第40話 情報の伝達速度がぱない。

「はぁ? 許嫁になったぁ!」


 俺達は仕方なく副会長だけに教えた。

 案の定、驚き過ぎて大声が出たけどな。


「本格的な交際を始めてから数日でトントン拍子が過ぎるでしょうに?」

「それはそうなんですけどね」

「母が言うには俺達の生まれる前から決めていたみたいなんですよ」

「はい?」


 それは打ち明けられたあと過去の経緯を教えてもらったのだ。母さんが寝室に戻る前にな。

 めぐみの実父。殉職した実父の許可まで存在しているようで、その書類は貸金庫に預けているという。俺達が認めたら開封するつもりで。


「そ、そうなのね」

「付き合っていなかったらどうなっていたか」

「永久に貸金庫から出てこなかったと思いますよ。私達が交際を始めたから」

「思い出したように、話が持ち上がったので」

「とんでもないわね」


 ホントそう思う。

 きっかけが恵の下半身にあったとしてもな。

 やべっ。また思い出して息子が元気に・・・。

 幸い座っているので恵以外には見えない。


じゅん君?」

「すまん。思い出した」

「そう。別にいいよ」

「いいのか?」

「忘れるのは無理だしね」

「そうか」


 ジト目を受けたがなんとか許してくれた。


「ぐぬぬ。ピンク色の空気を作ってからに」


 副会長にだって相方が居るでしょうに。

 聞けば副会長も既に致しているという。

 会長は昨晩致していて俺は恵を見たけれど。

 あくまで見ただけで、それ以上はまだない。


(いずれは俺も経験するとは思うけどな)


 こればかりは恵にお任せである。

 恵の大きく柔らかい尻に敷かれてなんぼだ。


「巡君、また何か?」

「なんでもないぞ」

「ホントに?」

「ああ」


 視線が一瞬だけ恵の尻に向かったかも。

 女子は視線に敏感だから注意しないと。


下野しもの君は一茶いっさと同じ道を進むのね」

「同じ道、ですか?」

「そうよ。お嫁さんのお尻に敷かれるってね」

「お尻に敷かれる。なるほど」

「・・・」


 くっ。この副会長、無駄に鋭い。

 恵はジト目を向けるも反対を向いて噴いた。


「ぷっ」

「どうしたんだよ?」

「巡君っておっぱいも好きだけど、お尻も好きだよね。どちらかと言えば、お尻派だよね?」


 恵のやつ、思い出して笑ったな?

 これには俺も無言を貫き通すしかない。


「・・・」

「そうなの?」

「ノーコメントで」


 好きか嫌いかで言えば、大好きだ。

 そうでなければ一心不乱に揉む訳がない。


「実はホテルでマッサージして貰った時に」


 おぅ。恵さんや、それは恥ずかしい。

 丁寧に揉み解した事まで言わなくても。


「そんなプレイをしていたの?」

「あくまでマッサージですよ」

「気持ち良かったのは確かですけどね」


 その効果までは教えないでくれよ。

 恵もそれ以上は言わなかったけど。

 すると副会長が思案気になり、


「肩だけでいいからして貰えない?」


 とんでもない事を願い出た。

 俺は恵に目配せすると苦笑しつつ頷いた。


(仕方ないと。ま、肩だけなら影響外か?)


 俺は席を立ち、渋々と副会長の背後に立つ。


「肩だけですよ」

「ええ、お願いね。胸大きくて辛いから」

「ムカッ」


 恵は挑発されたと思い苛立ちを浮かべた。

 副会長の肩は柔軟とはほど遠い状態だった。


「ガチガチですね」

「胸が大きすぎるのも困りものよね」

「それなら副会長、捥いでいいですが?」

「恵ちゃん、捥ぐのはなしよ?」


 会長が居ても同じ事を言っただろうな。 

 俺は力加減を行いつつ解し始める。


「あー、そこそこ。上手いわね」

「それはどうも」


 ガチガチから少しずつ柔らかくなる肩。

 女性の柔らかさがようやく出てきたな。

 ただな、若干。


(熱を帯びている気がする)


 副会長の首筋に汗が垂れ、甘ったるい匂いがたちこめてきた。恵とは違った女子の匂いだ。

 これ以上すると不味いと思った俺は、


「はい。終了です」


 途中止めではあるが手を放した。


「あ、ありがとう。肩が楽になったわね」

「それは良かったです」


 とりあえず何事も無かったようだな。

 だが、想定とは超えるためにあるらしい。


「それと本日はここまでにしましょうか」


 俺が席に戻ると副会長は帰り支度を始めた。


「「え?」」


 すると副会長は下腹を撫でつつ、


「戸締まり、お願いしていいかしら?」


 少し焦りのある表情でお願いしてきた。


「え、ええ。え?」

「お願いね」


 返答を待つ前に生徒会室から出て行った。

 横顔を見るにスイッチが入ったらしい。

 肩揉みでも影響が出るって相当だぞ?

