第15話 陰へと潜む者の影を追う。

 利害関係での交際を始めて三日が経った。

 あれから教室では生暖かい空気が漂い、


(どうしてこうなった?)


 勉強どころの雰囲気ではなかった。

 その発生源はギャルを除く女子達だ。

 上坂かみさかと俺を優しげな微笑みで静かに見つめており大変居心地が悪かった。


(頼むから前を向いてくれ。叱られるぞ?)


 なお、件のギャルは女子のいじめに遭い翌日から学校を休んだ。このいじめも絶滅危惧種を使ってやり過ぎた事と過去に積み重ねてきた悪行の報復が行われた結果なのだろう。


(個々に好きだった男子。その男子達が上坂に靡く原因を作った張本人と露見したからか。あれも誰が表沙汰にしたのやら? 上坂家の火事の件は警察も情報を流してなかったのにな?)


 それこそ俺の知らない所で何かが蠢いている気がする。その動きそのものが完全なトカゲの尻尾切りだもんな。親の動きだけでなく。


(もっと別の何かが蠢いているのかね?)


 一方、クラス外の男子からは嫉妬に狂った視線を浴び妃菜ひな先輩が味わっている嫌がらせまではいかないものの体育の合同授業では体当たりに近しいラフプレイを行われだした。


(交際を止めろ、か。止めなければ大怪我するぞって何様なんだろうな。これも裏に何かが居るとしか思えない。指示を出す者は誰か?)


 これも結局、俺の憶測でありそれらの対処はその都度行うしかなかった。ラフプレイに走るなら直前で躱して転けさせたりな。

 体操着を引っ張ったら引き摺って連れていったりな。当然、先生に見つかって生徒指導室に連れて行かれた者達も居た。


(仮に交際を止めたとしたらめぐみに群がるよな。学年一位を引き摺り落としたい者って誰なんだろうな? 仮にギャル達を実行犯とすると首謀者が必ず居るはずなんだが?)


 それが誰なのか分からない事には対処のしようがなかった。陰でこそこそと場を操るって本当に面倒な奴が背後に居そうな気がするわ。


(その頭脳を勉強に活かせば学年一位になれるのに。バカだよなぁ。マジでバカだよなぁ?)


 ちなみに、今は小テスト中である。

 既に解答と見直しを済ませて窓の外を眺めている俺だった。



 §



 小テスト中、下野しもの君が窓の外を眺めていた。解答中の私は周囲の視線が気になって横目で振り返ったのだけど下野君が物憂げに思案している姿が見えたのだ。


(え? 何してるの?)


 解答しなくていいの? 不安なんだけど?

 問題は全部で二十問。そこそこ難しい設問があって私は頭を抱えているところであった。

 なのに下野君は左手でペンをくるくると回しながら先生をチラ見しては窓の外を見る。


(ま、まさか、終わってる? いや、そんな訳ないよね? うん)


 小テストを終えると後ろから順に集めていく。先生は模範解答を元に点数を付けていく。

 そして高得点者の順に先生が名前を呼んだ。


「あー、難しい問題だったんだが・・・下野!」

「はい」

「全問正解だ。答案を取りに来い」

「はい」


 えっと、マジで?


(じゃ、じゃあ、あの時点で終わってたの!)


 下野君は平然とした様子で席に戻る。

 それは勝ち誇っている訳ではなく何か別の事を考えている表情だ。思案中によく見るよね。

 次点で私が呼ばれ次々に受け取りに行く。

 不正解者が受け取った後、授業は終わった。

 私は自己採点を行って頭を抱えた。


「ああ、最後だけミスってるよぉ」


 計算式が一つだけズレていた。


「どんまい、恵」

「でも凄いよね、恵の旦那」

「うんうん。これを全問正解とか」


 旦那って。まだ、そんな関係じゃないし。

 交際後、下野君相手に旦那呼びが定着した。

 当の下野君は諦観の面持ちで受け流しているけどね。どれだけ注意しても変わらないから。


「そういえば最近の恵って学食行ってないね」

「それは思った。お弁当に変えたの?」

「あー、うん。お財布事情が厳しくてね」

「そうなんだ。じゃあ、カラオケは?」

「バイト代を貰うまでは無理かな? 生活費諸共盗られたからね。両親からの仕送りと共に」

「あらら。それは災難ね」


 ホントに災難なんだよね。

 一応、返金は叶ったけど、今度は下宿費として下野君のお母さんに預ける事になったのだ。

 クラスの友達には先輩の家にお世話になっていると伝えているので事実上の半同棲まではバレていないのが現状である。

 学校に対しても一階と二階で別れて過ごしていると下野君のお母さんが住所変更手続きで伝えているので問題ない事になっている。


(でもまさか卒業まで暮らす事になるなんて)


 これだけは想定外だったね。

 ちなみに、半同棲は母さんも乗り気になり、


『そのまま嫁いじゃいなさい! 卒業後に孫の顔も見たいし!』


 それを聞いた私は愕然とした。

 親友の息子の元なら安心だとも言っていた。

 父さんは庭が大事なので何も言っていなかった。権利書を確保した事を伝えると『良くやった』と褒める文章が届いただけでね、解せぬ。

 そんな休憩中の教室に先輩が顔を出した。


「失礼、下野君と上坂さん、居ますか?」

「「「生徒会長!?」」」


 私は驚く友達を避けつつ先輩に問う。


「先輩、何か用ですか?」

「居た居た。下野君は?」


 下野君は・・・あれ? 教室に居ないね。

 一体、何処に行ったんだろう?

