第13話 認識のズレは説教を生む。

 お風呂に入ったあと脱衣所に体重計があったので乗ってみたところ少しだけ増えていた。


「食事後だから一キロ引いて・・・でも、それよりも多い? なんで?」


 すると先輩が私の背後から近づいてきて、


めぐみちゃん? 実はお風呂に入る前から気になっていたのだけどぉ」

「うわぁ! せ、先輩、何処に手を!?!?」


 私の両胸を鷲づかみしたのだ。


「育ってるよねぇ。これはどういうことぉ?」

「育ってる? そ、そんなはずはないですよ」

「育ってるわよ! はみ肉があったし!」

「はみ肉? そ、そ、そんなもの、何処に?」

「気づいてないの? 最近、胸が苦しいとは思わなかったの?」

「あ、そ、そういえば・・・少し、だけ?」


 少しだけ違和感があった事を思い出した。

 最近の告白事案が酷すぎて、意識が胸の周りに向いていなかっただけなんだけど。


「やっぱりぃ! 羨ましい!」


 先輩は私の胸から両手を放し興奮したまま脱衣所を飛び出した。私はバスタオルを巻くことすら忘れてしまい慌てて先輩を追った。


「ちょ、先輩! 何処に?」

「報告よ! これは報告だわ!!」

「だ、誰に!?」

じゅん君に決まってるでしょ!」

「えーっ!? ま、待ってくださいよぉ!」


 その騒ぎの後、私と先輩にとって忘れがたい思い出が増えてしまったのは言うまでもない。

 先輩は脱衣所に戻ると床に座り込んでいた。


「み、見られちゃった。どうしよう・・・」


 私も裸を見られたのは変わらないが先輩の羞恥は相当なものだったらしい。全身の肌が真っ赤だから。私でも顔だけなのにね。

 おそらくこれは兄さんが居るからだろう。


(寛ぐ兄さんを無視して裸で歩く事があるし)


 兄さんに見られてもなんとも思わないもん。

 兄さんも気にせずテレビを見ているしね。

 なので私は先輩を安心させる一言を吐いた。


「先輩、巡君なら忘れてくれますよ」

「め、恵ちゃん?」


 先輩の頭にハンドタオルを落として。

 出ていったのは髪を乾かす前だったし。

 身体の水分を拭っていた後だったし。


「最悪、兄さんと店長に殺されますから」

「あ、ああ、そうね。うん、そうよね」


 これは絶対ではないが彼氏である兄さんと店長に恐れて忘れると思う。


(私の事は? よくわかんない)


 先輩を立たせた私は共に髪を乾かす。

 まだ身体が暑いからパンツだけ穿いた。

 ブラはノーブラ派なので身に付けない。

 髪を乾かしたあとはTシャツを着てショートパンツを穿いた。着替えは後ほど洗うので篭に入れたままにしておいた。

 先輩とリビングに向かうと下野しもの君がキッチンで生クリームを泡立てていた。

 先輩はまだ復帰しておらず小声だった。


「お風呂、ありがとう」

「さっきはごめんね? 興奮してて」


 私は苦笑しつつお詫びした。

 下野君は私のお詫びを聞くと首を横に振る。


「気にしてないよ」


 手許では、泡立て器が凄い速さで動いてる。

 手動で混ぜてるの? 左腕が疲れないの?

 ボール前には黄色くて表面の焦げた、


「それよりプリン食うか?」

「「プリン!?」」


 焼きプリンがあった。

 下野君は何を思って用意したのだろう?

 あ、夜食かな? 小腹が空いた時の?


「風呂上がりのデザートだがいるか?」

「「いる!」」


 ああ、先輩も羞恥心がプリンで吹っ飛んだ。

 それは私もだね。女子は甘い物に弱いから。

 アイスケーキもでろんでろんだったしね。

 お風呂上がりのデザートとか嬉しすぎるよ。

 しばらくすると焼きプリンと共に生クリームと果物が載ったプリンアラモードが出てきた。


「召し上がれ」

「「いただきます!」」

「俺は風呂に入るから、寛いでいてくれ」

「「うん!」」


 プリンの風味は濃厚だった。

 甘さ控えめでも果物の甘みが活きてて。

 生クリームも丁度良い甘さで。

 先輩も幸せそうな表情だった。


「「美味し〜い!」」



 §



 自室を経由して脱衣所に入ると、


「おぅ」


 洗濯篭に黒と青のブラとパンツがあった。

 黒は先輩、青は上坂かみさか

 下着のデザインは先輩が妖艶だった。

 上坂は単色かつシンプルだった。


「水色と思ったけど青だったのか」


 これはおそらく、異性に魅せるための下着と、普段使いの下着と言えばいいだろうか?

