第29話 第三者の言は真実に近い。
急遽、従妹の
渚は隣で大盛りラーメンを食べ終えて余韻に浸っていたそうだが、隣から
「さっきから聞いてりゃあ、好きとか好ましいとか。愚兄も突っつき過ぎよ。そういうのは生暖かく見守るのが筋ってもんでしょ。ここで突っ込んだら上手くいく事も上手くいかないわ」
会話に割って入ったのは、夕兄の恋愛脳に対してツッコミを入れたくなったから、らしい。
「いや、気になるだろ。あの
渚は他者の事だと思っていたのか、俺の事だと分かってきょとんと固まった。
「へ? 出来たの? 彼女が?」
「お、おう」
「へぇ〜。異性の好意に鈍感で何事も無関心を貫いてきた、あの巡に彼女が出来たの?」
「悪いか」
「これは天変地異の前触れかしら?」
天変地異って。流石の俺もそこまで言われるとは思ってもいなかった。
「酷い言われようだ」
「それくらいおかしな事だもの」
「分かる。分かるぞ、愚妹よ!」
「だから、愚妹って言うな!」
すると花摘みから戻ってきた
「あれ? どちら様ですか?」
「それはこちらの台詞だけど?」
初対面でその反応は何なんだ?
背丈がほぼ同じで犬顔と猫顔が御対面なのは分かるがな。ドドンとペタンの違いも含めて。
夏のセーラー服と私服の違いも含めてな。
夕兄は今にも飛びかかりそうな渚を留め、
「あー、待て待て。渚、こちらが巡の彼女だ」
「はい?」
「こいつは俺の妹の渚だよ」
「ああ、妹さんなんですね」
両者に対して他己紹介を行った。
「彼女が、巡の彼女?」
「夕兄がそう言ってるだろ?」
「どうも、巡君の彼女です」
「本当に居たのね。てっきり愚兄が見たイマジナリーガールフレンドかと思った」
「「酷い言われようだ」」
これを聞いた恵は頬が引き攣っていた。
俺の隣に座り、真正面で口喧嘩する兄妹を眺めつつな。
「酷いって、彼女が欲しいなら共学に行けば良かったのに男子校なんて行くからでしょ。てっきり男色家に目覚めたのかと思ったわよ」
「そんなわけあるか。ウチは親父も通っていた学校だから」
「はいはい。家訓だものね」
「分かっているなら、いい」
そういえば長兄だからって理由で進学先を固定化されていたな。親父は次兄だから自由に選ばせてもらったらしいがな。それも俺が通っている田舎の高校に自らの意思で進学した。
高レベルで成績維持するより、低レベルでのんびり授業を受けた方が楽って理由だったが。
恵が席に着いた途端、店員がラーメンを持ってきた。
「豚骨の方は?」
「「はい!」」
「そちらのお二方ですね。麺カタは?」
「私です」
届いたラーメンは良い香りがした。
ああ、待った甲斐があるな、この風味。
「味噌はいつものやつですね」
「あんがと」
夕兄はここの常連なんだな。
「兄さんも相変わらずね」
「うっせぇ」
「あ、同じやつ。隣の注文書に追加して」
「毎度!」
というか兄妹そろって常連かよ。
「お前、さっき大盛り食ったばかりだろ」
「別腹よ、別腹」
「一体、何処に入るんだか」
「それは、このおっぱい?」
夕兄に対して大きな胸を強調する妹か。
恵さんやラーメン啜りながら見ない見ない。
「巡君、ここのラーメンって育つの?」
「知らん。あれは渚の体質だろ」
そうとしか思えない。
すると渚が、
「ところがどっこい、ここの麺ってね。大豆粉を使っていてさ、意外と育つって評判なのよ」
恵の朗報とでもいうような自慢を行った。
それって大豆イソフラボン的な話かね?
恵はそれを聞き、嬉しそうに微笑んだ。
「そうなんだ。明日は先輩と来てみようかな」
ここ数日は常連になりそうだな、これ?
系列店が田舎に無いのが惜しい話だが。
今度は夕兄が
「
「兄さん、不潔」
渚は誰の事を言っているのやら?
まさか男性だと思っているとか?
夕兄はきょとんとしつつ言い直した。
「上野妃菜会長は女性だが胸が無いんだよ」
それ、ウチの会長が知ったら怒りますって。
「てっきり、ウチの会長かと思った」
「ああ、そっちも上野会長だったか」
「筋肉ムキムキの脳筋会長だけどね」
それはそれで会ってみたいものだな。
渚の学校は公立だから交流は難しそうだが。
夕兄は改めて会長が誰なのか教えた。
「巡が通う高校の生徒会長だよ。あ、あの子」
会長が丁度良いタイミングで歩いていた。
夕兄が指をさすと渚は察したようである。
「ああ、それで」
胸が無いって意味でか。
それとも生徒会長って意味でか。
「え? 生徒会? 待って、巡も?」
これは生徒会って意味か。
「ああ、生徒会でな。彼女と共に」
「そうなんだ」
しばらくすると渚のラーメンが届いた。
恵は思案しつつ空になった器を見て呟く。
「味噌と大豆粉の麺・・・もう一杯いい?」
俺は心配になって恵を労った。
「大丈夫か、お腹とか? 財布とか?」
「大丈夫、まだイケる」
恵は店員を呼び出して、同じ味噌ラーメンを注文した。流石に特盛りは食べられないから普通盛りで抑えたみたいだがな。
「小柄なのに結構食べるのね?」
「その言葉そっくりそのままお返しするよ」
「それもそうね」
渚も小柄だもんな。お前には言われたくないっていうのが恵の思いだろうか?
