第38話 変貌と混乱の後に大掃除。

 当番を終えて家に帰った俺は朝食を食べたのちめぐみの部屋をノックする。


「ちょっといいか?」

『はいはーい。少し待ってね』


 恵は食後に勉強でもしていたのか珍しい格好で出てきた。


「どうかしたの?」

「眼鏡、似合うな」

「そう? ありがとう」


 恵がかけていたのはプラスチックの茶縁眼鏡。髪型も団子ではなくポニーテールだった。

 お礼を言いつつ微笑む姿は可愛いよな。

 恵の服装はいつも通りノーブラTシャツとパンツという気楽なものだ。俺に全てを見られてからは気にしない素振りになったよな。


(まだそういう関係には至っていないのに)


 恵の羞恥心は家の中だけ封じているようだ。

 恵は俺の格好に気づき、問いかけてきた。


「それでどうかしたの? 制服なんて着て?」

「ああ、生徒会の用事で学校に行くんだが。恵も付いてきてくれないか?」

「生徒会?」


 ある意味で生徒会の用事だな。

 それは当番で事情を聞いた事案が関係する。


「俺が一人で向かうと面倒になるから」

「生徒会で面倒?」


 恵はきょとんとするも何度も頷いた。


「分かった。準備するね」


 それだけで察してくれたようだ。


「ありがとう」


 俺は恵が制服を着る間に檸檬れもん先輩にも連絡を入れる。もしかすると先に動いている可能性があるが必要な事でもあった。


「あ、先輩ですか。おはようございます」


 実は事情説明のあとに美柑みかんへと姉に伝えておけと言っておいたのだ。不承不承な様子ではあったが姉の立場を考えれば納得いくだろう。

 案の定、先輩も動いており、


『今回の件、考えたわね』

「ありがとうございます」

『まぁ部費の事で鬱陶しい事になっているし丁度良かったわ。今回は妃菜ひなが留守なのが少し気がかりだけどね』

「一応、会長にも連絡は入れてますよ。好きにやっていいと」

『それなら気にしなくていいわね』


 俺達より先に登校している最中のようだ。

 今回の登校理由は抜き打ち視察である。

 事前連絡を入れると準備万端で回避される。

 抜き打ちなら言い逃れは出来ないからな。

 しばらくすると恵も出てきた。


「お待たせ」

「お? コンタクトは止めたのか?」

「ううん。違うよ。これね、伊達眼鏡なの」

「伊達眼鏡?」

「目が良いからコンタクトは持ってないし」

「そうなのか」


 では何故そのような物を?

