第10話 表情は口よりも物を言う。

 ショックで泣いていた先輩はエプロンで涙を拭う。店長は苦笑しつつも厨房に戻った。


「さて、寸劇はここまでにして」

「寸劇!?」


 え? ちょっと待って?

 あ、あれって寸劇だったの?

 先輩は手鏡で目元を確認し、


「どうせあれでしょ。利害が一致した的な?」

「ああ、やっぱりバレましたか」


 屈んだままの苦笑するじゅん君に問いかけた。

 私は何が何やらで敬語すら忘れてしまった。


「えっと、なんでバレたの?」

「巡君との付き合いは無駄に長いからね。私に隠せる訳がないわ。それに私には年上の彼が」

「なんだとぉ! 何処の何奴だ!!」

「父さん、うるさい!」「店長、うるさい!」

「うっ。二人して怒鳴らなくても・・・」


 娘バカも同時に怒鳴られると弱いと。

 怒鳴った後の先輩は咳払いして微笑んだ。


「私には年上の彼氏が居るからね。巡君は弟分みたいなものだから面倒を見ているだけよ」

「彼氏が居たんですかぁ!?」


 これには驚きでしかない。


「じゃ、じゃあ、あの手紙は?」

「嫌がらせよ。送り主は三年女子、全員ね」

「そうだったんですか?」


 あの手紙の山は同性だったの?

 稀に異性からの手紙もありそうだけど。


「ええ。私が彼氏を奪った妬みでね」

「う、奪った?」

「私の入学当時の役員で先輩。めぐみちゃんのように大人気だったのよ。それで」

「アイツかぁ!?」

「父さん、うるさい!」

「うっ」


 店長はホント、娘バカだと思うよ。

 話の腰を折る真似は止めて欲しいけど。


「それで、先輩の夢が飲食店の経営でね。ウチにバイトで入ったのよ。そこから父さんに隠れて付き合うようになって、今に至るの」

「それってまさか? ひびきさん?」

「ええ。巡君は一緒に厨房をまわしたものね」


 響さん? えっと、それってまさかだけど。

 私の困惑を余所に先輩は話を続ける。


「交際後は先輩も全て断っていた。キリが無いから卒業式で送辞後の私に濃厚なキスして」

「・・・」

「盛大にバレてしまったのよ。生徒会長が先輩の相手だったって、裏サイトは大炎上。その日から学力低下を狙う手紙攻撃が始まったわね」

「「ああ」」


 あれは先輩達が始めた悪しき伝統なのね。

 それを主犯も利用して私を追い詰めると。

 私は困惑しつつも後日、殴ろうと思った。


「なるほど。兄さんの彼女は先輩だったと」

「「はい?」」

「いえ、ここのバイトを教えてくれたのは兄さんでしたから。今は家を出ていますけどね?」

「ああ! そういえば名字が?」

「一緒ですね。気づかなかった」

「俺は知っていたぞ〜」

「店長!」「父さん!」

「あはははは。兄妹なのに似ていませんから」

「い、妹ちゃんだったなら先に言ってよぉ!」

「聞かれませんでしたし」

「そうだったぁ!」


 兄は長身で犬顔。父譲りだ。

 私は小柄で猫顔。母譲りだ。

 唯一似てるのは地頭の良さだけだ。

 一先ず手紙事案の原因を作ったのが兄ならば帰省時に殴ってもいいよね。妹の権利として。

 先輩は気を取り直し、元気良く宣言した。


「と、とりあえず、二人が交際するなら私も応援しちゃう。利害関係から本番に至るまでね」

「「は?」」


 私も巡君もその言葉で表情が抜け落ちたよ。

 巡君は慌てたように先輩に問いかける。


「いやいや、本番って分かって言ってます?」

「当然でしょ」


 当然って。そんなのまだ考えられないよ。


「将来的に考えるならあり得ますが、今は」


 巡君も同じなのか難しそうな顔になった。


「身体の関係も興味ありますが、今は無理」

「恵ちゃんって意外と肉食系女子なの?」

「え?」

「それも一応、将来的にはあるか?」

「え?」


 違うの? 肉食系女子ってどういう?


「私と巡君が言いたいのは、気がついたらラブラブだったなんて話を、よく聞くって事よ?」


 それって精神的に愛し合うってこと?


「えっと、私の早とちり?」

「「うんうん」」

「は、恥ずかしい」


 私は両手で真っ赤な顔を隠した。

 穴があったら入りたいかも。

 すると店長が厨房から出てきて、


「大丈夫だ、問題無い」

「「店長?」」「父さん?」


 サムズアップして先輩の胸元を凝視した。


妃菜ひなだって胸は無くとも交際出来ているからな。認めたくないが、アイツなら信頼出来る」


 先輩は両手で胸を隠し笑顔で店長を見る。


「父さん?」


 ゴゴゴゴゴッと地響きが聞こえた気がする。

 問われた店長は顔面蒼白で厨房に逃げた。


「は、はい。仕事してきます」

「胸は余計って言いたいだけよ! 認めてくれたのは嬉しいけどね!」

「そ、そうか!」


 何気に仲の良い父娘だよね。


「それに恵ちゃんと二センチ差でしかないし」

「ちょ!? サイズを口にしないで下さいよ」

「なるほど。どんぐりの背くらべ」

「「は?」」

「なんでもないです」


 巡君は私と先輩に睨まれて厨房に逃げた。

 明け透けがないから怒る気もないけどさ。

 それと仕事中に先輩から聞いた事だが、巡君は感じ易い貧乳が大好きだという。それを聞いて複雑な気分になったのは言うまでもない。



 §



 一先ず、準備の間はそこまでではなかった。

 貸し切りと聞いたから、ホームパーティーが開かれるのかなって、思ったんだけどね?