恵の味噌ラーメンが届くまでの間、
「二人の馴れ初めは?」
「えっと、言っていいのかな?」
「言える範囲までなら」
「うん、分かったよ。えっとねぇ・・・」
夕兄では聞けない話を渚が聞いてきた。
恵も同性だからこそ気が緩むのかも。
恵の馴れ初めを聞いた夕兄はきょとんとしたまま俺と恵を何度も見ていた。何かあるのか?
(恵の視点だとそうなるのか。少し恵の顔が赤いのは気がかりだが、仕方ないか・・・?)
お姫様抱っこしたり、抱き寄せたりだから。
「という訳で友達から交際を始めているの」
「ほうほう。ということはキスはまだと?」
「そうなるかな?」
「俺達はあくまで清い交際だよ」
偽が頭に付く交際だがな。
俺の返答を聞いた渚は呆れ顔で溜息を吐く。
「鈍感な巡が相手だと苦労しそうね」
「鈍感かつ理屈っぽいから特にな?」
「なんでだよ」
理屈っぽいは分かるが鈍感ってなんだよ。
渚はレンゲを俺と恵に向けながら叱りだす。
「そもそもの話、彼女との肉体接触がある時点でライクは無いわよ!」
ああ、そうか、ライクは無いか。
そうなると俺が恵に向ける好意って?
「これがセフレだというならまだ分かる」
ああ、そっちの線なら・・・?
いや、それこそ恵に失礼だわ。
「でも、そういう関係ではないのよね?」
「あ、ああ」
「そうだね」
まだそこまでには至ってない。
というより至れない関係だからな。
「俺の愚妹が恐い」
「愚兄はうっさい」
「うっす」
怒った時の渚は手がつけられないな。
夕兄も愚妹と言いつつ妹には甘いから。
「この際だから、兄さんが聞こうとしていた話を今聞いてもいい?」
「えっと、巡君の好きなところ?」
「そう、それ」
恵は渚に言われるがまま好きなところを口にする。
「配慮が自然。心に寄り添ってくれる・・・」
他にも頭が良いとか、身体を労ってくれるとか、俺の外見的な特徴以外を並べる恵だった。
「惚気じゃん」
「惚気だよな」
惚気か? これ?
単に自分の好みを発しているだけなのに。
「あ、あと、こ、声と、に、匂いが好きかも」
「「おぅ」」
匂いが好きと言われて反応に困ったぞ。
(今日なんて暑いから汗臭いと思うのだが?)
夕兄と渚は今にも吐きそうな表情で、コップに冷水を注いで、何度も何度も飲んでいた。
「あまーい。一言、ありがとう!」
「巡も大概だったが、君も大概だな?」
「ど、どうも?」
「つまり、揃ってラブラブと」
「「ふぁ?」」
これはどういう意味だ?
俺も恵も目が点になった。
(偽だよな? 偽だったはずだ・・・)
恵もそうだと思うのだが。
俺は隣に座る恵を見つめる。
「え、えっと、どうなんだろう、ね?」
何故か言葉を濁してそっぽを向いた。
ブツブツと「本気に? 私が?」と言っているのは大混乱している証拠だろうな、きっと。
「あらら、顔が真っ赤だわ」
「これ以上は追撃になるし、止めとくか」
「止めるの?」
「お前、最初に言った言葉を忘れたのかよ?」
「ああ、生暖かく見守る・・・か」
自分で言って自分で忘れるってどうなんだ?
夕兄は思い出したように予定を口走る。
「そう、それ! それにこのあとは仕事だし」
「ああ、支障が出ても困るね。ごめん兄さん」
俺はともかく今の恵は支障が出まくるな。
俺も混乱こそしているが、それはそれだし。
「ところでお前、今日は暇か?」
「ん? うん、生徒会の仕事はもうないし」
渚も生徒会役員かよ。
ウチの身内って役員になる率が高いのかね?
「そうか。それなら、手伝ってくれるか?」
「はい?」
「追い詰めた責任と思って手伝ってくれ」
「ああ、それで。私、他校だけどいいの?」
「俺の妹だからいいだろ」
「なるほど」
急遽、助っ人として渚参戦と。
今日の恵は使い物になりそうにないしな。
(というか・・・いつの間に、ミイラ取りがミイラになってんだ、俺?)
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