 恵は部屋の灯りを消しつつ理由を語る。


「少しでも格好を変えると男子達が誘因されないんじゃないかってね。眼鏡に慣れていないから少しでも慣れようと思ってさ」

「ああ、それでか」


 野郎の誘因回避で普段と違う格好を選ぶと。

 普段はお団子と素顔が恵の校内での姿だ。

 多少の化粧こそしているけどな。

 今は眼鏡にポニーテールで制服を着ていた。

 パッと見、別人にも見えるだろう。

 俺の時とは違って地味のようで地味ではない印象が持てるけど。

 俺は恵の考えに賛同し、


「そうなると俺も眼鏡で行くか」

「え?」


 きょとんとする恵の前で眼鏡を取り出す。


「先ずはコンタクトを外してこないとな」

「どういうこと?」


 どういうことって。

 そんなの決まっているよな。

 俺は脱衣所に移動してコンタクトを外す。

 洗浄液に浸したのち恵の疑問に答えた。


「恵は俺の彼女だろ」

「うん」

「俺が素で居たら恵だとバレるよな」

「あっ」

「夏季休暇中にバレたら新学期が大変だ」

「確かに」

「眼鏡は買い換えたから気にしなくていいぞ」

「そうなの?」


 俺は金属フレームの眼鏡を示す。

 以前の丸眼鏡ではなく長方形の眼鏡だな。


「ほれ?」

「あっ! 似合ってる!」

「ありがと」

「賢く見えるよ」

「俺は賢いよ!」

「そうだった!」


 確かに秀才には見えるだろう。

 眼鏡を選んだのは夕兄ゆうにいだがな。

 打ち合わせ前に眼鏡屋で選んだから。

 眼鏡を身に付ける機会が出来て良かった。

 母さんに一言入れて俺達は玄関を出た。


「「行ってきまーす」」

「行ってらっしゃい。気をつけるのよ」

「「はーい!」」


 門扉を通り抜け意気揚々と学校を目指す。

 すると恵が俺の左腕を抱いて問いかける。


「それで登校する目的は何? じゅん君が面倒になるって話だと女子が絡む事でしょ」


 薄いけど胸の感触が半端ないな。

 おっと、いかんいかん。

 俺は雑念を振り払いつつ答えた。


「そ、それもある。実は今朝な」


 美柑達に会って部費の話になり、成績が芳しくなかった理由を知ったのだ。長距離優先ならばマラソン部でも立ち上げろと言ってやった。

 あえて陸上部である必要はないはずだとも。


「そんな事があったんだ。というか美柑の家って近いの?」

「近いといえば近いか? 店の対面だしな」

「は?」


 店長の家の反対側。道路を挟んで存在する果物屋が木坂きさか家だ。本邸は裏側だから家に入るには少し入り組んでいるそうだがな。

 俺の家からすると見えにくい場所にある。


「果物屋・きさかってあるだろ?」

「ああ、あの・・・活発なお爺さんが居る?」

「あの活発な爺さんが恵の爺さんだな」

「そ、そうなんだね」


 知らない爺と思ったら良く知る爺だったか。

 ちなみに、会長と副会長も幼馴染だ。

 美柑の彼氏、充橘あきつの家は俺が良く行く美容院である。店長が充橘の母親だな。

 長男の留学先はパリだとか言っていた。

 ヘアメイクの勉強をしているのだとさ。

 それはともかく。


「話を戻すが、陸上部に所属する二人の懇願もあって部費削減を見直さないといけなくてな」

「ああ、それで?」

「今回の・・・を行うんだよ」

「なるほど」


 声に出して言えないから口の動きで示した。

 陸上部員は登校しているから気にする必要はないが、何処に耳があるか分からないからな。

 学校に到着した俺達は職員室に寄った。

 一応でも顧問に挨拶しておかないとな。


「「おはようございます」」

「あら? どちら様?」


 挨拶したら顧問にきょとんと返された。

 俺と恵は呆れ顔のまま紹介した。


「先生、下野しものですよ」

「私は上野うえのですって」

「ああ、印象が変わり過ぎね」

「「それ、褒めてます?」」

「褒めてる褒めてる」


 眼鏡に変えただけで気づかれないって。

 恵に至っては髪型を変えたから余計にな。

 校内を移動して生徒会室に向かう。


「「おはようございます」」

「ふぁ?」


 こちらでも副会長がきょとんとした。


「この反応は」

「仕方ないと思って諦めよう」

「そうだな」

「その声音・・・下野君と恵ちゃん?」

「「それが?」」

「印象が変わりすぎでしょうに」

「「・・・」」


 そんなに変化した覚えはないけどな。

 恵はともかく俺なんて眼鏡に変えただけだ。


「そういえば男子達とすれ違った時に気づかれなかったような? いつもは声かけがあるし」

「確かに」


 恵の雰囲気が伊達眼鏡で封じられたかね。

 お団子からポニーテールにした事も要因だろうが、それだけで気づけないってどうなんだ?

 それか泣きぼくろが縁で隠れたからかね?


「まぁいいわ。揃ったなら向かいましょうか」


 副会長は腕章を左腕に付けて前を行く。

 俺達も腕章を付け生徒会室の鍵を閉めた。


「しかしまぁ、部内派閥かぁ」

「それが成績不振の原因だったみたいですね」


 部室棟に到着すると陸上部に限らず全体の視察に来た事を通知する。ここで他の部の粗探しをせずに陸上部だけとすると面倒だからな。

 陸上部の部員は慌てて部長を呼びに行く。

 俺はその間に部費の帳簿に目を通す。


「遠征費・・・こんなに必要ですかね?」


 諸経費はともかく遠征費の費用がとんでもない額だった。一体、何処に遠征しているのか?

 すると副会長も帳簿に目を通す。


「どれどれ? 少し高すぎるわね?」

「領収書もあるので調べましょうか」

「そうしてくれる?」


 領収書から泊まったとされる宿の名を探す。

 そこは高級宿で近隣に陸上競技場は無かった。近所の陸上競技場を利用した形跡も無いな。


「高級スポーツジムを利用しているのか?」


 だが、これだけ高額な利用なら、結果が結びつかないのはおかしい。諸経費の中にはプロテインの名称すら存在していなかった。


「本当に筋トレしてるのか?」

 

 一方の副会長は部室の粗探しを行っており、


「壊れた備品? 修理費はどうなってる?」

「修理費ですか? 計上されていませんね」

「おかしいわね。備品の修理で数万の申請が出ていたはずだけど」


 申請に即した視察が続いた。

 すると陸上部の部長が大慌てで顔を出す。


「何やってるんだ! 貴様ら!」

「生徒会の視察ですが、何か?」

「視察に来るとか聞いてないぞ!」

「抜き打ちですからね」

「なんだとぉ!?」


 やましいことがなければ怒る必要無し。

 現在の陸上部の部長は二年男子か。


「三年生が居た頃は少なからず利用していたのか。でも、顕著になったのは引退後からか?」

「巡君。これ見て」

「どれどれ」


 俺は恵が示す領収書に目を通す。

 そのどれもが私的利用だった件。

 証拠を集め終えると恵に手渡し様子見する。


「視察をやめろ!」

「どのような権限があってそのような事を?」

「俺が部長だからだ!」


 俺は今にも掴みかかろうとする陸上部部長と副会長の間に割って入る。


「とりあえず、生徒指導室にご案内ですね」

「なっ!」


 部長を左腕でお米様抱っこした。


「長距離選手の身体じゃねーな」

「よく担げるわね?」

「鍛えたフリの野郎とは鍛え方が違うので」

「お、おい、下ろせよ!」

「黙らないと潰すぞ?」

「!!」


 右手が自由だから股間に手が伸びるよな。

 こうして俺は証拠を持った恵と共に生徒指導室に向かったのだった。先生に部長を預けたあとは残りの視察が待っているけれど。




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