【ショートショート】こんにちは。ぼくモラいもんです。
キサラギトシ
こんにちは。ぼくモラいもんです。
こんにちは、ぼくモラいもんです。
ぼくはスズキさんっていうおウチの棚で生活しているんだ。
まわりにはキラキラしたガラスのコップや、ピカピカした大きいお皿がいるよ。
いつもみんなでお話をしているんだ。
ガラスのコップの名前は、バカラさん。
大きいお皿の名前は、マイセンさん。
ぼくより前からここに住んでる先輩たちなんだ。
バカラさんは、ぼくの本名「ロイヤルコペンハーゲンのティーカップ」は長すぎるから、別の名前で呼びたいって言った。
だからぼくは考えに考えて、バカラさんに言ったんだ。
「ぼくのことは、モラいもんって呼んでね」
ぼくの出身はタイっていう国。聞いたことあるかな?
気づいた時、ぼくの周りにはいっぱい兄弟たちがいたんだ。
兄弟に聞いたら、ここはロイヤルコペンハーゲンの海外工場なんだって。
ぼくはよくわからなくて、どんな意味か聞いてみたんだ。
そしたら「ロイヤル」は王国御用達で、コペンハーゲンはぼくたちの先祖が活躍したヨーロッパの国の首都なんだって。
よく意味がわからないけど、なんだかスゴそうって思った。
ちょっとだけ嬉しかった。
何日か兄弟と話をしていたんだけど、そのうち工場のおじさんがやってきて、ぼくたちを一個一個見たあと、何個かの兄弟を連れていった。ぼくに教えてくれた兄弟も連れていかれた。
だから、別の兄弟に「どこに行ったの?」って聞いてみたんだ。
そしたら「あいつらはC級品だから処分だな」って悲しそうに言ったんだ。
処分ってよくわからないけど、もうあの兄弟には会えないのはわかった。
ちょっとだけ寂しかった。
何日かたって、ぼくは箱に詰められてどこかに連れて行かれた。
ガタンガタンしたり、ゆ〜らゆらしたり。
箱から出されたのは、ずいぶんあとのことだった。
久しぶりに兄弟に会える!ぼくは嬉しくなったけど違った。
そこはお店っていうところで、ぼくはここで売られるらしい。
まわりは知らないカップやお皿ばかり。しかもみんな意地悪だった。
絵がいっぱい描かれているお皿は、
「俺は人間国宝が作った伊万里焼様だ。お前みたいな大量生産品とは違う」
っていばるし、花柄のティーカップさんは、
「私は英国貴族御用達、あなたの国とは格が違うわ。近寄らないでちょうだい」って無視した。
すこし悲しかった。
そんなある日、上品そうなおばあさんがぼくを手に取った。
「あらあら、可愛らしいティーカップだこと」
褒められてとても嬉しかった。
おばあさんはその後、ぼくを買ってくれた。
「贈答用の包装でお願いしますね」と店員に言っていた。
ぼくはやっと、どこかのおウチで活躍できるみたいだ。
とても嬉しかった。
何日かあと、おばあさんはぼくの箱を持って出かけた。
そして誰かにぼくの箱を渡したんだ。
相手の女の人は「こんないいもの、ありがとうございます」って言ってたから、喜ばれているみたいだ。
かなり嬉しかった。
箱が開けられ、ぼくは家族と初めて会った。
優しそうな奥さん、ちょっとコワモテの旦那さん、小さい男の子がぼくをみつめていた。
「この貰いもん、すごくいいね」って奥さんが言った。
ぼくはすごく嬉しかった。
だからぼくは自分のことを「モラいもん」って呼んでもらったんだ。
ぼくはいい食器が収められている棚に入れられた。
「大切なお客様が来たときに使いましょ」って奥さんが言ってた。
やっと活躍できる。ぼくはワクワクした。
でも、出番はなかなかやってこなかった。
バカラさんも、マイセンさんも同じだった。
だからぼくたちは、いつも将来の夢を話し合ってたんだ。
「俺はよぉ、ここの旦那が高級なブランデーとか買ってきた時、俺のキラキラを楽しみながら飲んでくれるのが楽しみだな」
バカラさんは自分のキラキラが誇りなのだ。
「私はね、奥さんが特別なお料理を作ってお客さんを招く時に使ってもらって、いいお皿ね!って褒めて欲しいわ」
ぼくの夢も聞かれたので、ちょっと考えて答えた。
「ぼくは、いつも使って欲しいな。小さい子が水を飲んだり、奥さんがコーヒー淹れたりして、どんどん使って欲しいな」
