第22話 御し易いと利用されるね。

 職員室での口論後、行き遅れ先生達は校長室へと呼び出され、教頭先生達から説教された。


『いいですか? 生徒の自主性というものは』


 これで会長の溜飲が下がればいいけどね。

 ちなみに、会長が言い放った言葉。


『卒業前の教え子に手を出すなんて・・・』


 これは教頭先生が入室した瞬間、行き遅れ先生達を糾弾するように言い放ったのだ。

 私が放った論点のすり替え後、一瞬でその言葉を選択する地頭の良さは惚れ惚れするよね。

 神野こうの先生もうんざりしていたのですり替えと気づきながらも乗ってきていた。

 そこから判断出来るのは、


「あの先生方って職員室でも嫌われてます?」


 それしか無いよね?

 神野先生は苦笑しつつも頷いていた。


「独身の女性教師相手に、先に結婚したら許さないって威圧していたからね。私は既婚だからいいけど、毎度のようにそれを見るのは」


 会長も隣に移動して私の額を小突いた。

 言ったらダメでしょと口の動きで示しつつ。

 そして神野先生の言葉尻を引き継いだ。


「主任としても辛かったでしょうね」

「そうなのよ。聞き分けが悪いしね。まだ生徒達を相手にしている方が楽だと思うほどに」


 そういえば主任だったよね。

 ウチの担任って。英語教師かつ生徒会顧問。

 仕事量も相当あって、家に帰れば子育てと。

 今回の試験行事でも相手校の先生方と打ち合わせしてくれたりと何かと気苦労が多かった。


「今回は他校が関わるから中止になったら」

「どうなっていたか皆目見当もつかないわね」

「教員研修も引き受けて下さいましたしね」

「想像力の欠けた同僚を持つのも大変よね」

「我が校だけで動いていませんからね」


 そこへ会長への個人的な妨害で中止に追い込もうと躍起になった某女氏は、内申的に危険域に突入しただろうね。行き遅れ教師達が上役に怒られるに至った原因、そのものなのだから。


「とりあえず、回避出来たので良かったです」

「そうね。何度言っても会話が成立しなくて焦ったわよ。あそこまで意固地になるとはね?」


 会長もお疲れなのか額に汗が流れていた。

 精神的苦痛そのものだったのかもしれない。

 言えない事を隠しつつ理由を語る。

 私が暴露したから何とかなったけど、


(某女氏が知ったらどうなることやら?)


 先々を憂いた私であった。

 すると神野先生が溜息を吐きつつ己が思いを口にする。


「そもそもの話、お二人に決定権はありませんけどね。先生方も参加表明しておりますし、職員会議で決定した事を、平教師の一存で覆す事は出来ませんよ。例え生徒の密告があろうとも問題児として名高い者の言葉を誰が聞くと?」


 ああ、問題児として見られていたのね。

 会長は苦笑しつつ疑問気に口にした。


「あの選挙公約が原因ですもんね。でも不思議ですよね? 選挙公約の件で余計に堅牢堅固になった先生方が、先輩の密告を信じたとか?」

「あれは人伝だったそうですよ」

「「人伝?」」


 神野先生は私と先輩のオウム返しを受けるとバツの悪い顔で逡巡し、小声で語った。


「これも本当は表沙汰には出来ませんが、お二人は被害者も同然なので特別に教えますね」


 神野先生はそう言って、きょとんとする私と会長に耳打ちした。こそばゆいので距離を取りたいけど・・・内容を聞いた瞬間、愕然とした。


木坂きさか檸檬れもんから聞いた?」

「あの時、副会長は私と一緒に居ましたよ?」

「それでも、お二人は信じたんですよ。副会長が会長の不純異性交遊に懸念している。どうにかならないか相談したと。自分の中では抱えきれない内容だったから、お二人に伝えたと」


 先生にお願いすれば考えを改めるだろうと。

 この件は内密にして欲しいとも言っていた。

 内容が内容なので不評の原因にもなると。

 だから表沙汰には出来ないって事なのね。


(これってどちらの意味で改めるんだろう?)


 兄さんについてか会長職についてか。

 あの先輩の思惑が見えてこないね?