 考えられるとすれば、


「多分、トイレでは?」


 それしかないよね。

 まだ昼休憩ではないし。

 先輩は思案するも私の手を引き廊下に出た。


「そう。途中で拾いましょうか」

「私達に何か用なんですか?」

「詳しくは生徒会室で話すわね」

「はぁ?」


 生徒会室に私と下野君を呼ぶ理由が分からない。あり得るとすればスカウトかな?

 あの時は、


『私よりも首席をスカウトして下さい』


 そう言って断った。

 先輩は『首席と一緒なら仕事する?』と問うたので『多分』と返答したのだ。

 それが今になってお誘いがかかるのは不可解だった。昨日の先輩は何も言ってなかったし。



 §



 移動中にトイレから出てきた下野君を確保した先輩は、私達を生徒会室に連れていった。

 下野君は何が何やらで先輩に問いかけた。


「先輩、次の授業に遅れるのですが?」

「ごめんね。こちらの方が最優先でね。先生には遅れる旨、伝えてあるから安心して」

「「はぁ?」」


 次の授業は英語だからいいけどさ。

 一体、先輩は何の用なんだろうか?

 先輩はソファに座り真剣な表情になる。


「実はね、今年度の役員の一人が問題を抱えた生徒なんじゃないかって顧問と話し合ってね。今回更迭する事になったの」

「「え?」」


 更迭ってことは交代させるって事?


「それで、その一人が行っていた業務。会計を下野君にお願いしたくてこの場に呼んだわけ」

「お、俺がですか?」

「ええ。適任者と思ってお願いしているのよ」


 適任者? ああ、お店に残って売上計算している時がたまにあるね。帳簿に記していたり。

 それを知っているからお願いしていると。

 下野君は逡巡しつつも問いかける。


「俺が生徒会入りして、益はあるのですか?」


 益、利益って意味かな?

 学業とバイト。それに生徒会の仕事。

 先輩も行っている仕事量がのし掛かる。

 仕事に見合う益が無ければ私も受けないね。

 それを聞いた先輩は笑顔に変わり、咳払いののち真顔に戻る。あ、何かあるよ、これは。


「大学の推薦枠。後は単位取得に融通がきく」

「「そ、それって!」」

「これは生徒会役員に与えられる枠でね、最低一期から最長二期、務めた者に与えられるの。単位は生徒会活動に関われば取得していない単位が得られるの。拘束時間が無駄に長いから」


 私と下野君の欲しい権利じゃないの!


(というか下野君にとっては必要じゃない?)


 事故で遅れている分、取得が困難だもの。


(そういえば兄さんも推薦で大学に進学して)


 それを用いたと? 断るんじゃなかった!

 数ヶ月前の私のバカぁ!


「で、話を戻すけど、今年度の生徒会役員枠は二枠あるの。一枠は一度埋まったけど更迭ね」


 あ、これってまさか? 私も?


「この枠は入試時の成績順でスカウトする決まりがあってね。上坂さんには一度お願いしたけど断られたのよ」

「うっ」

「やっぱり」


 苦笑いでやっぱりって言われたぁ。

 数ヶ月前の私のバカぁ!


「その時に『首席と一緒なら仕事する?』って聞いてね。多分って返されたの」

「なるほど」

「え?」


 ちょっと、待って? 確かに言ったけど。

 しゅ、首席って、まさか?


「私は誰が首席か知っていたからバイト中にでも問うつもりだったんだけどね。でも、学校で伝える決まりがあるから、時間を作ったのよ」


 首席って、下野君なのぉ!?

 驚きだよぉ。あ、事故・・・大事故。


(なんで気づかなかったの! 私のバカぁ!)


 私が愕然としている間も話は進む。


「先輩が抱える仕事量ですか」

「出来ない事はないでしょ? 私もしてるし」

「そうですね。時間をやりくりすれば何とか」

「それは決めたって事でいいわね?」

「先輩の頼みですしね」


 下野君は決めちゃったと。

 そうなると次は私かな?


「上坂さんには、書記をお願いしたいのだけどいいかしら? 文字が奇麗だし」

「は、はい。じゅん君が関わるなら、やります!」

「決まりね。活動は明日からね。それで巡君? 私にも、お弁当を、お願いします!」

「ああ、それも目的だったんですね?」

「時間が取れないもの。移動時間が惜しいわ」


 こうして私達の生徒会入りが決まった。

 なお、更迭予定の生徒はA組の彼であった。


五味ごみ葛生くずお?」

「巡君は彼を知ってる?」

「知りませんね。面識もないです。恵は?」

「先日、クラスに来たよ。杜野もりのさん目当てで」

「ギャル目当て?」

「うん。A組に来てくれって言い残して」

「A組に?」


 問題を抱えた者が五味葛生。

 あの優男は一体何をしたのだろうか?




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る