第14話 目覚めたら噂が拡がった。
翌朝、俺はいつもよりも早く目が覚めた。
時刻は六時過ぎ。スマホのアラームが鳴る前に目覚めてしまいどうしようかと思案した。
いつもならもう少し惰眠を貪るが、
「今日からは早めに起きないと不味いよな?」
今は客間に先輩と
チェストから着替えを取り出し自室を出た。
その際に玄関扉が閉まる音が響いた。
車のエンジンが始動する音も響いた。
「ああ、母さんが出勤したのか」
母さんも仮眠するために戻っていたようだ。
一応、親父の出張は昨晩の連絡で知らせたので了承しているだろう。すれ違いは酷いがな。
脱衣所に向かう前に客間の様子を覗き見る。
上坂はもぞもぞと先輩はムニャムニャと気持ち良さげに眠っている様子が見てとれた。
扉からは寝顔は見えない。扉から分かるのは各自の布団の動きと寝息だけである。
物音を出さず扉を閉めて脱衣所に向かう。
覗き見たのは遭遇を避けるためだ。
物音を聞くだけでもいいが様子見せずに起きてこられてばったりでは堪らないから。
風呂に入って身体を洗って湯船に浸かる。
天井を見上げた俺は今後の予定を思案する。
(先輩も泊まるのは今日までだったな。今晩からは二人きりか。当番のルールでも決めるか)
昨晩は報復の退避が主だった。
退避したから上坂の命と貞操は助かった。
その代わり上坂の家は燃えて無くなった。
母さんも問題が解決するまでは泊めても良いと言っていたので生活するうえでルールが必須に思えたのだ。下着を見た見ないもあるし。
「炊事洗濯は俺がするからいいとして」
上坂に行わせるのは下着と私服の洗濯だけでいいかもしれない。だが、あくまで客だ。
今はいつまで住み続けるか分からない。
それならばもてなすだけで良いだろう。
「こればかりは母さんが決める事だしな」
親父も母さんに家の事を任せている。
母さんも今は忙しいが問題が解消すれば家事に取り組むだろうからそれまでの辛抱だな。
風呂から出た俺は脱衣所で身体を拭く。
トランクスを穿いて歯を磨く。
髪型を整えて脱衣所を出た。
パンイチ姿でキッチンに向かい、
「はぅ!?」
「?」
寝起きの上坂と廊下で遭遇した。
気のせいか真っ赤なんだが、はて?
「おはようさん」
「お、おはよう」
挨拶しつつすれ違いキッチンで水を飲んだ。
リビングのテーブルを見ると、いつも通りの置き手紙と小遣いが置かれていた。
置き手紙には驚きの内容が記されてあった。
「え? マジで?」
肝心の置き手紙の内容は、
『
微妙にツッコミたい内容が記されていた。
『それと焼けた家の件は来週、本人に確認するから時間を空けてもらってね。恵ちゃんのお母さんも同席するから心配しなくていいわ』
ツッコミたいが母さんなりに配慮している事が分かった。それに上坂の母親とも何らかの繋がりがあるようだ。同種だからだろうが。
小遣いと置き手紙を持った俺はリビングから自室に向かう。すると今度は先輩と遭遇して、
「なんて格好で彷徨いているのよ!?」
何故か怒鳴られた。先輩は既に制服を着ていてサマーセーターも忘れていなかった。
上坂は寝起きの部屋着だったがな。
「なんて格好って風呂上がりだから?」
「パンイチって。少しは配慮してよぉ」
「え? 海水浴の時と大差ないでしょ?」
「そ、それはそうだけど・・・腹筋とか?」
「腹筋?」
「大胸筋とか」
「大胸筋?」
「昔と全然、印象が違うじゃないの!」
「ああ、トレーニングの成果だから?」
それで上坂の顔が真っ赤と。
先輩も同じく真っ赤っか・・・。
アプローチという名の揶揄いはしてくるくせに意外と異性の免疫が無いのかもな、先輩は。
俺は自室に戻り制服を着た。教科書とノートを詰めて、忘れ物が無いかチェックする。
財布に小遣いを入れて通学準備を終えた。
自室からリビングに向かうと、
「驚きましたよ。なんですか、あの筋肉?」
「分かる! 制服を着るとそうでもないけど」
「着痩せってレベル超えてますよね?」
制服に着替えた上坂と先輩が談笑していた。
話題は俺っぽいが、仕方ないと聞き流した。
冷蔵庫から弁当を取り出してご飯を詰める。
数は三つ、今日だけは先輩の物も用意した。
冷めたご飯の上に自家製ふりかけを散らす。
キャラ弁風に切った海苔も乗せてみた。
可愛らしい風呂敷を棚から取り出して包んでいく。この風呂敷は母さんのコレクションだ。
手紙の追伸で使いなさいと書かれてあった。
これも冷蔵庫の弁当に気づいたようである。
俺は談笑中の二人の前に弁当箱を置く。
「ほい、昼飯」
「「え?」」
何故か二人からきょとんとされた。
