第36話 急速に距離感が詰まった。

 勉強会から戻り妃菜ひな先輩が駅から旅立った。

 俺とは他人同士と思っていたひびきさんの元に。

 先輩は何を思ったのかコンビニで小さい箱を購入し満面の笑みで旅立っていったのだ。


「あの小さい箱は何?」

めぐみには必要ない代物だな」

「私には必要ない代物?」


 というより俺達に必要ない代物だな。

 キスもまだなのに、いきなりドーンは有り得ない。恵の発電もホテルでの一回限りだしな。


(先輩、一夏の経験でもしたいのかね?)


 聞けば響さんと婚約しているというし出来ない事はないだろう。ミスれば大事だけど。

 俺達の隣には店長達も居て、


「アレはまだ早い!」

真琴まことさんは孫が欲しくないの?」

「孫は欲しい! だが、早いだろう?」

「一年半なんてあっという間よ。あの子が卒業して進学したら家から出て行くのだし」

「それはそうだが」


 両親として心配なのか安堵なのか微妙な会話をしていた。俺も思うが孫は早いだろう。

 在学中の妊娠は大事だしな。

 先輩を見送った俺と恵は家に戻る。

 バイトは本日まで休み。店も盆休みだし。

 俺は玄関を開けつつ、


木坂きさか家にはいつ行くんだ?」


 気になった事を恵に問うてみた。

 恵はきょとんとするもスマホを取り出して予定表を眺める。


「私の誕生日だね。父さんの命日でもあるけど、お爺さんが祝いたいんだって」

「そうか。それって何時だ?」

「月末だけど? 三十一日」

「そ、そうか」


 なんだと? が、俺の気持ちである。

 まさか俺と同じ誕生日とは驚きだ。


(そうなると一日中、家に居ない事になるから祝うなら朝だけになるか。親父達もその日だけは揃うし前日から準備しておくかね。自分の誕生日でケーキを作るのは不思議な気分だが?)


 恵を祝う。その一点が重要なので受け入れた俺であった。恵からはきょとんとした上目遣いの視線を浴びせられたけれど。


「どうかしたの?」

「爺さんに祝ってもらえるといいな」

「少し複雑だけどね」


 恵は苦笑しつつ客間に入る。

 しばらくすると洗濯物を持って脱衣所を訪れた。一方の俺は恵よりも前に脱衣所で洗濯物を篭に放り込んでいた。


「あ、巡君」

「先に洗っていいぞ。俺はあとでいいから」

「うん。ありがとう」


 恵は汚れた下着を見られるのを忌避するから視線を下着に合わせなかった俺である。

 脱衣所を出た俺は手持ち無沙汰となり、


「洗濯が済むまで勉強でもするか」


 自室に移動したのだった。

 家の掃除は母さんが在住のため既に終わっているしな。妊婦に無理をさせる訳にはいかないが適度に運動させる事も必要なので親父も任せっきりなのだろう。その親父も疲れた身体に鞭を打って深夜の内に掃除するから凄まじいが。

 掃除機を使わずほうきとぞうきんだけでな。

 親父達はきれい好きなので俺が掃除する場所は自室と恵の客間だけである。

 勉強を済ませた俺はキッチンを経由して脱衣所に向かう。


「さて、洗濯して風呂でも・・・」


 脱衣所へと入ると、


「「あっ」」


 一糸まとわぬ姿の恵と遭遇した。

 恵の尻が俺のほうに向いていた。

 四つん這いになり床を拭いていたのだ。


「す、すまん!」

「ご、ごめん!」


 咄嗟に反対を向くと何故か恵から謝られた。


「なんで謝る? 見たのは俺なのに」

「いや、その、下着を洗った後にね」


 恵は申し訳なさげに理由を語る。

 下着を洗った後、洗面器の水を捨てる際に床へと溢してしまったらしい。服と下着もズブ濡れとなり近くに置いてあったぞうきんで拭き取っていたという。脱衣所は多少なりに水物の溢れる場所なので濡れても問題はないのだが。


「それで謝ったと」

「うん」

「なら、仕方ないか。事故だしな」

「ごめんね」

「いや、いい・・・俺も見てしまったし」

「見て?」

「恵の尻」

「尻・・・あっ」


 恵は四つん這いのままだった。

 つまり、何を見られたか気づいたらしい。


「・・・」

「・・・」


 俺は居たたまれなくなり脱衣所を出る。

 俺が出た後の恵は「きゃー」と小さな叫び声を上げたのだった。


(交際していても、この遭遇は流石に辛いな)


