第11話 防犯意識を見直さねばな。
試作品の提供後、
「私にも教えてくれてもいいじゃん」
俺は
自転車を押して上坂の鞄だけを篭に入れて。
上坂は試作の余りを箱に詰めて抱えていた。
しかも栗鼠のように膨れて機嫌が悪そうに。
「あれは
「それって私の笑顔? 妃海さんって?」
「
「そんな名前だったの?」
「知らんかったんかい!」
「う、うん」
「結構、送迎されていたはずだが?」
「聞いてなかったよ」
本当なら妃海さんが車で送る予定だが今日は披露宴のお客様に飲まされてしまったらしい。
店員にウザ絡みを行う客は困り者だよな。
それもあって徒歩での送迎となった。
今日は母さんも家に居なかったし。
俺は話題を変えるため上坂の腹に注目する。
「まぁいいわ。一応、ドライアイスを入れてるから溶けないと思うが帰り次第、食べろよ」
それは試作の余りが入った紙箱だ。
「うん。そうする。お風呂上がりに」
上坂は大事そうに抱えて笑顔になった。
(上坂の、風呂上がり・・・エロい)
風呂上がりと聞いて要らぬ想像をしてしまったがこれは致し方ないと思う。
俺も健全な思春期男子だしな、うん。
「でも、お店のお菓子まで作ってるなんてね」
「あくまで試作までだ。本番は店長が作るし」
「それでも、店に出せるクオリティは凄いよ」
「褒め言葉として受け取っておく」
「本当に褒めているのだけど?」
この送迎も先輩曰く交際を示すために必要な事だという。仲の良い姿を周知するためにな。
そこまでする必要があるのかと思ったが、
「やっぱり夜は恐いね。ほら、あそこ」
「あっ・・・なるほど。あれが居るからか」
改めて示す必要性を感じた俺だった。
「出てくるのは夏場だけなんだけどね」
「なら、冬場は寒くて冬眠か?」
「ぷっ。冬眠って」
それは閉店時間が過ぎたコンビニに問題児が居たからだ。閉じていても灯りはあるからな。
消えているのは外看板と店内の一部のみ。
レジと誘蛾灯のみは点けっぱなしである。
俺は車道側を歩き上坂の存在を不良共に気づかれないよう歩幅を合わせた。
「この地域はあんなのばっかか?」
「南側の駅前にも居たりするけど」
ここで視線を合わせると喧嘩を売ってくるのでチラ見して通り過ぎるが。
「あー、居るな。誘蛾灯に群がる蛾かね?」
「今度は蛾って」
蛾みたいなもんだろ。
派手だし喧嘩を撒き散らしそうだし。
鱗粉という名の喧嘩だけどな。
「制服を着崩しているが」
「うん。ウチの学校だね」
着崩した制服は半袖シャツの前を開けて黒やら黄色やらのタンクトップを見せていた。
緑のスラックスを腰履きしてド派手なトランクス丸見えで屈んでいるだけだった。
初心な女子に示せる格好ではないな。
「女子は流石に居ないか?」
「居るとしても
「アレもたまに居るんだな」
「たまに見かけるね」
ちなみに、女子の制服は緑のプリーツスカートに白いブラウスを直で着ている者が多い。
逆にサマーセーターを着る者は少ないのだ。
上坂も着ておらず薄らと水色のブラが透けているからな。これもサマーセーターの色味が地味な灰色だからだと思うが。目の毒である。
コンビニを過ぎると丁字路に突き当たる。
右に曲がってしばらく進むと敷地の広い豪邸が見えてきた。家に灯りはないが車が二台は置けるガレージと庭園のある平屋だった。
「金持ちか?」
「その言葉、そっくりそのまま返すね」
庭園だけは自動的に灯りが点くようだが。
建物全体の灯りは全然点いていなかった。
「いや、あんな庭園は見た事がないが?」
「あれは父さんの趣味だから仕方ないの」
「というか、暗がりに一人か」
「そうだね。両親が帰ってきた時くらいかな」
えっと、女の子が家に一人?
(それって、やばくね?)
一応、セキュリティ会社のカメラが機能しているから危険は無いと思うが。
「ここってパトの巡回してるのか?」
「えっと、見た事ないかも?」
「そうか」
コンビニの問題児達の事を考えると安全とは言い切れなかった。親父に連絡しておくか?
一先ずは門に入り玄関前まで送る事にした。
上坂は鍵を回して引き戸の取っ手に触れる。
「あれ? 鍵が、閉まった?」
「閉まった、だと?」
「鍵をかけて出たはずなのに」
何故か開いていたと?