俺は鞄に弁当箱を詰めつつ理由を語る。
「恵はお財布事情が厳しいだろ」
「あ、うん」
それは窃盗で生活費が無くなったから。
生活費は恵がバイトで稼いだ賃金だ。
「先輩は仕事が大変なんだろ?」
「あー、そうね。学食に行く余裕ないかも」
先輩は生徒会長の仕事でてんやわんやだ。
夏季休暇後に体育祭と文化祭が控えているからな。夏季休暇も一週間に数回は登校らしい。
「だから、弁当を昨日の内に作っておいた」
「「それで」」
「あと、恵はこれを読んでおいてくれ」
「これは?」
「母さんの置き手紙」
俺は先輩にも見えるように手紙を手渡す。
「置き手紙・・・ふぇ?」
上坂は目が点。
先輩は楽しそうな表情に変化した。
「そうきたかぁ。同棲じゃないの!」
「下宿でしょ。ウチの両親だって居るのだし」
「でも、居ない時が多いから同棲じゃない?」
「下宿ですよ。同じ家に住む以上は清く正しく過ごさないと。それに学校にも届け出るので下宿で通さないと内申書が酷い事になりますよ」
「でも避妊って書かれてるけど?」
「・・・」
先輩が余計な事を言うから上坂が真っ赤だ。
「同意の上でしょ。俺も恵に無理強いはしたくありません! 恵の部屋だって客間ですし」
「・・・」
「ふ〜ん」
「何ですか?」
「別にぃ」
この耳年増は何を考えているのやら?
揶揄う割に免疫のない女子高生なのにな。
ともあれ、大変微妙な空気になったが、時間もあれなので、朝食に向かった俺達だった。
「恵の飯代は母さんから貰ってるから払うぞ」
「え? あ、うん。ありがとう」
「私にも朝食を奢って!」
「店長に奢って貰えばいいでしょ」
「うっ。父さん、奢って!」
「小遣い抜きでいいか?」
「ごめんなさい」
§
学校に登校すると周囲の視線が痛かった。
交際話より昨晩の事件が噂されていたから。
「家が燃えたんですって」
「放火なの? 誰がそんな事を?」
「一年の問題児が原因よ」
「あー、あの?」
「先生達も沈黙でしょうね」
女子達の噂話は真実に近く、誰が広めたのか不可解だった。教室に着くと問題児が登校していて平然と
「懲りないな、お前」
座っていたが周囲には誰も居らず、一人でポツンと外を見ていただけだった。
「ちっ。退ければ良いんだろ退ければ!」
私にも気づいて睨んできたが、苛立ち気に教室から出ていった。外から聞こえるのは噂話。
「あれよあれ。勘当されたんですって」
「親が推進する公約を娘が壊せばね」
「先生達はどうするのかしら?」
「停学か退学か会議中みたいよ」
「今回は親が動かないから、か」
「今まで好き放題してきた末路ね」
「「いい気味!」」
誰もが
今まで彼女相手に女子のいじめが始まらなかった原因は親の権威、後ろ盾があったからだ。
だが、その後ろ盾は無くなってしまい権威に群がっていた問題児共も離れていったようだ。
私は鞄を机に置き窓から廊下を覗き見る。
(凋落ぶり凄まじいね)
杜野さんはトイレに入り、別の女子達が追っていった。ああ、あれは始まってしまうのね。
すると教室に一人の男子生徒が顔を出す。
「おや? 杜野君は居ないのか?」
それはA組所属の優男だった。
名前は
(五味君がなんでここに?)
中間考査では学年二位。入試は三席だった。
私の下に常に貼り付いてくる優男である。
女子達の人気も高くファンが押し寄せる。
下野君を見た後だと平凡に見える容姿だが。
五味君は教室内を覗き見てクラス委員に声をかける。私なぞ眼中に無いって感じだけどね。
「ちょっと、そこの君。杜野君が戻ってきたらA組に来るよう言って貰えないかい?」
クラス委員は内容が内容だけに嫌悪を示す。
「女子トイレに行けば居るんじゃないか」
「いやいや、男子が女子トイレに行くのは」
「忙しいから邪魔すんな。自分で行け!」
「ちっ」
そこで舌打ちしたら程度が知れるよ?
すると今度は奥に座る下野君に気づく。
だが、五味君は苛立ち気に教室を去った。
(何が目的だったのやら?)
なお、私と下野君の交際については、一緒に登校してきて恋人繋ぎをしていたからか、生暖かい視線で見られるだけだった。主に女子!
「今までの気苦労が実を結んで良かったね!」
「私達は見守っていくからね!」
「二人の結婚式には呼んでね!」
「結婚って先走り過ぎでしょ!?」
「美男美女のカップルだもの」
「そのまま突っ走って欲しいわね」
「子供が出来たら抱かせてね!」
「だから!?」
「「「子宝に恵まれますように!」」」
「なんでよ!」
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