第26話 人の繋がりは不可思議だ。

 木坂きさか柚澄ゆずは俺の中学時代に所属していた、ある部活の後輩である。

 世代は後輩にあたるが部活動では先輩だな。

 俺がポンポンと柚澄の頭を叩くと檸檬れもん先輩が疑問気に問いかけてきた。


「あれ? 柚澄と知り合いだったの?」

「一年前だけど、私がお世話していたんだよ」

「お世話? 柚澄はされる方じゃないの?」

「うんうん。柚澄はする方ではないよね?」

「お姉ちゃん達、ひどい!」


 ある意味でお世話になったな。

 主に部活関係だけだが、お世話になったのは確かだ。それに例の行列とは無関係の唯一の後輩で行列を傍目に、別クラスの彼氏と面白可笑しく夫婦漫才を繰り広げていた。


「単に部活動の先輩後輩の仲ですよ」

「そうそう。先輩が料理上手になったのは私のお陰だったりするよ!」

「あくまで基礎だけだろ?」

「そうともいう」


 その部活とは調理部だ。

 一般的に女子の所属が多いとみられる部活だが南中での部活は男子もそれなりに居たのだ。

 その中の一人が柚澄の彼氏。

 名前は真野まのしょうだ。

 二人揃うと柚椒コンビと呼ばれている。


「そういえば、充橘あきつが椒から貰った、アイスボックスクッキーって、まさか?」

「そうだよ。あれは先輩が焼いた物なの」

「あの美味しいクッキーを?」

「いつ頃の物か知らないけど、椒にあげたのなら、俺が焼いた菓子だな。同じ班だったから」

「あれは美味しかった。また食べたいかも!」

「似たような物ならあるけど食べていくか?」

「是非!」


 どうせ姉に付いてきて、水浴びするつもりだったみたいだしな。プールも言うほど広くないから、交代で浴びる事になるが・・・仕方ない。

 すると美柑みかんがふるふると震え、


「私、面識が無かったんだけど? 南中出身って聞いてないんだけど? 柚澄達と仲が良かったなら一言教えてくれても良かったじゃない」


 どういう事なのか問い質してきた。

 問い質しに応じたのは柚澄だった。

 俺はクッキーを取りに戻ったしな。


「それは先輩が三年八組所属だったから」

「あ、それは会わないね。会わないわぁ」


 当時の美柑は三年一組。

 俺の所属した八組とは校舎の端から端に行くような距離だ。後輩の柚澄は二年八組、椒は二年七組だったから階段を上がれば直ぐだった。

 クッキーを皿に盛ってきた俺はテーブルに皿を置きつつ美柑に事情を語った。


「そもそも、俺は三年時に私立から転校して来たからな。一年ちょっとだと、そこまで顔を覚えられる事はなかったぞ?」

「半年続いた告白騒ぎの関係者は除くけど」

「あー、あの騒ぎの中心に居たのって?」

じゅん先輩だよ。お姉ちゃん」

「おぅ。めぐみと同じ経験ありかぁ」

「不本意ながら、な。あとクッキー食べろよ」

「「いただきまーす!」」

「「「私達も!」」」


 美柑と柚澄が美味しそうに食べるものだから先輩達と空気だった恵も一緒に食べだした。

 俺はその際に充橘と同じ名字から椒との関係を問うてみた。


「というか椒と真野の関係ってなんだ?」

「「兄弟」」


 栗鼠のように頬袋を作って答えなくても。


「おいおい。なら、姉妹で付き合っていると」

「お姉ちゃんも含むと同じだけどね?」

「姉さんの彼氏も椒のお兄さんだよ」

「そうなんですか? 檸檬れもん先輩」


 檸檬先輩はジュースでクッキーを流し込み俺の問いに答えた。


「あー、うん。私達って幼馴染だからね」


 これは他の二人の飲み物も用意しないとな。

 俺は幼馴染と聞いて妙に納得がいった。


「その繋がりから揃って交際していると?」

「「「そんな感じ」」」


 三人揃ってお付き合いって凄まじいな。

 俺はそれぞれのコンビ名を思い出しつつ、水着を受け取っていた檸檬先輩に問うてみた。


「柑橘、柚椒ときて、先輩はなんと?」

「え? あー、何だったかな?」

「檸茶コンビだよ。巡先輩」

「姉さんの彼氏は一茶いっささんね」


 こちらも同じくコンビ名が存在していた。


(なるほど。上手い具合に尻に敷かれるのな)


 彼女の名が前に来て、彼氏が名が後にくる。

 個々の夫婦漫才が幼馴染達のコミュニケーションだと改めて認識した俺だった。



 §



 一瞬、心の奥底からモヤっとしたが檸檬先輩の末妹の事情を聞く内に、何故か安堵した。


(この感情って何なんだろう? 美柑に聞くと分かるかもだけど、騒がれるからやめとこう)


 肝心の木坂姉妹はクッキーを美味しく頂いたあと、巡君に案内されて脱衣所で着替えた。


「お風呂場の中に大きな檜風呂があった!」

「豪邸だとは思っていたけど、凄いですね」

「そうか? 俺はなんとも思わないが?」

「というか素肌を晒してるのに無反応?」

「先輩はどこか枯れていますよね?」

「お前等の彼氏に配慮しているだけだ」

「「あー、なるほど!」」


 大きなおっぱいを晒した姉妹が出てきた時、


「「でっかい!」」


 私と妃菜ひな先輩は目が点になった。

 大きさを問えば美柑はDカップ。

 柚澄ちゃんはCカップらしい。

 それでも成長期なのでD寄りのCだそうな。


(羨ましいよぉ。早く成長しないかな?)


