第7話 避けた洗礼は混乱を招く。

 ホームルームが終わった。

 すると早速だが俺の周囲に昨日まで無視していたクラスメイトが集まりだした。例のギャルと問題児達を除く全員が列を成して質問する。


(これが嫌だから興味無しで通していたのに)


 とはいえ、安易に無視する事も出来ないので一問一答で応じていった。それも淡々とな。


「こ、好みのタイプは?」

「心配りが出来る人。容姿は小柄だ」

「それってめぐみかな?」

「なんでよ?」

「れ、恋愛は?」

「勉強が彼女だ」

「そ、そうなんだね」


 興味無しとすると変人扱いを受けそうなのでそう答えた。それでも頬が引き攣っていたが。


「昨日までの格好は?」

「入院時のままだっただけ」

「入院していたの?」

「入学式の日に事故った」

「まさか、例のニュース?」

「知っているならそれで」

「う、うん」


 事故の件は腫れ物を扱う空気になった。

 それもあって重苦しい空気から一変するように上坂かみさかとの関係が疑われた。


「それで恵との関係は?」

「ちょっと!?」

「はいはい。落ち着こうね」

「だから!」


 ここは素直に答えるべきだろう。

 下手に男女の関係を疑われると上坂が可哀想だからな。俺もそれだけは避けたいし。

 それとバイトの件は黙っておこうと思った。

 何気に人気のある上坂。バイト先に男子達が訪れたら最後、何が起きるか分からないから。

 それでも勘ぐる者達が居ないとも限らないので妃菜ひな先輩の名前を利用した。


上野うえの会長を介して知り合った友達だ」


 実際に介して知り合ったしな。

 屋上の告白が最初だとしてもまともに会話したのはバイト時が先である。


「友達・・・ふふっ」


 どうして嬉しそうなんだ?

 バイト仲間の方が良かったのか?

 クラスメイト達は目が点だった。


「え? 生徒会長!?」


 そんなに驚くことか?


「あ、あの、容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能の、忘却とは無縁な、誰もが憧れる、理想的な生徒会長と、お友達ですってぇ!?」


 妙に脚色されている気がする。

 容姿端麗、分かる。成績優秀、分かる。

 スポーツ万能、分かる。

 忘却とは無縁? それは無いな。

 今朝もサマーセーターを忘れていたし。

 透けた黒いブラを晒していたし。

 すると興奮した女子達が上坂を問い詰める。


「「「恵! どういうこと?」」」

「新入生挨拶で生徒会にスカウトされた時かな? その時から繋がりがあって」

「あー、そういえばそうだったぁ!」

「恵ってば次席じゃん!」

「バカっぽい見た目なのに頭は良いもんね」

「それ、ひどくない?」


 へぇ〜。スカウトされたのか。

 この感じだと断ったみたいだが。


(あとで先輩に聞いてみるか?)


 そんな騒がしい質問タイムは予鈴と共に終わりを告げ一限目の授業が開始された。



 §



 質問タイムで下野しもの君が言った。

 恋愛に興味が無いではなくて勉強が彼女と。

 それを聞いた私は雷に打たれたような衝撃が身体の芯を突き抜けた感じがした。


(そうか。今は勉強に尽力したいって言えばいいんだ。少しだけ先延ばし感はあるけど、これで男子達の告白が収まるなら問題ないよね?)


 今までは理由なく手紙と第一印象で断ってきた。それがあったから身形を整えて戻ってくる者が後を絶たなかった。第一印象、容姿が重要と思われていたのは、その所為だったのだ。


(あ、勉強に尽力したいと伝えても一緒に勉強しましょうと騒ぐ者が現れる可能性が高いね)


 そうなると条件を提示した方がいいかも。


(私の目標は有名大学への進学だから?)


 重要となる条件は学力だ。

 そうすれば最低限の足切りは叶うだろう。

 ヤリ目勢も消えて心も少しは楽になる筈だ。

 私は授業の最中、胸元に視線を向ける。


(断る度に胸とか腰に視線を浴びるのは好ましくないし。こんな平面の何処がいいんだか?)


 私より可愛い女の子なんて沢山居るのにね。

 誰も彼も彼女達を無視して私にばかり告白する理由が分からない。それは先輩もだけど。


(あれかな? 高すぎる山を制覇したい的な)


 私の双子山は低すぎるから制覇は容易いと?

 やかましいわ!


(恋愛脳。マジ、うっざい!)


 授業はいつの間にか中盤だった。

 思案しつつも板書は出来ていたけどね。

 すると先生が下野君を指名した。


「次は下野君。読んでみて」

「はい」


 下野君は流暢な発音で英文を読む。

 その発音を聞いた先生とクラスメイトは一様に驚いた。


「よ、よろしい」


 これが普段の先生なら発音に訂正を入れるのだけど訂正を入れずともよい結果となった。

 そんな不可解な状況は午前の授業。

 全てで下野君の異常性が示された。

 あまりの光景に私も皆も先生も開いた口が塞がらなかった。


(これで板書が完璧ならどうなるんだろう?)


