女郎花(おみなえし)

めいき~

第1話

※和色の名前にこういう名の色があります



とんとんとん、とんとんとん。




台風が近づいて、雨戸が僅かに揺れる音が聞こえる。



まだ、遠いので風が強くなる程度だがこれからが少し心配だ。





座って、ちらりと窓を見ればまだ空は青い。



光が眩しくて、カーテンを少しだけしめた。




「服部くん、元気かな」



そんな言葉が、口から自然と洩れた。



服部君は、ずっとイジメられてた。


それこそ、親や先生に心配されるぐらい。




「ボクの友達は、君だけだ」



引っ越す前、そう言っていた。



「ボクのいい思い出は、君と一緒に居た時間ぐらいだよ。この街での出来事はそれ以外はずっと苦痛だった」



父親も、イジメられて生傷が絶えなかったのは知っていたので転勤の時に服部君をこの街に置いていくかをすごく悩んでいた。


新しい街で、今度は私という友達がいない場所でやっていけるかどうか。



カメラで写真を撮るのが好きで、一緒にいろんな所に行った。




私が、笑顔の服部君を見るのは一緒に出掛けた時だけだった。


そんな私に、毎年花の植木と一緒に写真のアルバムが送られてくる。


ネットも大分普及して、デジタルで送ればずっと楽なのに。

それでも、服部君はいつもアルバムで送ってくる。


私の家の近くのカメラ屋は、潰れてなくなってしまった。

彼は、どうやって現像に出しているのだろうか。




もう、お互いにいい歳になったはずなのにずっと。



私も、いつもアルバムのお返しに何かを送っている。





そういえば、一緒に池にいった時は準備不足で二人して風邪をひいたんだっけか。



冷え切った体で帰ってきて、やっちまったなーって言いながら食べたカップ麺がカレー味だったのは今でも覚えてる。




一緒に海にいった時、望遠レンズで遠くをとっていた服部君に私は釣り竿を投げるのにしっぱいして服部君の口に針をひっかけてしまった事があった。



病院に行った後も、笑ってバカだなーお前はって笑ってた。



「ホッチキスの針で、指にぶすぶすやられてるからボクは慣れてる」

っていって、何故か針をひっかけられた服部君に私が慰められるというオチもあった。



服部君の親も、針をとってもらうのに一緒に病院に行った時。


バカだなーって同じ顔で、私の事を笑ってた。




「また行こうぜ」



そう言って、背中を二回叩かれた。





部屋のポットで、ココアをいれようとしたら後一匙分しか残って無くて。



「バカだなー」


そんな、台詞が自分の口からふと飛び出して慌てて口を押え。




思い出しながらしゃべると、こんなこともあるんだなと自虐して苦笑した。



風が強いし、今は外に出たくないな。




こういう、風の強い日は。


彼が、この街を出ていく日を思い出す。




「ボクは、この街は大っ嫌いだけど。君の事は、絶対忘れない」


拭いても、拭いても零れ落ちる涙の彼の顔は今でも覚えてる。



確かその時、私はこういったんじゃなかったっけ。


「街の事も、私の事も忘れて新しい街で新しい友達と楽しくやれたらいいね」



辛い事の方が多い、この街での出来事よりも新しい方に期待して。

彼は私の事をみて、はっきりと言った。



「お前の事は、死ぬまで忘れない。君がどう思っていようと、ボクにとっては君がいたから生きようと思ったんだ。カメラだって、君と一緒に過ごす時間を少しでも残したくて始めたんだ。向こうにいっても、カメラはやめないよ。向こうもいいとこだって、君に伝えたいから。元気でやってる、楽しくやってるって伝えたいから。ボクは、返事がもらえなくてもカメラをやめても君の事は忘れない」