 すると会長が、


「れ、檸檬は今どこに?」

じゅん君と中庭に居ますが?」

「本人に聞いてくる!」


 血相を変えて職員室から出ていった。

 私は会長の言葉から過去の事案を思い出す。


「ああ、今回も仲違いが狙いだったのかも?」


 神野先生はきょとんとした。


「今回も? な、仲違いって? ま、まさか生徒会を空中分解させたかったとでも?」

「あの人なら、それくらいやりかねませんね」

上坂かみさかさんは何か知っているの?」

「兄が嫌々と愚痴っていました。上手くいきかけていた他校との企画が頓挫した時、裏で暗躍していたのが役員入りしたばかりの先輩だと」

「ああ、あの時の?」

「ええ。本人が得意気に暴露したそうですよ。お陰で兄は副会長と絶交して気分が悪いって」


 兄さんの親友は女子生徒で副会長だった。

 それも幼馴染で、よく連んでいたのだ。

 当時の兄さんは生徒会長だった。

 今回と同じような交渉事を行った。


「その時も副会長が告げ口したと聞かされて」

「今みたいに問い質して喧嘩してしまったと」


 以降は会長職を辞任して雑務に奔走した。

 幼馴染は辞して生徒会から居なくなった。

 当時の生徒会は三人で回していたそうだ。

 会長達は二人で回していたから気苦労は絶えなかっただろうね。戦友と称しても不思議ではない木坂副会長が相談する訳が無いのに。


「本当に卑劣な行いが大好きな先輩ですよね」

「それは由々しき行いね。職員会議ものだわ」


 神野先生までも危険視する人格破綻者。


「上っ面だけは良いですからね、あの先輩は」

「試験に心理テストでも導入しようかしら?」



 §



 中庭で談笑中の俺達の元に、会長が怒り心頭の表情で訪れた。


「ワンワン! ちょっと聞きたいのだけど?」

「どうしたのよ、一体?」


 会長は問い詰めるように顔を近づけた。


「貴女、地利ちり先輩に何か言った?」


 問われた副会長は怪訝になる。


「は? 何の事よ?」


 会長は職員室であった事を語り、原因となった告げ口があった事を問うてきた。はぁ?


「え? わ、私が? どうして?」

「地利先輩が相談を受けたからって行き遅れ達に伝えたのよ。あの人だけだと通じないけど」


 副会長の言葉なら信じられると言って、今回の騒ぎになったというのだ。なんだそれ?

 俺は教師達の行動に疑問を持った。


「会長、その先生方は裏取りしたんです?」

「してないわ。ただ、言葉だけ信じたのよ」

「それなんて情報として信用出来ないですよ」


 その教師達ってバカなのか?

 本人に相談されたならともかく、又聞きを信じるなんて、頭がおかしいとしか思えない。


「私も聞かれて無いけど? そもそも大嫌いな地利先輩に相談するなんて有り得ないでしょ」

「それも、そうね。冷静に考えれば・・・」

「おかしい事だらけですよね。相談していないのに相談されたとする。捏造されたとしか?」

「思えないわね。人の名前を勝手に使うな!」


 先ほども嫌いな先輩だと言っていたしな。

 好かれる要素が見当たらない人物だとか。

 それでも三年女子の間では信頼を勝ち得ているので謎が多い人物として疑問視されている。

 主に二年生の女子達からな。

 一年女子だと会長に憧れているから、比較すると九頭くず先輩は見劣りするそうだ。

 これは美柑みかんの言葉らしい。


「職員室に戻って。いえ、校長室に向かいましょうか。先生達に事実を公表しないと」

「ええ。頭にきたから退学に追い込んでやる」


 勝手に名前を使われた副会長。

 その怒りは相当なものだった。


(これって仲違いが狙いだったのかね?)


 そう考えると心理戦を熟知した輩となるか。

 教師達の学校の弱味まで熟知しているしな。


「将来は詐欺師か何かになるつもりなのかね」

「「ぷっ」」


 俺が呟くと会長達は噴き出して笑った。


「詐欺師。そうね、詐欺師ね」

「ぴったりね。公序良俗に反する、有り得ない選挙公約を掲げる時点で、十分に詐欺師だわ」

「それで男子の票を稼いだのも事実だものね」

「行き遅れ共を堅牢堅固にした張本人だけど」

「その公約は不評の原因になりませんか?」

「「絶対になるわね!」」



 §



 会長が副会長を連れて職員室に戻ってきた。

 背後には下野しもの君も付いてきていて険悪とは真逆の雰囲気だった。


「仲違いも回避したみたいね」

「巡君が第三者の目線で説得してそうですね」

「なるほど。冷静に対処してみせたと」


 私の彼は本当に凄いと思う。

 彼女として鼻が高いよ。

 利害で交際しているのに、どういう訳か下野君が先生から褒められて嬉しかった。


(何でだろう?)


 会長達は校長室の扉をノックする。

 え? 何するつもりなの?


「あれって?」

「本人が伝えるつもりなのね」

「本人が伝える・・・事実!」

「ええ、この分だと夏季休暇に緊急職員会議が開かれそうだわ。覚悟しておきましょうか」

「災難ですね。先生」

「秘密と言っても事情が事情ですしね」


 漏らした先生も問われるかもしれないけど、


(先輩の虚言から出た捏造なら、どちらが優先されるか明白だよね?)


 確認を取らなかった先生方も悪いと思う。


『私は九頭先輩に相談などしておりません』

『『!?』』

『先生方は相談された時点で、私に事実確認するべきではなかったのですか? 又聞きで知らされた相談が真実だとどうして言えますか?』

『ほう。事実確認はされたので?』

『し、して、おり、ま、せん』

『が、学校の不評に繋がるからと、内密にして欲しいと言っていたと、信じてしまいました』

『『それはまた』』


 校長先生と教頭先生が頭を抱えていそうだ。


「九頭先輩は弱味を突く天才なんですかね?」

「それを言われるとそうかもしれないわね?」




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