2-03a話:忌まわしき焼却炉1

 王子の食事が終わると、リコリスは食器を下げた。

 その後は、昼食の準備に取り掛かる前に、隙間時間が生じることになる。

 彼女は離宮内の位置関係を出来るだけ把握しようと、辺りを見回しながら廊下を歩き回り始めた。


(敷地内をまんべんなく歩いてみると、思ったより広いのね。それに……使用人の数も随分と多いわ)


 ふと窓の外を見ると、離宮を守護する騎士と侍女たちが複数人も、呑気に語り合っている姿が目につく。

 近くでは、木陰で居眠りをしている者も見受けられる。

 彼をよく観察してみると、昨日厨房で酒盛りをしていたのと同じ顔触れだった。


(人数が多い割には、真面目に勤めてないひとばかりね。こんなにも人員が必要なのかしら。これではまるで、不良の溜り場だわ)


 一通り見回りをした彼女は、アネモスの部屋の清掃に取り掛かるために掃除道具を探しに戻る。


「あ……。あのひとは……」


 すると、先日リコリスをリネン室に案内した侍女が、洗濯籠を持って室外に出るところを発見した。

 洗濯籠は、朝にリコリスが王子の着替えを放り込んだ籠と同じ形状をしている。


(よかった。ちゃんと洗濯をしてくれるようね。あの衣類だけは管理が別になっていたから、放置されるのかと思ったけど……あら?)


 しかし、どうにも侍女の様子が不自然に感じたリコリスは、先ほど把握したばかりの離宮内の位置関係を脳内で描き出した。

 最初は洗い場に向かうと思われた侍女だが、全く別の方向へと歩いているようだ。


(この方角には洗い場はなかったはず。洗濯をしに行くのではないの……? それなのに何故、洗濯籠を持っているのかしら……)


 侍女の様子が気になったリコリスは、彼女の後を隠れて尾行することにした。


 侍女は建物から出て、裏手に回ったと思うと、次第に薄暗くひとけの少ない場所へと向かっていく。

 その場から記憶にこびりつくような陰気な気配を感じ、怖気が走ったリコリスが足を止めた。


「ここは……」


 侍女が辿り着いたのは、リュンヌだった頃のリコリスにとって、最も因縁深い場所。

 いまだその姿が目に焼き付いて離れない、赤子の焼死体を発見した……忌まわしき焼却炉だった。


「あ……」


 動悸が早くなっていくのを感じたリコリスは、胸に手を当てて近くの壁に手をついて侍女の行動を凝視する。


(どうして、こんなところに……!?)


「今日はいつもより少ないわね? まあいいわ。こんな薄暗いところに長居したくないし、手早く済ませましょ」


 リコリスが遠目で監視する中で、侍女は独り言ちると焼却炉に王子の衣類を籠ごと放り込んだと思うと、慣れた手つきで焼却炉に火をつける。


「……っ!」


 かつての事件を思い返し、声にならない悲鳴をあげた。

 その炉には、かつてリュンヌが大切に想っていた我が子がいるかもしれない……。


「やめ……!」


 忌まわしい記憶を思い返した彼女の体が、震えている。

 そう錯覚した彼女だが、恐怖のあまりに体が動かせずにいた。


「あとはふつうの衣類を洗濯をしないと。はぁ。いつまでこんな面倒なことをしなきゃならないのよ。呪われ王子の専属侍女が来たんだから、あの女にやらせればいいのに」


 侍女は不満を漏らすと、一仕事終えたように清々しい顔をして建物内へと戻って行った。


 焼却炉付近に残されたのは、リコリスだけ。


「やめて……」


 焼却物が轟々と燃え盛る様子が、炉から見え隠れしている。

 炎の揺らめきが激しくなる様子を見ていたリコリスは、その中にまだ幼かった頃の我が子が目の前で放り込まれてしまったように感じて……。

 荒くなっていく呼吸と共に、焼却炉に手を伸ばす。


「ロゼル……ッ!」


 リコリスがレンデンスの愛名を叫んびかけたその時――


「あの……。具合が悪そうですが、大丈夫ですか?」


 見知らぬ侍女が、リコリスに声をかけた。

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