 巡君は胸が小さい方が好きらしいから複雑だけどね。あえて二人から視線をそらしているのは気がかりだけど、大きくても可なのかな?


「永久絶壁から見ると大きいと思うけどね」

「永久絶壁って言わないで!」

「私は先輩よりもありますよ?」

「恵ちゃん!?」


 妃菜先輩は一人で絶叫しているが、


「その辺、彼氏としてはどうなの?」


 個々の反応を淡々とスルーして、水を継ぎ足している巡君へと、美柑がツッコミを入れた。


「セクハラになるから言わない」

「この際、セクハラは問わないけど?」

「分かった・・・おっぱいに貴賤なし」

「「「おぅ」」」


 三人揃って、その反応はなんなの?

 妃菜先輩は聞いていたのと違う的な反応だ。


「小さい方が好みだって聞いたけど?」

「先輩、社交辞令って知ってます?」

「しゃ、社交辞令だったの?」

「問われたら、そう言うに決まっているでしょう? 大きい方も好きなんて言うと・・・」

「この、裏切り者!」

「なんて言うと思いましたので」


 実に淡々と本音を晒す巡君だった。


(そうか、大きくてもいいんだ・・・)


 何故か私は安堵したけどね。

 それなら気にせず育てようとも。


「社交辞令は後輩なりの配慮だったのね」

「小さい人に大きい胸が好きは禁句だもんね」

「この場合は無い人が適用されるわよ。柚澄」

「無くないもん! 育ったし!」

「そういえば先輩もAにはなってますよね」

「うそぉ! 永久絶壁じゃないの!?」

「そのあだ名、やめてよね! ワンワン!」

「そっちだってやめてよね! 永久絶壁!」


 先輩達は口々に罵り合う。

 私達は無視して水浴びを続けたのだった。


「温いと思ったけど気持ちいい」

「癒やされるね。お姉ちゃん」

「そうだね。柚澄」


 巡君だけは奥で飲み物を用意していたが。

 急遽、女だらけになったから空気を読んで引っ込んだともいう。先ほどのセクハラ云々から先輩達の口論が始まったも同然だし。


「私も美柑みたいに育つといいな」

「育つの? 恵も育つの? 嘘でしょ?」

「それ失礼じゃない? 私も今はBだけど?」

「嘘でしょ?」

「ムカッ」


 美柑も美柑で失言が多いと思うな。

 檸檬先輩も失言が多いから姉妹だと思うよ。

 実際に姉妹なんだけどね。


「お姉ちゃん達って空気を読まな過ぎでしょ」

「ほい。ジュース」

「ありがとうございます。巡先輩」

「どうせ、喉が渇けば止めるって」

「それもそうですね」


 ああ、鬱憤を吐き出させるための放置と。

 すると門扉が開き、母さんが現れた。


「巡君、真樹まきは?」


 口論する私と美柑を一瞥するも無視して巡君に問いかけていた。


「もう少しすれば帰ってくるかと」

「そう。少し早すぎたかしら?」


 何か用事でもあったのかな?

 私は美柑との口論を途中で止め、


「そうだ、母さん。お願いがあるのだけど」


 檸檬先輩に聞いていた話をお願いしてみた。


「父さんの・・・お父さん、が私に会いたいらしいのだけど、会いに行ってもいいかな?」

「それって、お義父さん? あ、そうね。頃合いだし、行ってもいいかもね。あの頃は色々あったけど、水に流そうって話し合いもしたし」


 母さんはそう言って優し気に微笑んだ。

 私にとっての祖父だからだろうけどね。


「話し合いしていたの?」

「再婚前にね。生まれて間もない貴女の扱いで弟さん、信吾しんごさんと親権について話し合いしていたから。その際に私が育てるって事になったけどね」


 なるほど、私の親の権利をどうするかって話になったのね。それを叔父さんが祖父の代理で話し合って、今があると。祖父は私の存在を知らなかったみたいだから何故か喜んでいると。


「それで」


 すると私と母さんの会話に美柑が割って入る。


「え? なんで父さんの名前が出るの?」

「ちょ、美柑、空気読んで」

「父さん? ああ、もしかして?」

「うん。関係者かな? 私も檸檬先輩から伺っていたしね」

「姉さんが?」

「というか、関係者が勢揃い?」

「今はそんな感じ」

「そう。道理で一人は見覚えがあると思った」


 母さんの言う一人って檸檬先輩かな?

 檸檬先輩も母さんに気づいて会釈した。


「会った事があるの?」

「墓参りで出くわしていたから」

「そうなんだ」

「会う時期は彼女と話し合って向かえばいいわ。存分にお爺ちゃんに甘えてらっしゃい」

「ありがとう、母さん」


 母さんは私の頭を優しく撫でると、先輩の家に戻っていった。母さんの用事がなんなのか分からないけど、おそらく仕事の事だと思う。

 一方、美柑はきょとんとしたまま姉に問う。


「姉さん、どういうこと? お爺ちゃんって」

「恵ちゃんの実父が亡くなった伯父さんよ」

「「ふぁ?」」


 ああ、これは信じられないって感じかも。

 柚澄ちゃんまでも同じくきょとんだしね。




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