 だが、実際は違っていた。


「あがったよ」

「はーい!」

「こっちも!」

「は〜い!」

「母さんは?」

「店内で巡回中」

「へーい」


 お客さんが入ってからは大忙しになった。

 本日だけは例外的にお酒も提供するようで先輩のお母さんが巡回してワインを注いでいた。


(まさか披露宴をこの店で行うなんて)


 参列者は親族のみで少数だけだ。

 新郎新婦を含めて十人程度だね。

 一応、お酒を提供するから小さい子供と未成年は居なかった。私と先輩は未成年なのでお酒以外の料理を届ける仕事に邁進した。

 そしてお客さんの退店後、足腰が疲弊した。


(こんなに動いたのは初めてだよ)


 私は休憩室に入ってだらけてしまった。


「疲れたぁ」

「「お疲れさま」」


 先輩と先輩のお母さんは慣れているのか立ったまま微笑んでいるけどね。慣れって凄いよ。

 それは時間にして三時間のパーティーだ。

 その間に行ったり来たりしてヘトヘトだよ。


(いつものオーダーが無いだけなのに)


 一方の巡君と店長は食器を洗っており店先には出て来なかった。調理中も厨房に入りっぱなしで声は響くが姿は見えずを繰り返していた。

 しばらくすると巡君も厨房から出てきた。


「ほい。残り物だが、賄いな」


 両手にお盆を持って丼を乗せていた。

 それは厚切りステーキ丼だった。

 このタイミングでこってり系って。


「あ、ありがとう。お腹が空いてたんだ」

「私達も頂きましょうか」

「うん。ところで父さんは?」

「先に厨房で食べてるよ」

「そう。自分だけずるい!」

「し、仕方ないだろう!?」


 本当に仲の良い親子だよね。

 先輩のお母さんも微笑んでいるし。

 先輩って母親似だよね。奇麗だし。


(胸もそっくりで・・・言わないでおこう)


 厚切りステーキ丼は私の疲れた身体に活力を与える美味しさだった。分厚いのに口内で簡単に溶けて、ご飯と混ざり合って美味しかった。

 ソースも肉汁がタップリで香草の薫りも相俟って、見た目はこってりでもあっさりだった。


(肉体労働のあとだから余計に美味しいよぉ)


 先輩と先輩のお母さんも黙々と食べていた。

 巡君は食べ終えていて、厨房に戻っていた。


(こういうところは男の子だよね・・・)


 水音がするので洗っているのだろう。

 そう、思っていると、


「ほい、試作デザート」


 驚いたことに見た事もないデザートを持ってきた。これってメニューにないやつ? 試作?

 数はソース違いで二品だけ。

 それを人数分持ってきていた。


(見た目は白いムースケーキ?)


 先輩と先輩のお母さんは目を輝かせた。


「「待ってました!」」

「感想はいつも通り」

「分かったわ。いつもありがとうね」

「いえいえ」

「これだけが楽しみなのよね〜」


 先輩は嬉しそうにフォークを使ってケーキを切る。私は賄いを食べているので後回しだが。


「チョコレートとマーマレードなら前者かな」

「でも、酸味を活かすなら後者よね」

「フムフム」


 巡君は感想を聞きつつメモ書きする。

 もしかして巡君が作った試作品なの?

 私は急いで丼をお腹に入れていく。

 口元をナプキンで拭ってケーキを食す。


(ん! ムースケーキじゃない! アイスだこれぇ!? 口の中が洗われるぅ・・・幸せだぁ)


 チョコレートは苦みを多めにした風味。

 マーマレードは酸味を強くした風味だ。

 それがアイスの甘さと合わさってどちらも美味しいと思った。


(これは喫茶店で出すのかな?)


 そう、思っていると、


「となると、恵ちゃんの表情から察するに?」

「ええ、夏季限定デザートは二つのソースで」

「良いですね。流石は女子高生代表だな?」

「巡君、私も一応、現役女子高生だけど?」

「そこは若さで」

「私も若いわよ! 一才差だし!」

「ええ。妃菜は私よりも若いわね」

「か、母さん」


 私の表情で決定してしまったらしい。


「ふぇ?」


 私、まだ何も言ってないよ?

 もしかして表情だけで判断された?

 そんなに緩みきっていたの? 私。


「幸せそうな女子高生の笑顔は今だけよね」

「私も女子高生だよ!」

「ドードー、妃菜先輩。落ち着いて」

「私は馬じゃないから!」




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