これはかなり不味いと思う。
俺はカメラが気になり上坂に問いかける。
「ところで外の防犯カメラは本物か?」
「えっと・・・ダミーです」
「マジか?」
「庭園の維持費が高くて父さんの判断でね」
「セキュリティ会社に入っていないと?」
「うん。恥ずかしい話だけどね」
恥ずかしさより娘の安全を考慮しろよ。
頭痛がした俺は鞄から聴診器を取り出した。
「ちょ、聴診器?」
「主治医の私物が鞄に入っていただけだ」
「何故、鞄に?」
「ポンコツだからとしか言えない」
「ポ、ポンコツ?」
聴診器を身に付け引き戸にあてがった。
室内ではゴソゴソ音と女の金切り声がした。
「とりあえず、警察に通報か」
「通報?」
「中に空き巣が入ってる」
「うそぉ!」
「声が大きいって!」
俺は慌てて上坂の口元を塞ぐ。
「ふぁ、ほへん」
ここで逃げられては堪らないからな。
スマホを取り出して警察に通報する。
住所は上坂に聞いて音を鳴らさずに来てもらう方法をお願いした。鳴らすと逃げるからな。
一応、親父の名前を出したら電話の先でガタガタと物音が響いた。
建物内の物音はまだまだ続く。
「大損したから運営元に売る?」
「う、売る? な、何を?」
これは言っていいのか分からない。
が、不安そうなので教える俺だった。
「風呂場と脱衣所は何処だ?」
「えっと、玄関の近くだけど?」
「そうか。洗濯篭の中」
「洗濯篭・・・はっ! えっと、それは?」
暗がりだが上坂が顔面蒼白だと分かる。
「落ち着け。洗濯物はまとめ洗いか?」
「う、うん」
室内に居るのは男三人、女一人。
洗濯篭に手を伸ばしているのは男だ。
呼吸が荒いから変態だと分かる。
「新しいパンツ買えよ」
「パ?」
すると玄関先に三台のパトカーが到着した。
赤色灯を消して音を鳴らさずやってきた。
それと同時に室内でもガタゴト音が響く。
「これは・・・コンビニの奴らが伝えたか?」
「コンビニ? あっ・・・あいつら?」
「ああ、到着直前に通知音が鳴ったな」
「そ、そんな!」
玄関先にまで向かってくる女の金切り声。
ドタバタ音から小さな怒鳴り声に変化した。
俺は上坂を抱きかかえて玄関先から離れる。
「失礼!」
「わぁ!」
上坂の両胸に触れたが仕方ない。
アイスの箱は地面に落ちてしまったがな。
「あ、アイスが」
「今度作ってやるよ」
「うん」
警察官達も俺達の動きに気づいて門扉から敷地内に入った。後は本職の方々にお任せなのでガレージに移動して注視した俺と上坂だった。
外に出た空き巣達は慌てて引き戸を閉める。
そしてご丁寧に鍵を閉じている。
「ちくしょう! 誰が通報しやがった!」
「知らねぇよ。お前のミスだろ?」
「んだとぉ! このド変態が!」
「うるさいぞ。鍵が閉められないだろ」
「静かにしろよ。近所にバレたらどうする」
さっさと逃げればいいものを。
四人で玄関先に残って口喧嘩とは。
その隙に呆れ顔の警官達は準備を済ませ、
「確保!」
「なっ!? なんで、囲まれてんだ!!」
一斉に空き巣共に襲いかかったのであった。
「杜野さんが、なんで?」
「おそらく賭け事の元締めだろうな」
「元締め?」
俺に告白を命じた件もそうだが誰かが振られる度に膨大な儲けを出していたのかもな。
それで俺と上坂の一件で大損となり報復として空き巣に入ったと見る方が妥当だろう。
「これは停学か? 退学か?」
「どうだろう? 杜野さんの親は代議士だし」
「なんだと? ここで政治屋の娘かよ」
だから先生達も極力無視していたと。
一先ず被害届だけは提出した上坂だった。
(受理されるか揉み消されるかは親次第か)
杜野達の逮捕後は事情聴取に立ち会った。
被害に遭ったのは上坂の下着、金庫の中身。
宝石や貴金属など持ち出せる品々だった。
俺は上坂の不安そうな顔を見つめつつ、
(このまま家に残すのは危険だよな)
今後の対策を思案する。
相手が代議士ならば顧問弁護士が出張って釈放するだろう。そうなると次に起きるのは上坂への更なる報復だと予測出来る。
あの手の人間は懲りないからな。
俺はパトカーを見送る上坂へと提案した。
「今日はウチに来るか?」
「え? ウ、ウチって?」
「俺んちだよ。ウチはセキュリティ会社が入っている。必要なら先輩も呼ぶが、どうだ?」
「えっと、それは?」
「恐いだろ? あんな事があったばかりだし」
「・・・」
上坂は難解な表情でうんうんと唸っていた。
一応、先輩に連絡をすると『お泊まりセット用意する!』そう、興奮していたのだった。
なお、母さんにも連絡すると『問題が落ち着くまで泊めてあげなさい』と許可が下りた。
その代わり顧問弁護士については謝られた。
(つまり、母さんが釈放する弁護士だったと)
仕事では私情ではなくビジネスを優先しないといけないもんな。世知辛い話だ、マジで。
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