第8話 最適解とは正解ではない。
小さい割に柔らかかった。
ではなくて、
前後のやりとりを思い出すと、
(俺が彼氏? そんなバカな。助けただけで)
最適解と思った行為が複数の混乱を招く結果になったのは予想外だった。
(た、確かに、胸には触れた、か?)
本人には口が裂けても言えないが重いと思ったら羽根のように軽く色々柔らかかった。
その行いが交際と誤認させるとは。
男女の距離感は恋愛経験の無い俺には分からない距離感だった。良くて分かっているのは、
(先輩がアプローチと称して揶揄ってくるくらいしか、ないな。あれは間違いなのか?)
バイト先での先輩の揶揄いだった。
それだけが俺の知る距離感。
告白時に一定の距離で「お願いします」される距離よりも近い。肌の触れ合う遠慮無しの。
それが間違いだと改めて気づかされた。
その結果が彼氏疑惑に発展した。
(上坂には悪い事をしたな。これは誠心誠意詫びるしかないな。ただ、この段階で言い訳しても混乱を招くだけだし、しばらくは沈黙か?)
沈黙しても話題に事欠かない上坂は否が応でも渦中に放り込まれてしまうだろう。
(一体、どうすればいいんだ? 答えの無い問答は時間の無駄なんだが意識させられると)
今の俺の頭でもどうにもならない。
上坂も俯いたまま話しかけようとしないし。
俺は大きな溜息を吐きながら改めて謝った。
「ごめんな。平凡な俺の所為で迷惑かけて」
「ふぁ?」
きょとんとしたまま顔をあげる上坂。
言っている意味が理解出来ていないと?
§
考え事をしている最中、
「ごめんな。平凡な俺の所為で迷惑かけて」
「ふぁ?」
一瞬、何の事なのか理解出来なかった。
(平凡? 非凡の間違いでは?)
それよりも謝ってもらう理由が分からない。
胸の件は無かった事にしたし胸も無いし。
やかましいわ! ではなくて。
(迷惑? あ、ああ、騒ぎになった事か)
こればかりは結果でしかないし。
私も質問攻めの覚悟は出来ている。
(一応、友達だと返すつもりだけど)
それはそれで下野君に迷惑をかけるだろう。
友達でそれは無いとか言って周囲に集まる。
だからこそ謝りたいのは私の方である。
「私こそ、ごめん」
「え?」
「本当なら私が解決しないといけない問題なのに巻き込んで」
「問題って?」
そう、誰か一人を選びさえすれば問題はないのだ。それを選ばず選り好みして拒絶する。
「男子達の一斉告白」
「ああ」
精神的にタフな男子は繰り返し訪れるが弱い男子は二度と来ない。それは仕方ない話なのだけど女子の間でも私を嫌う子も居るんだよね。
自分の好きな人を認めたらいいとか。
なんで認められないとか。
お高くとまっているとか。
空気が読めないとか。
普段からそれらを無視して躱して受け流しているが耐えられる上限は近いと思う。
そこへ身勝手に告白する男子が続く。
その結果が今日の手紙の焼却だった。
(見る価値なし! 読む価値なし!)
私の気持ちも考えて欲しいと思った。
勇気を出して告白する男子の気持ちも考えろとか良く言われるけど私は男子のアクセサリーじゃないんだよ。何か、泣きたくなってきた。
「私
下野君は黙って聞いてくれていた。
同じ価値観だから理解してくれると思う。
それを考えると私も十分身勝手だけど。
「・・・」
これが私の精一杯の気持ちなのだ。
枯れてはいない。好みだってある。
でもそれは、今必要な事ではない。
まだ高一だ。卒業まであと二年もある。
恋愛でも勉強でも捉え方は同じだけど。
「でもね。思っていても恋愛に興味が無いとは口が裂けても言えなかった。言うと女子達の口撃が酷くなって私の居場所がなくなるから」
「・・・」
「今後、学校行事が続くのに私の身勝手で空気を悪化させる真似なんて出来ないもん」
「・・・」
「告白も最初は数人だったのに今や一日に十人、二十人は当たり前になっているけどね」
お陰で日々の精神力がズタボロですよ。
すると下野君が、
「それ、ゲームになってね?」
「え?」
私の予想を超える問いかけを行った。
私はあまりの事に立ち止まったよ。
「ゲーム?」
場所が不味いから引っ張られたけど。
「いや、異常過ぎるから」
「い、異常なのは分かるけど」
横断歩道上に立ち止まったらダメだよね。
「おそらく裏で賭け事が行われているかもな」
「賭け事?」
それってどういう?