あの時、ボクを暗闇から救い出してくれてありがとう。

イジメられていたあの日々でも、君と遊ぶ約束をした日曜日までは生きようなんて思ってたらずっと我慢できた。




初めて、まっすぐ私をみて。

はっきり、真剣な眼差しでそう言った。


他の事は自信なさげにうつ向いて、ぼそぼそ喋る服部君が。


その言葉だけは、面とむかって確かな意思を向けてそう言った。


私は確か、こういった筈だ。



「じゃぁ、街の事は忘れて。私との思い出だけ、忘れないでいてね」



服部君は頷いて、電車に乗り込んでいった。




「そういえば、お前その恰好やめた方がいいよ」




そう、ドアが閉まる瞬間に服部君は言った。



「ブロッコリーの、髪留めの事?」




その、返答は聞こえなかった。電車のドアが、閉まってしまったから。




やっぱり、ココア買いに行こう。



そういって、玄関の扉をあけ。




家の玄関の扉をあけたら、服部君がインターホンを押そうかどうかを悩んでいる所にばったり出くわした。



「違う街に行ったんじゃないの?十五年前に」


私はそう言って、服部君に話しかけた。



「帰ってきたんだよ」



どこか嬉しそうに、何処かほっとした顔で。



「随分、かっこよくなったじゃん」



ズボンをはいて、爽やか系のシャツをきて。


そして、良く笑う様になったと判る表情で。



「相変わらず、お前は表情無しかよ。しかも、ブロッコリーの髪留めまだやめてなかったのかよ」



そういって、笑う。



「服部君何してんの、私んちの前で。」



インターホンの前で手を上げ下げしてた所は、玄関あけてしばらく見てた私が言った。


「ただいまって言いに来たんだけど、言いにくくてさ」



そういって、頭を後ろをかいた。




「最近は、厳しいから怪しいと捕まるよ」



服部君は溜息をついて、こっちをみると相変わらずかよ…とぼやいて笑った。





「なぁ、俺の足見てみろよ」


服部君の足は透けていた、膝から下が無くなって。


「俺が捕まる訳ねぇだろ、生きてねぇ奴どうやって捕まえんだよ」


相変わらず、苦笑して私の事を見た。



私は失礼にも、足元から頭のてっぺんまでを三往復。



「相変わらず、休みの日はパジャマかよ。確か、見送りの日もパジャマで来たよなお前。」


そういって、また小さい声でその恰好やめろっていったのによ。


「大丈夫、財布は持ってる」



服部君は溜息をつくと、苦笑して何も言わずに歩き出した。




二人して、無言でスーパーに向かって歩きだす。



昔も、こうだった。


何もなければ、二人でならんで。


口数少なく、目的地にむかっていく。


一つ違うのは、服部君は徐々に腰まで透けていった事。



「ねぇ、親友。一つ、私からも言うことがあるのだけど」



服部君は私の方をむいて、聞く体制をつくった。



「何だよ。急に改まって、びっくりするだろ」



そこで、初めて私は服部君に笑顔を作った。



「おかえり、親友」



そこで、服部君はくつくつと笑った。


「ただいま、親友」



そういって、また二人笑って無言で歩き出した。



ただ、足音は一つだったけど。


「一つ聞いていい?」


「なんだよ」


「いつから、死んでたの?」


「お前と別れたあの日の電車事故りやがって、その日に死んでたよ」


「マジかぁ」


「お前とさ、新しいとこでもしっかりやるって約束したからな」


「だからって、死んでまで約束守ろうとするやつがいるかよ」


「お前と約束したからな、再会しようってそれが未練でこの世にしがみついてた」


「写真送って来てたじゃん」「念写だよ、念写」


「成仏できそう?」「あぁ…、ありがとな」


そう言って、彼はこの日この世から消えた。

ゆっくりと、頭まで透けていくその背中に手を伸ばしてはすりぬけて。



届かなかった、その手をそっと握りしめ。


「せめて、お互いの友情だけは届いていたと思いたいね」


そんな、呟きが季節外れの北風に消えた。



おしまい

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女郎花(おみなえし) めいき~ @meikjy

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