1-14b話:毒見2

「作った本人が毒見をするのは意味がないが……。今後も他に毒見する者がいるとは限らない……とすると、彼女がやるのが無難か。調理中に不審な点は見られなかったから、彼女自身に任せても問題ないだろう」

(やっぱり……監視されていたのね……)


 ジオラスの言葉に、リコリスは内心で胸を撫で下ろす。


「はい。ですので、公爵さまがお毒見をされなくとも宜しいかと」

「う、うん。毒見はそうだね。でも、アネモスは私と食べたいだろう?」


 残念そうな表情で問いかける叔父に、大人たちの応酬を興味深そうに眺めていた王子が答えた。


「……おじうえといっしょがいい……」

「そうだよね……!」

「……で、でも…………ぼくたべる」


 王子はどうやら、食べたそうにしている叔父と賑やかな大人たちの影響で、食欲が沸いてきたようだ。


「……そうか。うん。食欲があるようで良かった」


 何故か少し残念そうな表情になった公爵が、王子を椅子に導く。


「じゃあまずは、何から食べようか?」


 自身も侍従が引いた隣の椅子に座って、アネモスにニコニコと話しかけた。


「え、マナーは?」

「品数も少ないからね。今日はお勉強は抜きで、好きな順番で食べようか」

「じゃあ、うーんと……うんと……。スープ?」

「それじゃあスープを……」

「公爵さま、失礼します。お先に一口、失礼いたします」

「あ、ああ。そうだったね。お願いするよ」


 叔父とその甥の二人組のテーブルにリコリスが近付き、ジャガイモのポタージュをスプーンで掬う。


「問題ありません。味も、味見した時から変化ありません」


 彼女がポタージュを一口味わい、音を立てて飲み下すと、ジオラスが頷いた。


「見届けた、問題ない」

「では王子殿下。お口を失礼しますね」


 リコリスはそのまま二匙目をスプーンに掬い取ると、王子の口元に運ぼうとしたが……。


「え……」


 スプーンを受け取ろうとした体勢で、きょとんとした目でリコリスを見つめ返す王子の姿が、彼女の眼に映り込む。

 その瞬間に、リコリスは自分が何をしようとしたか自覚した。


「……! 失礼しました!」

(わ、私ったら……! もしこの子がレンデンスだったらと思いながら見ていたものだから、つい……」


 彼女が慌ててスプーンと頭を下げようとした。

 しかし、王子が静かな声でおずおずと口にした言葉によって、彼女の動作が静止した。


「ううん、たべさせて……ほしいな」

「え……ですが……」


 顔を上げて戸惑うようにアネモスを見ると、彼が小首を傾げて問いかける。


「……ダメ?」

「……ダメではありません……が……」


 今度はリコリスが公爵に向かって許可を得るように視線を投げかけると、彼は問題ないとでも言うように頷いた。


「そ……それでは……」

(……今はまだ、命を狙うときではないわ……!)


 復讐すべき相手の口元に、直接食料を運ぶ。今こそ間違いなく、容易く命を狙うのに絶好の機会だ。

 しかし、その行為を相手自身に求められた彼女はと言うと、ボロを出さないか、失態を晒してしまわないか……。

 それらばかりが頭の中で巡り始め、これ以上ない緊張感を覚えながら作業に集中していた。


 王子の唇にスプーンが当たる。小さな口を開き、命を狙う者が流し込む液体を抵抗なく受け入れようとしている。

 彼女からすると緊張感に溢れた場面であると言うのに、スープを飲み込んだアネモス自身の反応と言えば……。


「あたたかくて、おいしいね……えへ……」


 彼女にとって自分が宿敵であるとも知らずに、少年はふんわりと微笑んで、涙を溜めた瞳を潤ませている。

 心から美味しいと感じていることが分かる、安心感からもたらされる純粋な表情だった。


 彼の様子を目にした瞬間、彼女はこれまで以上に胸が激しく痛んだのを感じた。

 左手を胸に当て、失ってしまったネックレスを無意識に手で探し求めていた。


「リ……リコリス? どうしたんだい?」

「……え?」

「君、涙が……」


 ぎょっとした表情の公爵に問いかけられて、リコリスは気付いた。

 彼女自身も、知らず知らずのうちに涙を流していたことを……。


「し、失礼いたしました……!」

(ど、どうして涙が……!)


 続けて引き起こしてしまった失態に、リコリスは顔を伏せて誤魔化そうとする。

 しかし、涙はポロポロと後からとめどなく流れ続ける。


「も、申し訳ありません……!」

「……今日はよく働いてくれたね。少し休んでいると良いよ」


 公爵は労わるようにリコリスを優しい眼差しで見つめて言った。


「し、しかし……」

「良いから。アネモスも良いだろう?」

「……うん。すこしおやすみして? おいしいごはんを作ったから、つかれたんだよね?」


 侍女としての務めを中断し、零れ続ける涙を止めようとする彼女を、この場にいる者たちは咎めない。


「有難う、ございます……」


 代わりにジオラスが毒見を引き受けるそばで、彼女はただ困惑しながら涙を止めようと必死になった。

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