 せめてバスタオルでも巻いていたなら助かったのかもしれないが恵自身も慌てていて、そうなったのなら仕方ないのかもしれない。

 ウチはあくまで下宿先だから。



 §



 俺は恵が出てくるまでリビングで寛いだ。

 最初は自室に篭もる事も考えたが不誠実と思ったからだ。見てから致すとか失礼だしな。

 するとTシャツパンツ姿の恵が戻ってきた。


「お先です」


 格好はスイートルームで見た姿だった。

 チラチラ見えるパンツはピンク色。

 白Tシャツは透けていて二つの点が見えた。

 ここで濡れ透けって。恵って天然だよな。

 俺は視線をそらしてテレビに向ける。


「落ち着いたか?」

「う、うん」


 あれから風呂に入って気分を落ち着かせたのだろう。俺が先に入ろうと思って湯を貯めていたからな。風呂で落ち着いたなら幸いか。


「ご飯、出来ているから食べろよ」

「うん。いただきます」


 俺は先んじていただいているので片付け待ちだ。既に母さんも寝室でお休み中だしな。

 後片付けは任せたと言って出ていった。

 いつもなら一緒に食べるのだが。


(あのあとだと顔をまともに見られないよな)


 顔を見て頭に浮かぶは恵の尻だ。

 小柄なのに大きいところは大きいと。

 胸が育つとトランジスタグラマーになるな。

 なぎさのように大きくて細くて大きい。

 息子さんが元気になるので素数を数えた。

 幸い、見られて気づけるものでもないが。

 すると恵が、


「巡君、私をお嫁さんにして」


 俺が噴き出す一言を吐いた。

 お嫁って・・・つまり、そういう意味だろう。

 今回だけは事故でも故意でもアウト判定と。

 俺は引き攣りながら恵を見る。


「お、お嫁さん?」


 恵はモジモジと身体中が真っ赤だった。


「うん。見られたから、何処にも嫁げないし」


 見られたから嫁げないって。

 いつの時代の価値観なんだ?


「いや、そんな、前時代的な事を言われても」

「わ、私じゃ、ダメ?」


 そんな涙目で言われても。

 好きだし一緒に居たいとは思う。


「だ、ダメではないが」


 それがお嫁さん。婚約という話になるなら一気に重くなる話である。まだ高一だしな。

 交際を始めて数日しか経っていない。

 偽を含むとそこそこ長いが、


「わ、分かった。一旦、落ち着こうか」


 交際を焦る必要はない。

 夕兄ゆうにいが言う通り寝取りを狙う者も居るだろうが焦る必要は無いのだ。

 すると恵は真っ赤な顔のまま宣った。


「落ち着いているよ?」

「落ち着いている?」

「うん。これは私が出した結論なの」

「結論?」


 一体、何を考えてその結論になったのやら?


「実は美柑みかんにね。聞いたの」


 美柑? 木坂美柑か。


「色々な経緯を語ってね。そしたら」

「そしたら?」

「夏休み明けに別の意味で告白が再開されるだろうって言われてさ」

「別の意味?」


 それはどういう意味だ?


「私が、ある意味で女になったから? だとか言ってて雰囲気にあてられた男子達が追いかけてくるって言われてさ」


 雰囲気にあてられた男子。

 そこで俺はなんとなく察した。


(あの自家発電から雰囲気が変わったよな)


 より色っぽくなったというか。

 街を歩けば野郎共が振り返る。

 前からあった振り返りが酷くなった感じだ。

 彼女持ちまでも振り返るから叩かれていた。


(発情期の猫かよ)


 酷い言い草だが誘因しそうな雰囲気がある。


「それなら責任取って貰いなさいって」

「ぶっ」

「原因を拵えた彼氏に嫁げって」

「そ、そうか」


 それを言われたら断れない。

 あれはもしかすると俺が尻を揉んだからだ。

 母さんにも絶倫に匹敵する効果をもたらす。


(親父はなんてテクを俺に教えたんだか)


 お陰で開いてはならない扉が開いたようだ。

 すると俺達の会話を聞いていたであろう、


「なら、許嫁になってしまえばいいじゃない」


 母さんが楽しそうな表情で爆弾発言した。


「「許嫁!?」」

「これは元々は私とくるみとで話し合っていた事だけど、本人の意思確認が出来たなら問題はないわね」


 えっと、恵の母親と合意の上なのか?

 俺達の意思確認が出来たら許嫁とする?

 おいおい、マジかよ。


「あ、あの、母さんはなんて?」

「大いに賛同していたわ。ほら?」

『恵ちゃん! 婚約おめでとう!』

「そ、そうですか」


 まだ婚約自体していないと思うが。

 先走りが過ぎる母親達であった。

 ともあれ、正式な書類は後日用意するそうで母さんは嬉しそうな表情のまま寝室に戻った。

 リビングに取り残された俺と恵は、


「なんというか、その、ごめんね」

「い、いや、いい。俺も悪いし」


 居たたまれなくなり互いに真っ赤だった。

 急展開過ぎて理解が追いついていない。


「でも、嬉しい気持ちもあるよ?」

「そうか」

「見られたのが巡君で良かったって」

「そうか」


 恵の中でも何かが変化しているのだろう。

 本人が気づけていない何らかの変化だが。

 一先ずの俺は忘れていた事案を思い出して恵に向かって手をあわせた。


「とりあえず。ごちそうさまでした」

「なんで拝むのぉ!?」

「奇麗な尻と背中だったから」

「ボフッ」


 恵は今まで以上に顔が真っ赤に染まった。

 頭からも湯気が出ていたので、氷嚢を準備した俺だった。恥ずかしい気持ちで沸騰したか。


(これは先が思いやられるな)




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