2-04a話:呪いを加速させる毒の存在1
侍女の洗濯物騒動から数日後……。
王子を積極的に虐げようとしていた使用人たちの動きは、鈍くなっていた。
何があったのか、大人しく洗濯もすべてきちんとしているようだったが、王子の料理だけは変わらずリコリスが作り続けている。
(味方がいることが、こんなに頼もしく心強いと思うのは……久しぶりね)
シウが補佐していることもあって、初日に予想していたよりも随分とやりやすい環境でリコリスは働いていたが、彼女は内心で苦笑する。
リコリスは、シウと共に王子の部屋まで作ったばかりの料理を運ぶ。
そこから先は、リコリスだけの仕事場だ。
シウはまだ、王子と顔合わせをしていない。
彼女自身は呪いに関して気にしてはいないようだが、立て続けに人見知りのある王子に紹介するのは憚られたからだ。
リコリス自身も、初対面のときは公爵の影に隠れられて、怯えられていたのだから。
部屋の扉を開き、リコリスだけが料理を持って中に入っていく。
部屋の外にいるシウが扉を閉じると、室内には部屋の主であるアネモスと二人きりになった。
(でも、補佐が入ったことで、ひとの眼が増えてしまった……。暗殺がやりにくくなったわ)
部屋にやってきたリコリスを見つけた王子は、ぱぁっと目を輝かせて彼女のことを待ち受けていた。
(それに……思ったよりも、この子に懐かれているのよね)
彼女は補佐が入ったことを暗殺出来ないことの言い訳にしているが、少年のあどけない笑顔を見るだけで、彼女は自らの決意が簡単に揺らいでしまうのを自覚する。
レンデンスが生きていたら、このくらいの歳だったであろう少年の健やかな姿を眺めているときに、ふと我が子の復讐を思い返す。
そのたびに、彼女は心がズキリと痛む気がしていた。
(このままでは、決断が鈍る気がするわ……)
すでに揺らいでいる決断に見てみぬふりをしながら、リコリスは食事の準備を済ませた。
いつものように、まずリコリスが味見をする。
「はい。問題ありません、王子殿下。お召し上がりください」
「うん、ありがとう」
そのあと彼女がアネモスにスプーンを差し出して食べさせてあげる光景は、定番化してしまった。
いまさら撤回することもできずに、彼女は渋々と……そして気持ち半分だけ、温かな気持ちで、料理を乗せたスプーンを少年に差し出す。
普段は寂しそうに耐えている少年が、この時ばかりはニコニコと微笑みながら料理を咀嚼する。
「美味しいですか?」
「うん。今日のごはんも、おいしいよ」
そんなアネモスの姿を見ているだけで、彼女は思わず気が緩んでしまいそうな気がした。
「だいぶお召し上がりになられるようになりましたので、少しずつ量を増やしてまいりましょうか」
「ありがとう、リコリス」
「……恐縮です」
王子が自身を慕って向けて来る笑顔に耐えきれず、彼女は顔をうつむけて応える。
ふとその瞬間、アネモスの左半身につけられた呪いの痣がリコリスの眼に映った。
(そう言えば……ここに来た時に見てからと言うものの、この子の呪いによる発作は前に見たときよりも軽いものに見えるわ)
軽度と言えども、咳と痛みによってアネモスが酷く苦しんでいることには変わりはない。
それでも、少しでも症状が軽くなっていることに、リコリスはどこか安堵していた。
(以前、あそこまで酷かったのはなんだったのかしら? 悪魔の気まぐれによるもの?)
その呪いをかけた当事者である悪魔も、いまのところ彼女の前に姿を現していない。
アネモスが食事を終えたあと、リコリスはトレイを下げるために部屋を出る。
部屋の外にはシウはいない。別の仕事をしているのだろう。
一度厨房に向かって食器を洗うと、リコリスは部屋の掃除を済ませようと、清掃道具が仕舞われた部屋に向かう。
そして部屋の中に入り、ほうきを探すために視線を彷徨わせていると、ふと赤紫の髪が彼女の眼についた。
「へぇ。うまく潜り込めてるじゃないか」
「……っ!?」
見覚えのある、毒々しさのある赤紫色の髪と、瞳の持ち主――リコリスに偽りの姿を施し、離宮に送り込んだ張本人である悪魔が、掃除用具管理室に潜んでいた。
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