「数人なら問題ない。だが、男子達が挙って一人の女子に群がる方がおかしい。上坂さんには悪いが可愛い女子なんて他にも数人居るぞ?」
「い、いや、悪くはないよ。私もそう思うし」
「すまん。ただな、状況から察するに誰が一番に落とすか競い合っているとしか思えない」
「あっ」
競い合い。そういえば似たような言動を聞いた事があるかも。誰が私を落とすかって。
(下野君は状況から察した? 経験あるの?)
私は隣を歩く下野君を見つめ続きを待った。
すると下野君は溜息のあとに遠い目をした。
「俺の時も男子達が誰と付き合うか騒いでいたからな。幻滅したぞ、あれだけは」
えっと? それって経験者?
『
不意に下野君のお母さんの言葉が蘇った。
経験しているから状況が読めると?
下野君は遠い目から困惑顔に変わる。
「一部の野郎共はそんなゲームを好むからな」
理解出来ないと嘲りと共に肩をすくめた。
「じゃ、じゃあ?」
一変、困惑から真剣な表情に戻り思案する。
「だが、この落とすは別の意味もありそうだ」
「え?」
「異性として落とす。成績を落とす」
「あっ!」
「中間考査で一位だった上坂さんが相手だ」
「・・・」
「入試では次席、だとしてもな」
「・・・」
そ、それって酷くない?
(で、でも待って?)
私は酷くなった頃合いを思い出す。
「ちゅ、中間考査後に貼り出されてから?」
告白の人数が増えていった。
それってつまり、
「なら、成績を落とす方が本題だな」
下野君の言う通り幻滅してしまう思惑が裏にあると思った。
「ただな、これは俺の憶測に過ぎないから証拠が得られない限り言い逃れされるだろう」
「証拠」
聞いた事がある、だけでは弱いよね。
言った言わないになったりするから。
「俺の時は現場を押さえたからな」
「ああ」
現場を押さえる。
それは下野君が男子だから出来る事だよね。
私には無理そうだ。受け身でしかないから。
すると下野君が唐突に私を抱き寄せる。
「ふぁ?」
「すまん。気持ち悪いと思うがしばらく我慢してくれ」
「き、気持ち?」
悪くはないよ?
思ったよりもガッチリしているし。
匂いも私の好みだったりするし。
下野君はチラッと背後を見つめて呟いた。
「追跡されてる」
「は?」
私も同じく振り返る。
そこには問題児達が電柱の陰に隠れていた。
大きすぎる身体が丸見えなんですけど。
(あー、
派手過ぎる容姿が電柱からも丸見えだ。
私達は喫茶店の手前まで向かい、
「少し、家に寄るか?」
「い、家?」
「バイトまで時間があるし」
「ああ、うん」
下野君の提案で彼の家に立ち寄った。
下野君の家は私の家より大きく車が三台は置けるガレージがあった。門まであるんだけど?
門を抜けると下野君は放してくれた。
「民家までは入らないだろうからな」
「ああ、それで」
「それに覆面が家の前にあったし」
「覆面? そういえば。覆面って?」
「パトカーだよ」
「ああ!」
というかなんでそんな車両が家の前に?
すると家の中から大柄な男性が顔を出す。
「お? 帰っていたのか、巡」
「親父。スーツケース持って、忘れ物か?」
親父? え? お父さん!?
ビシッとスーツを着ていて。
とっても厳しそうな顔立ちだった。
だが、笑顔になると優しそうに見えた。
「ああ、そちらさんは?」
「俺のクラスメイトだよ」
「は、初めまして。上坂
「ふっ。緊張しなくていい」
「ど、どうも」
下野君のお父さんは恐そうに見えるが優しかった。下野君はお父さんに苦笑しつつ揶揄う。
「単に親父が強面過ぎるだけだろ?」
「仕方ないだろ生まれつきなんだから。まぁいいや、母さんが帰ってきたら出張したって言っておいてくれ」
「出張? ああ、だからスーツケースが?」
「そうだ。逃げやがったからな。頭が痛い」
逃げやがった?
下野君は同情するように笑っていた。
「それはご苦労様で」
「遅くとも来月には帰ってくる予定だ」
「あいよ。伝えておくわ」
「頼む」
そんな気軽なやりとりの後、下野君のお父さんは門を抜けてパトカーに荷物を入れていた。
その際に背後に気づき大声で問いかけた。
「ん? おー、そこに居るのは
「な、なんでも、ありません!」
「そうか。まぁ、また悪さしたら、分かっているんだろうな?」
「は、はい! すみませんでした!」
「
今のやりとりは何なのだろうか?
そういえば杜野さんのセフレに小嵐って男子が居た気がする。H組に居る大柄なセフレだ。
ちなみに、杜野さんは彼氏を持とうともしない誰にでも腰を振る困った問題児である。
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