けど、ぼくはなんだかワクワクしていた。
ぼくはこの家の人の役に立ちたいって思った。
でもチャンスは来なかった。
たまに奥さんが棚を開けるけど「ああ、使うのはもったいないな」って。
僕たちはいつもガッカリしてた。
何日も、何週も、何月も、何年も、ずっと出番はやってこなかった。
あるとき、見たことのない若い男の人が棚を開けた。
誰だろう?と思ったら「母さん、これ使っちゃう?」って言った。
ああ、小さい息子さんがこんなに大きくなったんだ。
ぼくはちょっと嬉しくなった。
でも、その日もぼくたちは使ってもらえなかった。
どれくらいたったのか。
ある夜、棚が乱暴に開けられた。
無精髭で歳をとってたけど、このウチの旦那さんだ、とぼくは思った。
「おい、バカラのグラスどこだ?」
バカラさんの顔が歓喜に溢れた。
「悪いな。おれが一番乗りだけど、お前たちも諦めるなよ!」
マイセンさんもぼくも、バカラさんを笑顔で見送った。
旦那さんが棚に手を伸ばし、バカラさんをつかんだ。
次の瞬間。
旦那さんの手からバカラさんが滑り落ちた。
そのまま真っ逆さまに落ち、ガラスが砕ける大きな音がした。
その後、しばらく奥さんと旦那さんの怒鳴り声が響き渡った。
そして棚はまた閉じられた。
「ねえモラいもん。私たち、使ってもらえる日が来るのかな……」
またしばらくの時が過ぎていた。
僕はマイセンさんとの会話で学び、すっかり大人になった。
「諦めたらダメですよ、マイセンさん。僕は夢を追い続けます」
「……でもね、モラいもん」
彼女は暫し躊躇ったが、結局、何も言わず黙り込んでしまった。
たまに棚は開けられるが、僕たちはもう期待すらしなくなっていた。
そして、また長い時が過ぎた。
久しぶりに棚が開いた時、見えたのは息子さんだった。
もうすっかり大人になっていた。
「母さん、じゃあこれ新居に貰って行くね」
「彼女さんによろしくね。大事に使うんだよ」
彼はマイセンさんに手を伸ばした。
「……どうやらお別れだね。楽しかったよ、モラいもん」
話し相手がいなくなることは寂しかった。
でも同時にマイセンさんが新居で夢を叶えることを願わずにはいられなかった。
僕はモラいもんだ。この家の人がお金を出して買ったわけじゃない。
だったらガンガン使ってくれたらいいのに。
使わないんなら、誰かに譲ってくれればいいのに。
それからどのくらい経っただろうか。
ある日、暫くぶりに家に物音がした。
棚が開けられ、初老の男が俺を見ていた。
旦那さんに似ているけど、少し違う人だった。
「お袋、まだ置いてたんだ、このカップ」
息子さんだ、こんなに歳を取ったんだな。
「大事にしてたもんな。このカップは亡くなった婆ちゃんからの貰いもんだからって」
そうなのか、と俺は納得した。
だけど本当はガンガン使って欲しいと思ったけど。
「これは、お袋のとこに持っていこう」
奥さんはいつの間にか引っ越したのか。だから物音がしなかったんだ。
俺は車に乗せられ、どこかに連れて行かれた。
袋から取り出されると、老婆となった奥さんが桐の箱で眠っていた。
桐の箱なんて、むかし俺にいばってた伊万里焼と同じだな、と思った。
「……それでは棺の中に遺品をお入れください」
俺は奥さんの手元に置かれ、息子さんがぼくの取っ手を握らせた。
「お袋に美味しい紅茶、飲ませてくれな」
息子さんがポツリと言った。目からは水が溢れていた。
「わかったよ。世話になったね、息子さん。マイセンさんにもよろしく」
もちろん彼に伝わってはいないが、話しかけずにいられなかった。
やがて箱が閉じられ、俺はだんだん意識が遠のいていった。
最後に、俺は棚の中でずっと思っていたことを奥さんに伝えた。
ぼくモラいもん。ぼくは奥さんのために、これから一生懸命がんばるよ。
美味しい紅茶、ぼくで飲んでね。
紅いゆらめく光の中、奥さんが微笑んだように見えた。
完
【ショートショート】こんにちは。ぼくモラいもんです。 キサラギトシ @kisaragi4614
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