第43話 祝いの空気と不安な空気。

 視察日から怒濤のように日々が過ぎ去った。

 本日は俺とめぐみの誕生日。

 俺は早朝からケーキを焼き始め、母さんが目覚めてからも盛大な朝食の準備に精を出した。


「自分の誕生日なのに何をやっているんだか」

「それは大好きな彼女のためでしょ。そこは素直に祝ってあげなさい」

「それは分かってるよ。自分で決めた事だし」

「分かっているならいいわ。じゅんはともかく恵ちゃんは結婚が可能な年齢になるし、本気で大切にして心を引き留めなさいよ」

「善処する」

「そこは分かっただけでいいのよ」

「分かったよ」

「素直じゃないわね。誰に似たんだか」

「親父じゃね?」

「そうかもね」

「今、何か言ったか?」

「「なんでも」」


 朝食の準備を終えるとおめかしした恵がリビングに現れた。髪型はいつもの団子、顔は学校の時と同じく薄化粧だった。格好は御令嬢にも見える、淡い色合いのワンピースを着ていた。


(いつの間に買ったんだか?)


 それは俺の見立てではないから本物が服選びに関与していそうな気がする。

 昨日呼び出されて買い物に行っていたしな。

 すると恵が、


「どうかな? 似合う?」


 俺の前に来てくるりとターンした。

 その姿に俺は一瞬ドキッとしてしまった。


「に、似合うぞ。すっげぇ可愛い」

「ふふっ。良かった。それと巡君も誕生日おめでとう。これ、私からのプレゼント」


 恵は顔を真っ赤にさせながら俺に手渡す。


「え? あ、ありがとう」


 これは想定していなかったな。

 プレゼントは少々軽い箱のような物だけど中身がなんであれ嬉しかった。


「だ、大事に使ってね」

「お、おう。後生大事にするな」

「そこまで保つものでもないのだけど」

「そうなのか。分かった。大事に使う」

「そうしてくれると私も嬉しいかな」


 恵は真っ赤なままだが嬉しそうに微笑んだ。

 だが、この時の俺はケーキを作る事に一生懸命で何も用意していない事に気がついた。


「あっ。お返しを用意してなかったな」

「私は巡君の気持ちだけでいいよ?」

「そうか? 悪いな。次こそは用意するわ」


 すると母さんと親父が混ぜっ返しした。


「よく言うわよ。深夜から豪勢な朝食を用意していたくせに」

「そうだぞ。巡の心のこもった朝食こそが恵ちゃんへの最大級のお返しだ」

「え? そうなの?」

「そうなのだろうか?」

「そうなんだよ。素直に祝ってやれ」

「変なところで義理堅いんだから。一体、誰に似たのやら?」

「「俺(親父)だろ?」」

「親子ね。ホント」

「そうですね」


 性格はともかく顔立ちは母さん譲りだが。


「あ、恵も誕生日おめでとう」

「ありがとう。巡君」


 俺は恵から礼を言われると背中を軽く押して席に座るよう促した。


「一応、あちらでも沢山食べるとは思うから少し軽めの朝食にしておいたぞ。見た目は豪勢だけどな。見た目は」

「そうなんだ」


 カートに乗せて作った朝食を置いていく。

 俺手製のケーキは中央に置いたけどな。


「凄い!」

「本当によく作ったわね」


 ケーキは七号サイズを選択した。

 おかずは鶏の唐揚げとタルタルソース。

 ポテトサラダと大盛りナポリタン。

 一口サイズのオムレツとコロッケ。

 主食は山盛りのバターロールだ。

 飲み物は紅茶とココアのどちらかを選ぶ。

 俺は紅茶だけどな。


「食べられなくても、残りは俺が食べるから気にするなよ。恵ちゃん」

「はい。ありがとうございます」


 恵の腹はなぎさ同様に良く入るからこれでも軽めなんだよな。小さな身体の何処に入るのか不思議でならなかった俺である。

 ケーキには蠟燭が十六本挿してあり蠟燭の火は親父が点けてくれた。俺と恵で吹き消して、


「「誕生日おめでとう。二人共!」」

「「ありがとう(ございます)!」」


 楽しく朝食を食べ始めたのだった。

 豪勢な朝食は親父が目を丸くさせるほど、恵の腹に収まっていったのは言うまでもない。


「・・・」

「ごちそうさまでした。巡君」

「おう。おそまつさまでした」


 これでも恵にとっては腹八分目だ。

 それこそ『フードファイターかと思うような食事量だ』と恵が出かけたあとに親父が呟いていたけどな。それは俺も思う事が多々あるわ。

 普段の食事量は抑えめにしているが部屋の掃除に入れば、ゴミ箱に間食の山が垣間見える。


「あの大食いは信次しんじ譲りだな?」

「そうね。信次さんも良く食べていた方だし」

「恵の母さんはどうなんだ?」

「「それ以上ね(だな)」」

「りょ、両親揃って大食いかよ」


 俺、恵の食費のために頑張らないとな。

 何としてでも夢を叶えなければ。



 §



 自室に戻った俺は恵から貰ったプレゼントの包装紙を開けた。


「おぅ。ここでこれを選択するか・・・」


 プレゼントの中身は言葉では表せない代物だった。一応、貰った以上は大事に使うつもりだが、恵が本気で求めている事が理解出来た。


「た、試しに使うか」


 今はそれしか出来ない。

 母さんは自室で仕事中だ。親父は出勤したので家には俺と母さんしか居ない。


「本番でミスらないよう注意しよ」


 それだけは何がなんでも気をつけないとな。



 §



 巡君から祝って貰ったあとの私は木坂きさか家に向かった。その際にちょっとした不安が頭に過った。

 それは、


うたさんの見立てで用意したこの服は喜んで貰えたけど、あのプレゼントで本当に良かったのかな?)


