第41話 人知れず解決する事案と。

 杜野もりのさんがじゅん君と親戚だと知った。これには流石の私も驚きを隠せないでいた。


「従姉妹? ふみさんが、従姉妹」

「その節は申し訳ない事をしたわね。愚妹が」

「本当に申し訳なかったと思っています」

「う、うん」


 別に誰が身内で誰が他人かなんてどうでもいいのだけど、既に流したはずの過去の事案が頭に過って混乱したのは言うまでもない。


「ま、色々あるんだよ。色々」

「い、色々?」


 巡君にも納得出来ない部分が少なからずあるようだ。直接的な確執めいたものはないが、


「そ。色々あるのよ。この子の更生もかねて私も一緒に働かせて貰っているけどね!」

「釈放の真相を聞かされて反応に困ったこちらの身にもなれよな」

「それはそれよ」


 従姉妹というには少々馴れ馴れしい雰囲気が二人の間にあった。


「ところでどうしてそんなに喧嘩越しなの?」


 巡君は私に問われるとバツの悪い顔になる。


「あー。いや、こいつとはバカ私学の交流会で会っていてな」

「バカ私学って失礼ね。私は上澄みの方よ!」

「当時のこいつは父親との関係を隠すために母方の姓を名乗っていたんだよ。ところが、だ」

「私も叔母からコレの母親って聞かされてね。当時の私も愕然としたわ」

「おいこら、コレとか言うな」

「文も当時は交流していたのだけど」

「クラスで顔を見るまで忘れてました」

「だ、そうよ。叔母に怒られるって帰ってから泣いていたよね?」

「うっ」


 それで顔面蒼白だったんだ。

 身内だったと知ってやらかした的な。


「あれも結局は私達を成績順から引き摺り下ろそうとした元彼の愚行が招いた結果なのよね」

「お前が余計な事を言わなかったら始まってすらいないだろう。文にも父親にも迷惑かけて」

「だから後悔して更生に付き合っているのよ」

「さいですか」


 一体何があったのだろうね。

 こればかりは私も理解出来なかった。

 ともあれ、それでも人手が出来たので私は店内を走り回って、本日の仕事に勤しんだ。


「一番入ります」

「「あいよ!」」


 この店では一番が休憩、二番がトイレだ。

 三番は何らかの理由で交代が必要な時に発する言葉である。あくまでこの店のルールだが。

 するとホールに居た文さんが、


「さ、三番お願いします」


 慌てて裏に戻ってきた。

 巡君はきょとんとしつつ厨房から顔を出す。


「なんだ? あ、分かった交代する。店長」

「あいよ!」


 巡君はホールに出ると何やら客と口論を始めた。一体何が起きたのやら?

 私は休憩室に入ってきた文さんに問いかける。


「何かあったの?」

「お、大ありです」

「はい?」


 ホールからはうたさんの叫ぶ声も響いてきた。


「変態! 店長、ひゃくとうばん!」

「お? 俺の店でそれが必要な事案だと?」


 今度は店長がホールに顔をだす。

 電子たばこを咥えて厳しい顔で向かった。

 一体、何があったのやら?



 §



 文が三番を発してきた。

 俺は厨房から顔を出し、


「なんだ?」


 挙動不審となっている男性客に気づいた。


「あ、分かった交代する。店長」

「あいよ!」


 そのままホールに移動して挙動不審な客に声をかける。


「お客様、足許の鞄は椅子の上に置いて下さいますか?」

「な、何を、い、いっ、て、いる、んだ!」

「ですから、足許に置いた大きな鞄を椅子の上に置いて下さいますか。このままですと店員の誰かが足を引っかけて、大事な鞄を汚しかねませんので」

「べ、べ、別に、い、い、いい、だろ。お、俺が、ど、何処に、置こうが、か、勝手、じゃない、か」


 どもり過ぎだろうに。

 本当に転けて何かあったらどうするつもりなんだよ。俺は自分勝手な客を一瞥しつつ対面にある棚を指さした。


「でしたら。荷物置きに移していいですか? こちらでしたら好きなだけ置けますから」

「よ、よ、余計な、事を、するな!」

「何故怒鳴るので?」

「うっ。か、勝手だろうが!」


 これは少しおかしいぞ?

 俺は足許の鞄に視線を送る。

 そこから怪しい灯りが見えた。


「お客様。店員の撮影は厳禁に御座います」

「!? な、なんて事を言うんだ!」

「いえ、鞄からレンズが丸見えですけど」

「何!? きっちり隠したはずだ!」

「墓穴、掘りましたね」

「あっ」


 安直なカマかけに乗るとはな。

 すると俺のやりとりを聞いた詩が参戦した。


「盗撮ですって?」

「ひぃ!」

「これよね。鞄・・・検めても?」

「や、やめろ!」

「言われて止めるものでない。あら、録画中」


 詩はカメラを取り出して撮影された映像を再生し始める。そこには文と詩の紐パンだけでなくめぐみのお子様パンツも映っていた。


(ここでネコ柄パンツか。恵らしいといえばらしいかね。似合い過ぎてて本人に聞けないな)


