ゼロとマイナスとプラス

ヘイ

ゼロとマイナスとプラス

 

「…………ままならねぇなぁ」

 

 普通に生きていれば友人は出来るものだと思っていた。当たり前に学校に来て、当たり前に過ごしていれば気の合う様な友人の一人や二人。

 

「あ、リア充発見。唾飛ばしたろ」

 

 そんな悲しくなる様な遊びをしていれば突如として俺の背後から大きな音が響いた。

 予期しない音。

 そもそも、予想していない。

 

「…………ちっす」

 

 ここに誰かが来る事など。

 

「なんで、ここにガキが居んだよ」

「……それを今来た人が言いますかね」

 

 スーツ姿。

 片手にタバコの箱。既に一本を取り出しかけている。

 

「立ち入り禁止だろ」

「……安東あんどう先生、学校内禁煙ですけどね」

「だから屋上に来てんだろ」

「屋上も学校の敷地内なんすけど」

「人が居ねぇからな」

「俺が居るでしょ」

 

 お互いにこうして話すのもほぼ初めてだ。

 

「お前、立ち入り禁止の屋上に入ったの黙っててやるから」

 

 カチッ、カチッと音がする。

 

「オレのも黙ってろ」

「脅しかよ。碌な大人じゃねぇ」

「約束は守るタイプだからマトモよりの大人だわ」

「なら禁煙守ってくださいよ」

「…………黙ってろ」

 

 煙を口から吐き出す。

 

「で、何か悩みか? ただの昼飯か? 飯ならガキ同士で仲良しこよしで食ってろ。態々ここに来んな」

「悩みあったら相談して良いんですか?」

「ん? あー……止めろ。オレに相談すんな。お悩み相談教室とかあんだろ」

「オイ」

「ま、でも愚痴くらいなら聞いてやる」

 

 別にこの人に愚痴を吐くほど困窮はしてない。

 

「どうやったら、こっからリア充の頭に的確に唾を当てれるかってとこですかね」

「オレに聞くな、ンなモン。数撃ちゃ当たるんじゃねーの?」

「期待してなかったんで、全然良いです」

 

 最初からマトモに答えるとも思ってなかったから。

 

「お前なぁ。先生に対するケーイが足りないね〜ぇ」

「尊敬される要素を確実に崩してってんのは安東先生ですけどね」

 

 屋上の柵に寄りかかりながらタバコをふかす先生を横目に見る。

 

「そだ。なぁ、オレの目下の悩みを聞いてくれねーかな、渡会わたらい

「何で俺の方がお悩み相談教室になってんですか」

「屋上に居たからだろ」

 

 コイツ、校長にチクって……ってなったら俺も何で屋上に居たのかって話になって面倒になるか。

 

「お互い、弱味を握ってるからな」

 

 分かってるだろ、と言いたげな。

 俺に何ともない様な顔を見せて言う。

 

「で、悩みってのは?」

 

 先生はタバコを携帯灰皿に押し付け、完全に消えたのを確認してから吸い殻を入れて蓋を閉じ、ポケットに戻す。

 

「オレの姉貴の旦那の兄の娘が……」

「ちょっと遠いっすね。あとややこしいです」

「じゃあ、姪っ子だ。姪っ子がちょっと不登校気味でな」

 

 それで済むなら最初からそれで言って欲しかった。

 

「そうなんすね」

「オレは姪っ子に『ヤニカス臭さい、オジさん。入ってこないで!』と言われちまってな」

「おおっ」

 

 思わず感心してしまった。

 

「少し傷ついちまってな。年頃の娘の言葉はどうにも突き刺さって抜けないんだ」

 

 胸の辺りを押さえて、顔を歪める。

 

「で、それがどうしたんですか?」

「……まあ、ウチの学校の生徒なんだと。姉貴には『アンタ、清秀の教師でしょ。何とかしてあげてよ』って言われてな」

 

 そう言った後で「まあ、姪っ子に拒否られてオレも一週間は放置しててな」と遠い目をする。

 

「何で俺なんです? 男子より女子の方が良いでしょ」

「都合が良かったんだよ。それに、オレが女子生徒と一緒に歩いてたら事案だぞ」

 

 よく分からん。

 

「……それは、まあ。でも、ほら。友達とか」

 

 俺が言えば「オレは夏海なつみの交友関係知らねーし」と答えが返ってくる。

 

「知ってたとして、声かけにくいだろ」

 

 安東先生の心情について、何となくは察せる。

 

「ヤニ臭くなくて、あとオレに弱味握られてるお前が好都合だった」

「俺も弱み握ってますがね」

「……わーってるって。ま、上手くやったら何かしらくれてやるよ」

 

 俺は適当に「はいはい」と返事をすれば、先生は「返事は一回にしとけ」と注意が来る。

 

「じゃあ今日の放課後な」

「は!?」

 

 唐突な話に思わず声を上げてしまった。

 

「いや、オレも暇じゃねーし。今日しかねぇんだよ」

「…………」

 

 教員の忙しさを完全には理解してないが、少しは分かる。俺も言い返せなくなる。

 