 巡君へのプレゼント。

 それは今晩に向けての準備段階である。


(だ、大丈夫だよね。焦り過ぎてないよね?)


 詩さん曰く「押せ押せで行けば勝てる!」と言われていたのだけど、いざその時になると強烈な不安が先立ってきたのだ。


妃菜ひな先輩も良いものだったと言っていたし、興味はある。でも、大丈夫かな?)


 こればかりは勉強と異なる結果の分からない実践だけに不安に押しつぶされそうになった。

 しばらくすると木坂家本邸へと入る路地が見えてきた。私は頬を叩き、気合いを入れた。


(ああ、ダメダメ。今から気にしてちゃ。折角、お爺さんが祝ってくれるのだもの。今は水を差したらダメだね!)


 たちまちは問題の先送りとなったが、今日は祝い事でもあるので、不安と共に今晩の事を意識の端に追いやった私である。



 §



 お祝いは果物尽くしだった。

 プレゼントは嬉しいような悲しいような例えようのない品だった。一緒に祝ってくれた美柑みかん達は慣れたものなのか苦笑していたけどね。それがお爺さんの祝い方らしい。

 お祝い後は美柑の部屋へと案内され、


「まぁ果物だけでもお腹は膨れるからね」

「そ、そうだね。うん」


 二次会として駄菓子だけのお祝いをしてもらった。気持ちとしては嬉しいけど食べ物尽くしだと流石の私でも堪えるね。

 すると美柑が意味深な微笑みを向けてきた。


「そうそう。これが私からのお祝いね」

「え? あ、うん。ありがとう、美柑」


 美柑からのプレゼントは紙袋だった。

 それは駅前商店街にある下着屋の紙袋。


「いずれ悩殺する日が来ると思うし、それを使ってみたらどうかな」

「悩殺!?」

「驚く事でもないでしょ」

「・・・」


 美柑のお陰で追いやった不安がもこもこと蘇ってきたよ。


「ん? どうかしたの?」

「なんでもないよ」

「そう? まぁ下野しものはかたそうだから、それを用いて和らげていけばいいんじゃない」


 これは経験者としての発言なのかな?


「う、うん」


 私は不安を押し殺しながら頷くだけだった。

 その後は空気を変えるように美柑がゲーム機を持ってきた。ゲーム機と共に妹の柚澄ゆずちゃんも一緒に来たので、精一杯遊んだ。

 それは当然、不安を吹き飛ばすつもりで。


「あー。楽しかったぁ」

「恵に負けたぁ! くやしい!」

「美柑は身体が動き過ぎだよぉ」

「うんうん。お姉ちゃんは動き過ぎだねぇ」

「そういう柚澄だって動いてたじゃん!」

「でも二番だよ!」

「ぐぬぬ」


 この姉妹は本当に仲が良いよね。

 ちなみに、本日の檸檬れもん先輩は祝いの席には居たが、彼氏さんが渡航するそうで空港まで見送りに行っているらしい。

 先輩も叶うなら渡航しようとしていたが翌日から新学期なので渋々と諦めたようである。


「今日はありがとうございました」

「いつでも遊びにおいで」

「はい。ありがとう・・・お爺ちゃん」

「孫が増えて儂も嬉しいからの」

「お爺ちゃん。私達は?」

「勿論、可愛いと思っておるよ」

「「「良かったぁ」」」

「ふふっ」


 そうして帰宅した先輩と、木坂家総出での見送りを受けた私は巡君の家へと帰っていった。


「お帰り。恵」

「た、ただいま。巡君」


 帰ってから巡君の顔を見るとこれから待ち受ける覚悟を思い出し顔が真っ赤になったけど。


「どうかしたか?」

「な、なんでもないよ」

「そうか。夕食が入るようなら何か食うか?」

「うん。いただく・・・あれ? おばさんは?」


 その際に玄関にあるはずの靴が無かった事に気づいた。巡君はバツの悪い表情で頬を掻く。


「親父と共に杜野もりの本邸に呼ばれているんだよ。詩の上の兄が結婚式を挙げてな。その二次会に参列するために今日明日は泊まりなんだと」

「え? と、泊まり? という、ことは?」

「今日明日は俺と恵だけになるな。親父達は明後日に帰ってくるとか言っていたから」

「そ、そうなんだ」


 なんだろう。この妙なお膳立て感は?

 詩さんは空気を読みすぎなのでは?




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