 恵はきょとんとしつつ俺に問う。


「あれって?」

「俺、母さんと恵以外には手出ししないわ」

「それって・・・そういう?」

「ああ、一茶先輩。どんまいです」


 今はそれしか言えないわな。


「・・・」


 恵も察して後悔していた。


「恵も帰ったら受けるか?」

「えっと、うん。お願いします」

「分かった。帰り支度するか」

「うん」


 ともあれ、後始末を終えた俺達は生徒会室の戸締まりを済ませて職員室へと向かう。生徒会室の鍵を顧問に返したのち昇降口に移動した。

 ま、昇降口で面倒な奴らに絡まれたけどな。


「お前等の所為で部長が停学になったじゃないか!」


 それは陸上部の長距離走の部員達だった。

 見るからに長距離の選手には見えないな。

 ブクブク肥っているから、これから筋肉に変える前なのかもしれないが。

 俺は恵を背後に移動させて苦情に応じた。


「私的流用していたから摘発しただけだ」

「私的流用なんてしていない!」


 していないって帳簿に記録があるだろ。

 領収書という決定的な証拠もあったのに。

 俺は呆れつつブヨブヨとした腹を見る。


「それなら結果を出せばいいだろ?」

「結果は出ていた!」

「周回遅れという結果だろ?」

「「「「うっ」」」」


 それだけ肥っているなら体重も相当だな。

 長距離が足腰に負担をかけてどうするよ。


「実績を示すなら部費も増える。ストイックにトレーニングを重ねれば実績に繋がるのに、それを怠る者が文句を垂れても無意味だ。生徒会に文句を言われたくないなら実績をまず示せ」

「ひょろひょろした奴に言われたくない!」

「ひょろひょろかどうか試してやろうか?」


 俺はそう言いつつ文句を垂れる者を左腕で持ち上げる。


「「「なっ!」」」

「で、誰がひょろひょろだって?」


 お米様抱っこされた野郎はバタバタ暴れる。


「は、放せ!」

「筋肉の付き方が長距離走向けじゃないな」

「なんだと!?」

「お前らは痩せながら遅筋を育てろ。長距離走の選手は身体の細い者が多いからな」


 肥って走るって他校からの笑い者だしな。

 陸上競技舐めてんのかと言われてそうだ。

 直後、頭痛のするオウム返しを喰らった。


「「「「チキン?」」」」


 発音的に鶏肉に聞こえたぞ。

 あまりの返答に呆れた俺である。


「おいおい。本当に陸上競技部の選手かよ?」

「巡君。それはいいけど下ろしたら?」

「そうだったな。汗臭いし」


 俺はお米様抱っこしていた野郎を下ろす。


「俺は臭くない!」

「そう思っているのはお前だけだ」

「正直言って、臭いよ?」

「がーん!」


 女子の発言には正直だな。

 絶望を浮かべたのち、トボトボと昇降口から出ていった。他の部員達も慌てて追いかける。

 俺は不意に疑問に思った事を問いかける。


「ところで、あの中に告白した奴居たか?」

「居たかもしれないね。気づいてないけど」

「そうか」


 今の恵は誰一人として気づいていないか。

 どのみち新学期が始まったら出来なくなるし今のうちはこの格好がベストかもしれないな。


「帰るか」

「うん!」



 §



 家に帰った俺と恵はバイトに向かう。


「マッサージは帰ってからだな」

「私はそれでもいいけどね。疲れるし」

「だな。今日は数日ぶりのバイトだし」


 俺達がバイト先に着くと、


「おはようございます」


 どういう訳かギャルが居た。

 ピアスを外しているから元ギャルか。


「「杜野もりの(さん)!」」

「あ、あの。ふみと呼んでください」

「いや、まぁいいか」


 俺はどうしたものかと首を傾げる。

 店長を呼んで事情を聞く事にした。


「店長!」

「おー。なんだ? 呼んだか?」

「新しいバイト、雇ったんですか?」

「おう。たちまちは短期だけどな」

「「それで」」


 短期で雇って様子見中と。

 色々やらかしているが今は更生中かもな。

 すると恵が先輩として問いかける。


「で、文さんは何日勤めているの?」

「えっと、今日で一週間です」


 そうなると俺達が入っていない間かね?

 二人で回すには人手が足りないしな。

 先輩も出たり出なかったりだし。


「それならホールは問題ないか」

「そうみたいだね」


 俺は厨房に入って様子見する事にした。

 居ない間に経験を積んでそうだしな。

 すると奥から、


「あ、巡じゃないの!」

「うげぇ」


 居るとは思わなかった人物に遭遇した。


「うげぇって酷いわね?」

「酷いも何もあるかよ!」


 俺は店長を苦々しく睨んだ。

 店長は視線をそらして電子たばこを吹かす。

 知ってて内緒にしてやがったな。

 すると恵が訝しげに問いかける。


「巡君、そちらさんは?」

「ん〜。文の異母姉だな?」

「異母姉?」

「異母姉であってるわよ!」

「というと議員の娘さん?」

「一応、そうなるか?」

「一応じゃないわよ!」

「とりあえず紹介する。こいつは杜野うた。何組だっけ?」

「私は一年B組よ」


 なんだ、隣のクラスだったのか。

 存在感が無さ過ぎて気づけなかった。

 普段から化けているんだろうな、これ?

 議員の娘ではなく地味女子として。

 妹は派手女子だったけど。


「よろしくね。巡の許嫁さん」

「よろしく・・・ん? なんで知って?」

「叔母さんから聞いたから!」

「お、叔母?」

「叔母ですね」

「叔母」


 母さんや、そちらにも漏らさなくても。

 実は例の杜野家は母さんの実家である。

 それと例の議員は母さんの実兄だった。


「詩達は母方の従姉妹だ」

「は?」




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