「どうせ暇だろ、帰宅部。ぼっち飯」

「勝手に帰りますよ、放課後」

「悪い悪い。いや、マジで頼むから」

 

 掌を合わせて謝罪の言葉を述べてくる先生に、俺は溜息を吐き出しながら「分かりましたよ」と渋々了承を示す。

 

「どうにも出来なくても文句言わんでくださいね?」

「……えー?」

 

 ほぼ押し付けられた様なモンだと言うのに。

 

「────じゃ、頼むわ」

 

 放課後、安東先生に送られて俺は例の女子のいる家の前に来ていた。来てしまった。

 覚悟してインターホンに右腕を伸ばし、押し込む。

 

『はい』

 

 声が聞こえた。

 

「すみません、安東先生に言われて凪原なぎはら夏海さんに会いに来ました……渡会です」

 

 俺の挨拶に後ろから「今は夏海以外居ないからな」と。

 まあ、つまり。

 さっきの対応は凪原夏海本人との事らしい。

 

「…………ふぉりゃああああっっ!!」

 

 扉が開いた瞬間に小さな影が走り出し、一目散に安東先生に向かっていく。

 

「死ねぇええ! ヤニカス星人!」

 

 そして飛び蹴り。

 腹に突き刺さる。

 

「ふぐぅおおおっっ!!?? と、突然……な、に……を」

 

 蹲った安東先生に子供らしく「べーっ」と舌を出し、家の中に戻っていく。

 

「大丈夫すか、安東先生?」

「サンダルでセーフだ。ピンヒールだったら、あの世だった」

 

 何か意外と余裕そうだ。

 

「…………」

 

 俺が先生から視線を外し、家の扉の方に目を向ければガチャリと小さく扉が開く。

 

「入らないの?」

 

 入って良かったのか。

 

「安東先生、入っても────」

 

 俺が振り返って言おうとした瞬間に「ヤニカスは入れない」と宣言する。

 

「お邪魔しまー……す」

 

 恐る恐ると言った感じで家の中に上がる。 

「あの、凪原さん……本当にいいんですか?」

「オジさんがパパとママに事情は説明すると思うので」

 

 実際は安東先生も嫌われてる訳ではないんだろう。

 気を許してるが故の、と言う奴か。

 

「いや、俺がこうして家に上がるのって……」

「…………? オジさんが連れてきてるから、大丈夫だと思った」

 

 ああ、そう言う。

 

「もうそれで良いや。そのオジさんはここに居ませんけど」

 

 俺は居間に案内され、椅子に座る様にと言われるがまま。

 

「お茶です」

 

 ペットボトルから注いだお茶が差し出された。

 

「どうもです。あの、それで」

 

 話なんですけど、と俺は彼女が椅子に腰を下ろすのを見ながら口にする。

 

「……学校の事?」

 

 俺は頷きを返す。

 

「行きません?」

「ヤダ」

「何でですか?」

「疲れたから」

「何に、ですか?」

 

 勉強に疲れるのも分かる。

 俺だって「少しくらいサボっても……」とか考えた事はある。

 

「人間関係」

 

 ただ、凪原さんはそうじゃなかった。

 

「渡会……さん?」

「ん、ああ、はい。渡会です、合ってます」

 

 今度はしっかりと名前を呼んで尋ねてくる。

 

「渡会さんは疎外感とか、ない?」

 

 それはもうビシビシと。

 

「……私は、それがイヤ。少しでも違えば仲間外れ。独りぼっち。陰で笑われる」

「……少し、考えすぎじゃ」

「だって、私じゃない誰かがそうされてた」

 

 俺は少しだけ考え込んでから、一つ質問を返した。

 

「そうされてた人達はどうなりました?」

「…………」

「学校に居続けてませんでした?」

 

 俺の言葉に凪原さんはキマリの悪そうな顔をする。

 

「…………」

「凪原さん、その人達はそうする人も居ましたけど……ちゃんと一緒にいてくれる人も居たんです」

 

 俺とは違って。

 俺はゼロで終わってる。その人にはプラスもマイナスもゼロもいる。凪原さんはゼロとマイナスだけの世界を想像してしまった。

 

「……私、には」

 

 居ない。

 そう言い切ろうとした凪原さんの声を遮って。

 

「なら、俺でも良いですので」

 

 彼女に一人でもプラスが居たのなら、少しは踏み出す勇気が出るのかもしれない。

 嫌なら、無理にとは言わないが。

 

「……お、どうだった」

 

 家の外に出れば、先生が待ってた。

 

「どうにか」

「そりゃ良かった。類友って奴だな」

 

 類友。

 友人。

 それを考えれば少しくらいは感謝しても良いのかもしれない。

 

「────おはようございます、凪原さん」


 後日、俺は約束通りに凪原さんを迎えに行く。


「おはよう、渡会さん」


 凪原さんの胸には一年生用の赤いリボン。


「一年生だったか……」


 そんなどうでも良い呟きが漏れた、夏の日の朝。

 

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ゼロとマイナスとプラス ヘイ @Hei767

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