 だが、女子の脱ぎたてパンツがドーンと置かれていると正直言って目の毒でしかなかった。


「み、見なかった事にするか」


 なので視界から外れるよう、洗濯篭にタオルを被せておいた。洗い物が増えるが仕方ない。

 風呂場に入り、髪を洗って身体も洗う。

 湯船に浸かり、本日の疲れを流していく。


「ふぅ〜。生き返るぅ〜」


 直後、ドタバタと脱衣所の扉が開いた。


『あー! 見た? 見たよね? 見たよね?』


 入ってきたのは上坂だけだった。

 風呂場に向かって大声で問いかける上坂。


(これは下着のことか?)


 ああ、タオルで隠していたから察したと。

 俺は問われたため素直に謝った。


「ごめん。見た」


 ここで誤魔化すとムッツリと思われるし。

 それに先輩からも揶揄われるからな。

 上坂は恥ずかしそうな声音で唸った。


『うぅ』


 裸と下着では羞恥心に違いがあるのか?


『あ、洗うから、もう少し、待っててね!』

「ああ、分かった」


 汚れた下着を見られた羞恥だったか。


『先輩も、はやく!』


 先輩も呼ばれて下着を取りに来た。


『はいはい。でも不思議よね? 恵ちゃんも上から下まで見られたのに。裸より下着って。私も思い出すだけで恥ずかしくなっちゃうわぁ』


 先輩も思う事は同じらしい。

 ちっ、元気になりやがった。

 素数を数えて落ち着かせないと。

 すると上坂が俺と先輩が驚く一言を口走る。


『私は兄さんに見られ慣れてますし』


 見られ慣れてる?

 まさか兄妹でそういう関係か?

 先輩は戸惑いつつも問いかける。


『は? ま、まさか? あれは本当に?』

『あれ?』

ひびきさんに相談されたのよ』


 相談? 妹が痴態を演じる的な話か?


『兄さんに? 先輩、まさか怒ってます?』

『怒っているわね。少しは配慮しなさいよ!』

『え、でも、兄さんも気にしていませんし』

『気にしていないって。気にしているわよ!』

『え? それってどういう?』


 他者には敏感でも身内には鈍感?


『これは年頃の女子としての説教が必要ね?』

『えぇ』


 上坂ってポンコツなのかもしれないな。

 俺も上坂のことは言えないが、勉強一辺倒だから、何処かしらで抜けがあるのかも。

 勉強の出来る先輩も意外とポンコツだしな。


「ブラ透けに気づいてない人が何か言ってる」

『えっ』

『先輩だって抜けてるじゃないですかぁ!』

『そ、それはサマーセーターを忘れただけで』

『忘れただけで? 気づきますよ、普通』

「ブラ透けに気づいてない人が何か言ってる」

『大事な事だからって二度も言わないで!?』

「いえ、恵のブラも透けていたんですが?」

『ふぇ?』


 片や全裸で怒る先輩。片や下着で怒る上坂。

 女子として間違っているのは上坂だけだな。


『恵ちゃんも人のこと言えないじゃない!』

『え、えっと・・・てへっ!』

『あざとく笑ってもダメよ?』

『うっ』

「暑くてもサマーセーターは着ろよな。男子を代表して俺からの忠告だ」

『う、うん』


 まぁ男子の大半は消沈するだろうが。


「というか風呂から出たいから、喧嘩は外で」

『『あっ』』


 俺の願いを聞いた二人は、そそくさと脱衣所から出ていった。危うくのぼせるかと思った。

 色々思い出して元気になってしまったが。

 一先ず、冷水を浴びて落ち着かせた俺は部屋着に着替えてキッチンに移動し、水を飲んだ。

 一方、客間からは先輩の説教が響いていた。


『巡君に下着や素肌を魅せるだけならいいけどね。他の男子には見られたくないでしょう?』

『は、はい』


 いやいや、俺相手でもダメでしょう?

 今のところは利害で付き合うだけだし。


『ブラ透けも、私が言える事ではないけど』


 告白時、それを見たくて訪れていた者も居ただろうな。色々小さくても女の子のブラだし。

 断崖絶壁の先輩ですら身に付けているしな。

 だが、これ以上赤裸々な説教を聞くと元気になるので戸締まりして自室に逃げた俺である。


「予習復習でもするか」



 §



 先輩の説教は二時間続いた。

 先輩は椅子に座ったまま。

 私はベッドで正座していた。

 本当なら予習復習すべき時間なのだが、


(足が痺れて動けないよぉ・・・)


 今日はそれすらも出来そうにないね。

 色々な事がありすぎて疲れもあるし。


(これって飴と鞭なのかな・・・)


 飴は焼きプリン。鞭は先輩の説教だ。

 それに至った原因も羞恥に関する事だった。

 脱衣所で下野君に汚れた下着を見られた。

 裸を見られた時よりも恥ずかしかった。

 それ以上にブラウス越しでブラが見えていたと知って、告白時の視線の意味に気がついた。


(巡君から気づかせられるなんて)


 本来ならセクハラだけど、私が無自覚に行っていた忠告だから、言い返せなかった。

 鈍感が過ぎるって自分でも思うよ。

 先輩も気をつけると言っていたし、私も明日からサマーセーターを身に付けようと思った。


(ダサいけど仕方ないよね・・・)




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