」
悪魔は、リコリスに向かって小瓶を放り投げる。
彼女は慌てて空中で受け取り、中身をかざした。
小瓶の中には、彼の瞳と同じ赤紫色の液体が中に込められている。
毒々しい彩りと嫌な予感のあまりに、小瓶を手にする彼女の怖気が走った。
「これは……?」
「なんだと思う?」
リコリスの問いかけに、悪魔が悪意の込もった笑みを浮かべて質問を返す。
(だいたいは、予想がつくけれども……)
「毒は、私が犯人だとバレるわ。後々のためにも、使いにくいのよ」
「はっ。こいつはな、そう言う言い訳をするお前のために、俺が特別に用意したんだよ。こいつは、王子にしか効かない、遅効性の毒だ」
「王子にだけ……?」
あまりにも都合がよい毒の存在といまいち信用ならぬ悪魔からの言葉に、リコリスは問いかけた。
「そうだ。じわじわと全身に呪いを広げる効果がある。誰がどう見ても、呪いの影響にしか見えないだろう。特に、
あの呪いによる痛々しい痣が、まだ幼くか弱い体の全身に広がる……。
アネモスの全身が呪いに溢れ、苦痛に抗う姿を想像してしまったリコリスは、恐ろしさのあまりに体を震わせた。
(なんて……なんて恐ろしい代物なの……)
初めて離宮に訪れた日、アネモスは苦しみに耐えて、公爵に辛さを訴えていた。
その時と、いや、その時以上の苦しみを、王子が味わうことになるかもしれない。
亡き息子のためならば、悪魔と契約できる……そう思っていた自分が浅はかだと思うほどに、残酷な仕打ちだ。
(あの時ですら、王子は苦しそうにしていたと言うのに……)
レンデンスの色によく似たアネモスの瞳が、苦しみに溢れながら、彼女に助けを求めるかもしれない。
いや、もしかしたら、リコリスが毒を混入したと知れば、王子は彼女を絶望に溢れた瞳で見つめるだろう。
そんな場面を想像したリコリスの心臓が、早鐘を打ち始めた。
(復讐のためなら、なんだって出来ると思っていた……。でも、私はまだ……覚悟できていなかったんだわ……!)
リコリスの心境を知ってか知らずか、悪魔は笑いながら小瓶を指さし、効果を語り続ける。
「呪いにかかっている奴にしか効かない毒薬だ。毒見を通しても、すり抜けることが出来る。信用ならないのなら、いまここでお前に飲んでもらっても構わないんだぞ?」
「……」
小瓶の中を見つめるリコリスの手は震える。
いまになってリコリスは、いまだ覚悟が出来ておらず、揺らいでいることを強く自覚し始めた。
「ああ、だめだな。よく考えてみると、お前が飲むと少なからず影響が出る」
「え?」
「お前は姿を偽るための
他の誰にも被害を及ぼさないが、アネモスと自身にだけは効果を発揮する毒……。
――復讐を成すか、自害するか。
まるで、その二択を迫られたように感じたリコリスの手が、先ほど以上に震える。
「そろそろもう一人の王子付きの侍女が、お前のことを探しにくるんじゃないか? バレないうちに、早く戻るがいい」
「……そうね」
「くれぐれも、お前の役目を忘れるなよ。お前が何故、ここにいるのかをな」
「分かって……いるわ……!」
リコリスは顔を真っ青にして言葉を詰まらせると、悪魔から受け取った小瓶をポケットにしまい込んだ。
(ダメだわ……! 私は……私は本当は、何も覚悟できていなかった……!)
そして、本来の目的の清掃道具を取り出すことを忘れて、部屋を飛び出した。
(いまになって、
姿を偽り続ける一児の母の姿を見送った悪魔が、ひとりほくそ笑む。
「暗殺に耐え切れなくなったら、お前がその毒を飲んで自害する……という手も取れるだろうな」
闇の中で、赤紫の瞳が毒々しく光る。
「だが毒を飲んだ時、
悪魔がそう呟くと、部屋には誰もいなくなった。
「女神の祝福を受ける王族なんぞ、滅びてしまえ!!」
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