 遅れのある生徒が追従してきている異常性。

 先生達は授業後に首を傾げて帰っていった。

 肝心の下野君はケロッとした様子で、お弁当箱を取り出していた。昼休憩か、学食行こう。

 昼食後はお断りの時間だけども。


(ホント、面倒臭い)



 §



 昼休憩後の授業は体育だった。

 女子は水泳、男子はサッカーだ。

 俺は一人で体力測定を行うことになり体育館に入って握力などを計測した。

 案の定だが右手の握力はまだまだだった。

 他の計測は担任にも手伝ってもらった。

 体育の先生も手隙の人が手伝ってくれた。

 三年生を担当する体育教師だけど。

 結果は一年男子の平均より上になった。


「本当に病み上がりなのか?」

「病み上がりですね。手術痕見ます?」

「いや、いい。だが、惜しいな」

「惜しいとは?」

「帰宅部にするのが惜しいんだ」

「なるほど」


 これは入院中に親父の勧めてくれたトレーニング方法を採り入れていた結果だろうな。

 右手の握力はともかく全身の筋力が入院前より向上していたのは驚きだったが。


(三度の飯とプロテインか)


 計測後は男子のサッカーを見るだけにした。

 病み上がりとして先生の指示に従った。

 通院中だし無理は出来ないって意味でな。

 授業後の片付けだけは参加して更衣室に向かった俺だった。何もしない訳にはいかないし。



 §



 ついに問題の放課後がきた。

 昼間は条件を突きつけて全て断った。

 だが、放課後は燃え尽きた手紙の主達なので応じる必要は無いと判断した。


(一体、何人居るのよ?)


 帰り支度を済ませた私は廊下を覗き込んだ。

 それは私に手紙を差し出した者達の奇行である。幸い、C組からは現れていないが他の組からぞろぞろと屋上に向かう者達が現れたのだ。


(時間泥棒はやめてよぉ)


 直後、私の背後から声がかけられた。


「上坂さん、帰るぞ」

「え?」


 声の主は下野君だった。スマホを取り出して真剣な表情でメッセージを打っている。


「今日は入りを早くしてくれだとさ」


 それは店長からの連絡だろう。

 私がスマホを鞄から出してないから下野君に連絡を入れたのかもね、きっと。


「う、うん」


 だが、男子達の行列は未だに続いている。

 ここで出て行くと即座に捕まって屋上に引っ張り出されるだろう。それだけは勘弁である。

 すると下野君が廊下を眺めて思案して、


「鞄、借りるぞ」

「え?」


 私の鞄を右肩にかけて、お姫様抱っこした。

 そんな軽々と持ち上げなくても!?


「え? え? え?」

「すごーい! 羨ましい!」


 クラス委員が羨ましがっているが私はそれどころではない。混乱しスカートに意識を割く。


(パンツが見えちゃう。あ? ショートパンツを穿いていたよ。体育は見学だったね)


 今日は見られたら不味いパンツだったから危なかった。生理で見学してて正解だったよぉ。

 下野君は男子達を避けて一階に降りていく。

 一瞬だけ男子達と目が合ったよ。


「い、今の?」

「どういう事だ?」

「上坂さんが、なんで?」

「あれって、彼氏か?」

「なんだってぇ!?」


 きょとんの男子を放置し昇降口に到着した。

 お姫様抱っこは昇降口までだった。


「降ろすぞ」

「う、うん」


 こんな軽々と持ち上げられたのは初めてだ。

 この時の私は驚きも相俟ってドキドキした。

 靴を履いて校門まで二人で駆ける。下野君は私のペースに合わせてゆっくり駆けてくれた。


「ここからは歩きでいいだろ」

「うん」


 スマホを開くと何通もの通知が入っていた。

 一つは店長から。残りは友達からだった。

 クラス委員経由で流れ出たお姫様抱っこ。

 真相を知りたい者達が一斉に送信してきた。


「え?」

「どうかしたか?」

「お、お姫様抱っこが校内に拡散したって」

「あ、それはマズったか?」


 下野君は何処か心配気だが、


「下野君が彼氏扱いになってる」


 私は別の意味で言い訳が難しい状況になった事を知った。お姫様抱っこは付き合っていない男女では行わないとか質問タイムの話は嘘だったとか色々と混乱が巻き起こっていた。

 下野君は頬を引き攣らせて立ち止まり私に頭を下げてきた。


「な、なんか、すまん。咄嗟だったから」

「謝らないで。実際に助かったから」


 身体に触れられたけど嫌では無かったし。

 抱かれている時の匂いのお陰で安心したし。


「本気で嫌だったら暴れていたもの」

「そ、そうか」


 私が暴れていたと言った瞬間、下野君は左手を開いたり閉じたりしてビクついていた。


「お、怯えなくても、よくない?」

「いや、胸、揉んで、すまない!」

「あっ」


 そういえば触れられていたかも。


(だから感触を? 思い出していたの?)


 で、でも、まぁ、助けてもらったし。

 私は胸元を隠してそっぽを向いた。


「チ、チャラでいいよ。二度目は無いけど」

「そ、そうか。気をつけるよ」


 恥ずかしくて顔が熱いよぉ。




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