 詩は映像を確認しつつ、自動的にズームアップした映像を見て頬が引き攣っていた。


「変態!」


 ムダ毛処理していない箇所を撮られたか。

 女子としてどうかと思うが、俺の視界に勝手に入ったから変態の言葉は俺ではないはずだ。


(恵はその点だけは心配ないからいいけどな)


 先日といい以前といい色々奇麗だったから。

 って、そうではなくて。


「店長、ひゃくとうばん!」


 詩は大声を張り上げて店長を呼ぶ。

 厨房に居た店長は火を止めて、顔を出してきた。電子たばこを忘れないあたりは呆れたが。

 厳つい顔が今までで一番恐いって思えるぞ。


「お? 俺の店でそれが必要な事案だと?」


 その間の俺は客が逃げないよう退路を塞ぐ。


「くっ」

「何処に向かうつもりで?」

「ど、退けろよ!」

「性犯罪者を前にして退ける訳がないでしょ」

「そうだぞ。退官しているとはいえ元刑事の店で悪事を働いたんだ。覚悟は出来ているか?」

「け、刑事!?」


 そうなんだよな。この店長。

 腕っ節は親父と同等であり何気にやるから。

 客は店長の素性を知り勝てないと踏んで床へとへたり込んだ。詩はその間に警察を呼び出しており、証拠品のカメラを俺に手渡してきた。

 すると店長が、


「ほい。手袋」

「準備がいいですね。店長」

「昔の癖で持っているだけだ」

「そうですか」


 白手袋を手渡してきたので手袋をはめてメモリーカードを取り出した俺だった。

 それをチャック付きの小袋に収めておいた。

 カメラだけは詩が素手で握ったのでどうしようもないけどな。


「というか、詩」

「何よ?」

「普通のパンツかスパッツを穿いてこい」

「うっ。別にいいでしょ。誰が何を穿こうが」

「別にって。そんなエロいパンツを穿いているから、ストーカーまがいの客が来るんだぞ?」

「うっ」


 実は今回の盗撮犯。

 それは詩と文のストーカーだった事が判明した。何故か店長の凄みで自白を始めたからだ。

 ストーカー行為に及ぶに至った理由はある投書が原因だったらしい。新聞を切り貼りしたような投書で詩と文が紐パン愛用者であると顔写真付きで送りつけてきたそうだ。

 このストーカーの性癖まで突き止める変態が誰なのかは明白だけどな。


「本当の意味で後悔する事になったな」

「そ、そうね。あいつの置き土産が酷い」

「そうだな」


 ちなみに、問題となっている問題児の弁護士は誰もつかなかった。というより母親が弁護士費用を出さなかったというのが一番だろうか。

 娘には出して息子には出さずだからな。

 問題児にはそのうち適当な弁護士がついて裁判になるのではないかと思われる。

 しばらくして一人の警官が店に顔を出した。 


上野うえの警視」

「元、な? いい加減、階級で呼ぶなよ」

「いえ。自分にとっては先輩ですから」

「そうか。ま、こいつの事、頼むわ。おそらくだがつかさが担当する案件にも関与があるらしいから、徹底的に吐かせろ」

「ひぃ!」

下野しもの警視の? 分かりました」


 ストーカーは怯えながらもパトカーに乗せられていった。これで解決すれば安堵だよな。


五味ごみ事案。これで終わりだよな」

「それ、フラグって呼ばない?」

「ここで余計な事を言うなよ」


 折角、安堵しながら締めようとしたのに。

 まだ続くみたいな言い回しは止めてくれ。


「このまま何事も無ければいいが」

「だから、それがフラグじゃないの?」

「詩のパンツに何かが起きますように」

「なんでよ!?」


 そうすれば最小限の被害で食い止められる。


「最小限の被害で・・・落ちたぞ」


 パサリという音と共にやたらと布面積の小さいパンツが床に落ちた。


「はい? あ・・・」

「フラグ回収乙」

「紐が切れてる」


 これは身代わりになったと思うしかないな。



 §



 詩さんが慌てて休憩室に戻ってきた。


「今日は部活があったからスパッツが入っていたはず」


 学校の鞄の中をゴソゴソと漁り、スパッツを取り出していた。何かあったのかな?

 するとおもむろにスカートを巻き上げ、


「は?」


 白いお尻を晒しつつスパッツを直で穿いていた。ぱ、パンツがないの? なんでどうして?

 スパッツを穿き終えると颯爽とホールに出ていった。


「一体、何があったの?」

「さぁ?」


 隣で勉強する文さんも状況が読めていなかった。先ほどの口論といい警察が訪れた事といいホールでは何があったのだろうか?

 文さんもその件だけは沈黙していたしね。


(あとで巡君に問いかけてみようかな?)


 それが後に、私が恥ずかしいと思ってしまう事案だと知るのは、帰ってからの事であった。




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