第27話 心の変化に戸惑う数日間。

「嘘でしょ?」

「嘘ではないよ」

「誕生日は確か」

「私が先だね」


 美柑みかんはまだ信じられないでいた。

 檸檬れもん先輩と妹の柚澄ゆずちゃんはそんなものかって感じで受け流している。


めぐみを姉さんだなんて言えない」

「言わなくていいよ。気持ち悪い」

「それはそれでひどいよ?」

「言えないって言うからだよ」

「ああ、そうだった。ごめん」


 急に増えた親戚だから、余計に混乱しているのだろうね。私も美柑と血の繋がりがあると知って、信じられなかったし。

 でも、大混乱の美柑を見ると何故か冷静になれた。これも客観的に見られるからだろうね。

 何はともあれ、祖父への面会は檸檬先輩に丸投げし、勉強会以降に時間を取る事になった。

 そして、水浴びを行った美柑達はお風呂を借りたのち妃菜ひな先輩の家に向かった。


「お風呂がおっきかった」

「足を伸ばせるお風呂って凄いね」

「檜の香りも良かったね」

「うん。うちも同じように出来ないかな?」

「そこはお爺ちゃんにおねだりする?」

「聞いてくれるかな?」


 私も名目上は先輩の家に住んでいるので、課題を鞄に詰め込んで、下野しもの君の家から先輩の家へと移動する事になった。

 先輩達は水着姿で門扉前に立っているけど。


「じゃあ、夕方に戻るから」


 本当なら今日中に課題を全て片付ける予定だったけど、美柑達の来訪が予定外だったのでこればかりは仕方ない話だった。

 一応、美柑達に聞こえないよう小声で話し合ったけどね。


「落ち着けるか分からないが楽しんでこい」

「うん。ありがとう、じゅん君」


 下野君も久方ぶりの一人時間を楽しむのだろう。後始末を行ったのち、自分の部屋へと戻っていったから。これから何をするのか問うと、


「男にはやらねばならない事があるんだ」


 そう、意味不明な言葉を残していたけどね。

 なのでそれを先輩達に聞いてみると意味深な言葉で濁された。


「あー、うん。少し、複雑よね、妃菜?」

「ま、まぁ、恵ちゃんだけと、思いましょう」

「そうね。美柑達も相手が居るし」

「私達も居るしね。そこは配慮してるでしょ」

「それって、どういうことなんです?」

「「恵ちゃんは一生、純情なままで居てね」」

「はい?」


 本当に何が言いたいのか分からなかった。

 同じ事を帰宅前の美柑に問うてみると、


「それ、本気で聞いてる?」


 何故か呆れられた件。

 私、呆れられる事を聞いたの?


「うん、それが?」

「そう。時には知らなくていい事もあるよ?」

「どういうこと?」

「恵の交際って清いものでしょ?」

「うん、そうだけど」

「なら、今のうちは知らなくていいかもね」


 美柑だけ先輩達だけが知る下野君の謎行動。


「でも、恵も近しいことはしてるでしょ?」

「はい? なんのこと?」

「え? してないの?」

「どういう意味よ?」

「してないと。なら、このまま純情で居てね」

「同じ事を先輩達からも言われたんだけど?」

「そう。多分、今の恵が知ったら、身体中が真っ赤になるから、今は知らなくていいよ」

「そうなの?」

「そうなの」


 この意味深な言葉の真意を私が知るのは相当先になったのは言うまでもない。

 なお、課題は先輩の家で全て片付けた。

 美柑から課題を写させてと言われたので祖父に会いに行く時に持って行く事になった。



 §



 そして週末。

 私達生徒会は私服のまま学校に登校した。

 校庭には三年生と先生の参加者が集まっておりバスが訪れるまで待っていた。


「こうやって見ると凄い人数ですね。会長」

「女子だけならね。男子は少ないけど」

「純粋に勉強をするための人達だしね」

「勉強と各自交流が出来れば幸いですね」

「そうですね。神野こうの先生」


 しばらくすると五台のバスが到着し、


「三年女子が一号車から四号車。あとの五号車は三年男子と希望者、先生達が乗り込みます」


 拡声器を使って会長が指示を出していた。

 三年女子は一人を除いて全員参加だった。

 三年男子は二十人、先生が十七人。

 生徒会は四人で総勢二百人の大移動だ。

 ビジネスホテルも最大三日間借り受ける事になり、そこそこの額が支出される事になった。

 結果的に赤字にはならずに済んだけどね。


「一号車は全員乗ったわね」

「二号車の点呼完了よ」

「三号車も点呼完了しました」

「四号車の点呼が終わったわよ」

「五号車も問題無しです」


 点呼後は私達が一人ずつ乗り込んだ。

 会長が一号車、副会長が二号車。

 私が三号車、顧問が四号車。

 下野君が五号車を担当している。

 一部の女子が五号車にも乗ってしまったが、それは彼と一緒に居たい希望者だけだった。

 四人だけが五号車で後は一から四号車だね。

 バスの移動中はスマホで連絡を取り合った。

 調子が悪い人達が出ていないかとか、トイレ休憩などのタイミングを見計らったりした。

 現地に到着したのは昼前だった。

 バスを降りた私達はホテル内の大広間に移動して相手校の生徒会と共に注意事項を伝えた。

 下野君の従兄さんが先に注意を伝え、


「勉強会前に一度、昼休憩を入れますので各々で昼食を取ってきてください。近場には飲食店が多く点在しておりますので、事前に配布したしおりを見て選んで行ってください」


 会長が各自の部屋について注意を伝えた。


「各自の荷物を預ける部屋は、二人一部屋となります。中にはダブルベッドだけの部屋もありますが、その点は了承してください」


 これも事前に話し合っていた事なので覆るものではなかった。本題はあくまで勉強会。

 遊ぶのは息抜きの時だけで十分だろう。


(一応、息抜きの交流会も入れてるしね)


 なお、各自の部屋は、


「じゃあ、俺はこっちだから」

「うん。あとでね」

「お? 巡は彼女持ちか?」

「一応」

「一応って」


 下野君は従兄さんと同じ部屋で過ごす事になった。会長と副会長、私は顧問と同じ部屋だ。

 交際していても、そういう面はキッチリしないと行き遅れ先生達が黙っていないからね。

 下野君は二階で降りて私は五階まで上る。

 ただこの時、私の心情が少し不可解だった。


(なんで、惜しいって思ったんだろう?)


 私達の関係はあくまで利害での交際だ。

 なのに誰かと仲良くしている時、じゃれ合っている時等で、モヤッとする事が増えてきた。

 相手が異性であっても同じ感情が溢れる。

 それは試験で追い抜かれた時にも感じた不可解なモヤッと感。それと似ているようで違う、


(この不愉快な感情は一体なんなの?)


 ぞわぞわとしてて、怒りに似た何かが私の中から溢れてきたのだ。これは先生か先輩に聞いた方がいいかもね。私だけだと分からないし。

 荷物を部屋に預けた私は顧問と共にフロントに降りた。


「先生は打ち合わせがあるからここで」

「分かりました。お昼に行ってきます」


 丁度、下野君も従兄さんと降りてきていて一緒にご飯を食べに行く事になった。


「お待たせ」

「おう。なら行くか」

「うん」


 その際に怪訝な従兄さんから私は問われた。


「巡と付き合っているんだよな?」

「はい。お付き合いしてますよ」

「巡と付き合っているんだよな?」

「何故、二回も聞いてきたので?」

「いや、妙に二人の間が、ぎこちないから」

「そうですか?」


 ぎこちない? どういう意味なの?

 それを聞いた下野君は私の右手を優しく握る。そして車道側を歩いてくれた。


(握ってくれた途端に安心感が溢れてきたよ)


 これは従兄さんが私の左側を歩いていたからだろうけど、この自然な配慮が嬉しかった。

 下野君はホテルの入口に視線を向け、


「ひと目があるからだよ。ウチの先生の中には不純異性交遊に厳しい先生が二人居るからな」


 ちょっとした言い訳を行った。


「ああ、それで」

「異性の手を握るだけで目くじらを立てるし」

「うへぇ。とんでもな教師も居たんだな?」

「頭の中がコンクリートかと思う人達だから」


 頭の中がコンクリート。

 それを聞いた私はぷっと噴き出した。

 すると従兄さんが私を見て微笑んだ。


「ああ、なんだ。笑うと可愛いじゃないか」


 あまりの一言にきょとんとなる私。


「ふぇ?」


 一体、私の何を見てそんな感想になったの?


「笑うと可愛い?」


 私がきょとんとしたままオウム返しすると、


「いや、思い悩んでいるように見えたからな。一瞬だけ嬉しそうに変化したけど、戻ったし」


 想定外の一言が飛び出した。

 思い悩んでいるように見えた?

 ああ、先ほどの事が顔に出ていたのかな?

 考えないようにしていても顔に出ていたと。


「そ、そうなんですか?」

「そういえば降りてきてからずっとだな」

「そうなの? 巡君」


 巡君にも気づかれていたのね。


「今から意気込んでいると疲れるぞ?」

「そうだね。そうだよね」


 どこか違うけど今は頷いた私だった。

 実際に意気込み過ぎて疲れても困るし。

 従兄さんからは怪訝な表情で見られたが。


「何故そうなる?」

「何故って、この三日間が山だから?」

「相変わらず変わってないな、お前は」

「そうか?」

「好き、なんだよな?」

「それはさっきも言ったが?」

「だよな。配慮も自然と出来ているし」

「それがどうかしたのかよ?」


 この変わってないとはどういう意味なのか?

 私の知らない下野君を知っている言い草だ。

 従兄だから知っててもおかしくないけど、


(あ、まただ。何なのよ、この感情は!)


 妙な苛立ちが心の内から出てきて顔をしかめた私だった。


「ふむ。これはどちらとも重傷だな」


 従兄さんの不可解な言葉に私と下野君もきょとんである。


「「はい?」」


 この言葉の意味はどういうものなの?

 私達って何かの病気でも患ってるの?




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